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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
89/243

89_ゆっくりと厳粛に~娯楽~


生活が始まって10日ほど経つと、さすがにトリエもつらくなってきた。

原因は空腹にはなかった。暴力を振るわれたわけでもないし、生活環境も最低限とはいえ揃っている。

無論寂しさなどでもない。


ただ──退屈だったのである。


「……むぅ」


トリエは顔をしかめる。

窓の向こうに見える荒野は何時だって同じ景色で、流石に飽きていた。

しかし5《シュンフ》の方は変わらずそちらを見ている。

当然、会話などありはしなかった。


だから、という訳ではないが、トリエは徹底的に掃除をすることにしていた。

ベッドのシーツを毎日変えることはもちろん、床に転がるパンくずは一つ残らず拾い、置かれた調度品も雑巾でぴかぴかになるまで拭いた。

今日もトリエは机に指を走らせ、きゅう、と音が鳴ることに満足する。

7《ジーベン》がパンを精製するたびに、妙なぬめりが机に残るので、ここの掃除は特に手が抜けないのだった。


「まるで侍女だな。それこそお前が駄々をこねれば、あの女にやらせられたのではないか?」


竜のアランが嘯く。


「厭よ、そんなの。そんなワガママ言いたくないわ」

「お前は聖女だ。それくらい傲岸かつ無遠慮に生きてもいいぞ?」

「いじわる。私がそういうの厭だって知ってるくせに」


トリエは口を尖らせて言う。

一方で竜のアランは「ふふふ」と楽し気に笑うのだった。


と、そうして掃除をしているうちに、トリエはそれに気づいた。

7《ジーベン》が持ってきた布袋の中には、着替えや食料といった生活に欠かせないものが入っている。

だがその中に挟み込まれるように、色鮮やな紙が入っていた。


「……ええと、何々“海に竜の名を二度と唱えよ”の公演予定?」

「我とは似ても似つかぬ竜だな」


気になったトリエが読み上げると、アランの声が重なった。

演劇の宣伝用のものらしかった。

7《ジーベン》が外で働いている時に、どこかの劇団にもらったのだろう。

劇中に登場するらしい竜と、それに寄り添う少女の絵が描かれている。


「面白そうだけど、この日付じゃ、私見れないね」


書かれている時間を確認し、トリエは嘆息する。

どうやら次に逗留する街で行う公演らしかった。

恐らくその頃には、自分はもう他の場所に連れ去られている。

それかあるいは──もう殺されているかもしれない。


ま、仕方ない。そう思い、トリエは紙を元の場所に戻そうとするが、


「……さん」


不意に、5《シュンフ》の声がした。

はっ、としてトリエは顔を上げる。


「ねえ、お父さん、お母さん。違う……あたしと──は違うの……」


5《シュンフ》はか細い声で声を漏らしている。

それは明らかにトリエへと向けられたものではなかった。


彼女は──うなされているのだ。

仮面を被っていてわからなかったが、寝てしまっているらしかった。


「……さんと、あたしは──」


トリエはその事実に気づき、ひどく動揺している自分に気が付いた。


「どうする? 今なら逃げることもできるかもしれないぞ?」


意地悪くアランが言うが、無理だろう。

産まれてからこの方、色々な組織を転々とする羽目になったトリエは知っているが、戦士は寝ていたとしても、ほんの少しの物音で臨戦態勢に移るものだ。

扉を開けた瞬間に彼女は目を覚まし、トリエを取り押さえるだろう。

そう思うから、扉の外には興味がいかなかった。


「この娘……つらそう」


だからむしろ興味があるのは、5《シュンフ》のことだった。

トリエは自分でも理由がわからないのだが、彼女の言葉をどうしても聞き漏らしてはいけないという、そんな気がしていたのだ。

だから少しずつ、5《シュンフ》の方へと近づいていく。

彼女が漏らす言葉に、耳を傾けるために。


「……違うの」


そしてトリエは聞いた。


「……違うの、あたしは──姉さんを」


その言葉を聴いたとき、5《シュンフ》が、がた、と身を起こした。

「ひゃっ」とトリエが声を上げ、尻餅をつく。


「…………」


そして立ち上がった5《シュンフ》をトリエは見上げた。

仮面で遮られているため、彼女がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。

怒っているのだろうか? 今度こそ殺されるのだろうか?

そんな想いが脳裏をよぎり、同時に何故か毛恥ずかしさを覚えていた。


重い沈黙と複雑な胸の内から逃れるため、トリエは視線をきょろきょろと動かし、そして自分が手に持ったものを見て、


「あ、あのさ。この劇って最後どうなるんだっけ?」


トリエはぎこちない笑みを浮かべて、


「この劇って最後どうなるかって……覚えてる?」


そんなことを聞いてしまった。


「ええと、覚えている限りなんだけど、これってお姫様と竜の話で、途中でお姫様が成長して大人になることは覚えてるんだけど……」


何故自分がそんなことを言っているのかよくわからなかった。

しかし──トリエは5《シュンフ》と呼ばれるこの少女と話をしてみたくなっていた。

だから、必死に取り繕うように、並べて立ててしまっていた。


「ええとその、最後どうなるんだったかなって。かなり昔読んだ気はするんだけど、イマイチ思い出せなくって……」

「…………」

「ああでも、本当はさ、劇、見たかったんだ。

 こういうのっていい感じに忘れてた方が楽しめるでしょ?

 それに、これだけ暇だと何でも楽しめる気だってしてくるし──それに」


トリエはほんの少し視線を落として、


「私、そのうち殺されるんでしょ?」

「…………」

「それくらい、わかるよ。この劇が始まる頃には、たぶんもう私」

「……竜と一緒に去るんだ」


え、とトリエは声を漏らした。


「あたしも知ってる。その物語、よく、姉さんに読んであげたから」


5《シュンフ》はそういっておもむろに仮面を外した。

沈んだ瞳がほんの少しだけ細められ、火傷の痕は歪んでいる。

それが微笑みだと気づいたとき、トリエは胸が締め付けられる想いを抱いた。


「“海に竜の名を二度と唱えよ”はね、こういう話」


彼女は語り始めた。


「むかし、むかし」


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