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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
93/243

93_転換


翼人、という種族がいる。

読んで字のごとく翼を持つ人間ラングであり、妖精や霊鳥と違い、身体も大きさも他の種族と変わらない。

華奢な身体つきに、5歳程度で翼を得る彼らは、各地の大神樹に多く住んでいる。


そのルーツには諸説あるが、ある者は妖精の流れを汲むと言い、またあるものは神話時代ファーディエイジの天使が物質的に堕した存在だと言う。

とはいえ、翼以外のその言語構成的は物質寄りとなっており、

そのため完全に閉じたコミュニティの中に存在する妖精と違い、独自の言語も持たず、他の人間ラングとの交流もよく行っている。


中でもその翼を生かした“運び屋”業を行っている者は多い。

個人が安全に街から街へ移動するためにも、彼らの翼は当てにされていた。


「この風、善き風、昂る風だ……」

「上機嫌ねぇ、ヴィクトル」

「そりゃそうだ。あの機関車にはなんと劇団が乗っているらしい」


彼らの抱える籠に収まりながら、目深に帽子をかぶった“ガンマン”は揚々と声を上げた。

それと同じ籠に、縮こまるように白い猫が収まっている。


「劇団ですか。旦那ぁ、劇はお好きで?」


頭上から“運び屋”の翼人の野太い声が聞こえる。

この稼業においてベテランらしい彼は、その手で籠を掴みつつ、まばゆく輝く幻想の翼を広げ、悠々と空を飛んでいる。

漂う幻想リソースが濃く、非常に飛びやすい空だったという。

きらめく虹色の粒子に載って、悠々と風を切る感覚は気持ちがよく、ヴィクトルはこれから始める仕事の幸先の良さを感じていた。


「劇! 劇は大好きだ。心躍る冒険、嵐のような激しい恋、この身を焦がす熱を持った決闘……」

「アンタって、ホント暇さえあれば劇見るわよねぇ」

「こりゃ熱烈なフアンでらっしゃる。俺も昔はよく見たねぇ、この時代、その手の娯楽なんざ贅沢中の贅沢だ」


牝猫のサアの声や、翼人の言葉にヴィクトルは気分よく頷く。

なんといってもこの仕事が終われば、その足で劇に行けるのである。

そう思うだけで、ヴィクトルは鼻歌でも歌いたい気分になるのだった。


「……その前にアンタ、ちゃんとやることやるんでしょ?」

「そりゃあ、もちろんだ。仕事があるからな。きっかりとやることを殺ってから、進むべきだろう」

「ううん? 旦那ぁ、なんだって?」


ヴィクトルはサアにそう返しつつ、手首に巻かれた《ソードリスト》を撫でた。

口元は獰猛に歪められていた。


彼の狙いは変わらず──







その日も穏やかに過ぎていくかと、トリエは思っていた。

この機関車に来て、だいたい二十日ほど経っただろうか。

次の街の停泊の話もちょくちょく耳に入る頃だったが、しかしまだその日は来ていなかった。


だから朝働きにいった7《ジーベン》に挨拶した。

その日も腰を上げて掃除を始め、竜のアランと適当な会話をしつつテキパキとはたきを握った。

まだ寝ていた5《シュンフ》は、寒そうだったのでシーツをかけてあげた。


そして、食事を挟む頃になると5《シュンフ》が起き(気づいたのだが、彼女は実は目覚めがひどく遅い)、用意されたパンを食べる。

そののち、買っておいた本を5《シュンフ》と共に読む。

トリエが読めない言語も、5《シュンフ》はよく知っていて、時には読み聞かせもしてくれた。


そうしていると、最後に劇ぐらいは見れるかもしれない、とそんな気分になっていた。

おそらく自分は次の停泊先で、殺される。

だがその前に、頼み込めば劇ぐらいは見せてくれるかもしれない。

5《シュンフ》や7《ジーベン》の監視の下でいい。むしろ一緒に見たいと思っていた。


そんな風に考えていた、夕暮れ時だった。


「────」


5《シュンフ》が不意に顔を上げた。

「うん?」とトリエが首をかしげる。

仮面を取り、穏やかに本を読んでくれていた彼女が、突然険しい顔をしだしたからである。

彼女はじっと扉の方を見つつ、おもむろに手首に触れた

一体何が、と問いかけるより早く──5《シュンフ》はトリエの身体を抱え、跳んだ。


途端、扉が轟音と共に跳ね飛んだ。

炸裂する破壊の光。軋む木の音。つい今しがたまで二人がいた場所を、不可視の剣が抉り取っていた。


跳躍ステップによってそれを躱した5《シュンフ》は、立ち上る煙の向こうに立つ見覚えのある男を見た。


「──さて、助けに来たぞ。聖女サマ」


猫を連れた、帽子の“ガンマン”はひどく楽しそうな口調で言った。


「殺してでも連れに還ろう。そして、死してなお、自由軍の旗となってくれ」





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