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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
87/243

87_ゆっくりと厳粛に~食事~


とはいえそれでも、生活するからには最低限必要となってくるものもある。


最初の日、戻ってきた7《ジーベン》は布袋を机の上に置いた。

どしん、と机が大きく揺れる。トリエが袋の中を覗くとそこには大量のパンが入っていた。


「今日の稼ぎです」


7《ジーベン》は淡々と言い放った。

一体でどこで何をしてきたのかはわからないが、さっと仕事を見つけてくるのだから器用なものだと思う。

トリエは少し感心しながら、袋からパンを取り出そうとするが、


「あ、それ、そのままでは食べられないんで注意してください」

「へ?」

「全部捨てられそうになっていたものをもらってきたんです」


ダメじゃん、と思わず口にしそうになるが、対する7《ジーベン》は得意げな笑みを浮かべ、


「さてさて、トリエ嬢、貴方は食事は必要ですか?」

「そりゃいるけど……」

「結構、聖女の中には食事も睡眠も必要ない者が多いので、一応聞いてみたくなりました」

「私はそんな便利なものじゃないし」


一応その話は聞いたことがある。

自分は聖女の中でも、特別な奇蹟の起こせない最弱の存在だと。

そんなことを言うなら放っておいてほしいものだったが、とはいえトリエは多くの人間ラングと同じように食事や睡眠を必要とするのだった。


「それでは食事も物質フィジカルによるもので大丈夫でしょうか?」

「うん、まぁ。純正の人間ラングだと思ってもらえばそれでいいわよ」

「承りました。それではいきましょう」


7《ジーベン》はそこで袋よりパンを一斤取り出した。

何時しか彼の手には白い手袋がはめられており、加えて彼はどこからか出した眼鏡をかけ、くい、と持ち上げて見せた。


「それでは始めましょう。

 知っての通りパンとは、かつてこの世に降臨せしめた四季女神の肉を再現した聖なるものです。

 四季女神信仰において、パンを構成する言語テクストは最も古い記述の一つであるとされ、しっかりとした聖別を受けた僧侶なら幻想リソースから構成することが可能と言われています」


……そして何やら揚々と語り始めた。


「しかし、このパンは聖職者によるものではなく、商人が窯から創ったもの。

 そのため、ある程度時間を置くとどんどん劣化し、腐っていきます。

 魔術的にはこれを第二法則による物質化と呼びます。カタチあるものは放っておくと想念から物質へと推移していく現象ですね。

 このパンが硬くなり、人の身である我らには食えたものでなくなっているのも、この物質化が原因です」


彼の言葉にトリエは「はぁ」と気の抜けた言葉を出した。

教育らしい教育を受けたことがないトリエは、彼の言葉を大雑把にしか理解できない。

とりあえず、食べられるものは食べさせてもらいたいなぁ、とトリエは思うのだった。

ちら、と5《シュンフ》の方を窺うが、彼女はもう慣れているのか、口を挟む様子はなかった。

こちらを見ることすらなく、陽の沈みゆく荒野を眺め続けていた。


「とはいえ! 想念の物質化はあくまで自然に放置した場合のことです。

 僧侶、ないしはきちんと知識のある魔術師エンジニアならば、このパンを構成する言語テクストに従い、想念と物質のバランスを調整できます」


言って7《ジーベン》はソードリストから小型の偽剣ソードレプリカを取り出した。

トリエは目を見開く。まさか剣でパンを切ろうというのだろうか。


「この『可変式フーブゥ』をナイフ形態へと変形させれば、その手の調整などたやすいことです」


そのまさかであった。

ぼう、と橙色の燐光を灯した偽剣ソードレプリカを、7《ジーベン》はパンへと振り下ろしていく。


「……医者が人を切開するようにパンを切るか」


竜のアランの声が聞こえた。

少しだけ呆れがそのしわがれた声には滲んでいた。


が、そんな声など気にした様子は一切なく、7《ジーベン》はパンを切り裂いた。

橙色の燐光がパン全体にいきわたり、ゆっくりと引いていく。

そこまで確認したのち、7《ジーベン》は「成功です」と呟き、こちらにパンをひとかけら渡してきた。


「どうぞ、簡素なものですが、今日はこれで乗り切りましょう」

「あー、うん、まぁありがとう」


トリエはぎこちなく笑って渡されたパンを見た。

身体は空腹を訴えていたはずなのだが、イマイチ食力の湧かない工程をみせつけられたせいか、食べる気がしなかった。

だが当の7《ジーベン》は素知らぬ顔で切ったパンを食べており、満足げな顔を見せている。


「…………」


トリエはしばらく躊躇していたが、試しにパンの隅をかじってみた。


すると、まぁ、意外といけるな、という味であった。

生地はじんわりと暖かくなっており、咀嚼するともっちりとした柔らかさが感じられた。

僅かだが塩による味つけもされている。薄味だが悪くない食感といえるだろう。


あれでこれができるのか、とこのパンが精製(調理というよりこういう言い方のほうが合うだろう)された過程に複雑な感情を抱くが、しかし食べ物としては問題なかった。

トリエはパンをちぎっては黙々と口に含み、時折お茶でそれを流し込んでいった。


「5《シュンフ》、貴方も」

「……まだ非常食糧がある。食糧は後回しでもよかった」

「それは戦闘時にとっておきなさい。ひとまず我々はここで生活せざるを得ないのですから、まずは衣食住の安定です」


諭すように言いつつ、彼は再び偽剣ソードレプリカの刃を別のパンに当て始めた。


「貴方の場合、もうちょっと想念寄りに調整したパンの方がいいですね。待ってください、今配合を再構成しなおします」

「その言い方だと、食べる気をなくすんだけどな……」


拗ねたように彼女は言った。同感だ、トリエはパンを頬張りつつ思った。


「…………」


とはいえ彼女も空腹は感じていたのか、7《ジーベン》からパンを受け取った。

そして彼女は仮面を外す。

自分と同世代の少女の顔と、そこに生々しく残る火傷の痕が見え、トリエは思わず目を背けてしまった。


「一応、言っとく。ありがと」


とはいえ当の5《シュンフ》はこちらの視線を向けることなく、パンを口に含んでいた。

その漆黒の瞳は深く沈んでおり、ひどく茫洋とした印象を抱かせるのだった……


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