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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
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86/243

86_ゆっくりと厳粛に~住居~


「お金がない?」


眉をひそめる7《ジーベン》を見上げ、トリエが尋ねた。


「ええ、恥ずかしながら……」


対する7《ジーベン》は神妙な顔をして言うのだった。


がた、がた、と部屋に置かれた折り畳み式の小型テーブルが揺れ、その上に置かれていたカップもまた揺れていた。

危ないなと思ったので、トリエはカップを手に持ち、入っていた暖かい茶を口に含んだ。

言語機関車内の一室にそうした揺れはつきもので、慣れるには少々時間がかかりそうだった。


「それでお金がないって?」

「だから言葉通りの意味ですよ」


7《ジーベン》は頭を抱えつつも、トリエの対面に座り込んだ。

狭い部屋なので、長身の彼は足も延ばせず、いささか窮屈そうに見えた。


「お金に困るなんて……そんなの、なんか変」


悩む7《ジーベン》に対して、トリエは頭を捻って言った。

12世紀、こと“冬”の土地において、金銭の価値は著しく低下している。

王朝時代において構築されていたシステムも崩壊。当時の金銭を持ってたところで、使える場所は限られていた。


「……いえ、この高速旅団は、ギルドの商人たちが運営しています。

 だから、お金が非常に重要になってくるんですよ、これが」


しかし、この言語機関車においては、それは通じないようだった。

5《シュンフ》は搭乗時に告げたように、異端審問官たちは商人たちに律義に金銭を渡し、一室を借り受ける形で生活している。

商人たちはいきなりの相乗り、加えて“教会”の者ということに驚いてはいたが、しかし渡せるだけの金銭があったからこそ、こうして仮宿を得られている。


「……“教会”からの予算があった筈」


不意に、それまで黙っていた5《シュンフ》が口を開いていた。

部屋の隅に腰掛ける彼女は、窓の向こうに流れゆく荒野を眺めながら、7《ジーベン》に対して問いかけていた。


「あたしのお金はこの部屋を借りるのでいっぱいだった。でも、あなたが管理していた分は?」

「それが、その……あの無頼との戦闘でどうも落としてしまったらしいのです。

 申し訳ない。私のミスです」


7《ジーベン》はバツが悪そうな顔を浮かべていった。

あの無頼、とはヴィクトルのことだろう。

あの緊急時のことだから、装備まで気を払えなくても仕方がないのかもしれない。


「異端審問官ともあろう者が、なんとも間抜けな話だ」


竜のアランが呆れたように言った。

こら、とトリエは小さな声でいさめる。


「どうする? 商人どもを脅す?」

「ダメですよ、5《シュンフ》。高速旅団ほど巨大なコミュニティと事を構えることは“教会”にとって有益ではありません」

「……じゃあ、どうする?」


5《シュンフ》が尋ねると、7《ジーベン》は息を吐いて、


「稼ぐしかないでしょう。

 8《アハト》らとの合流ポイント到着までの生活費を、この機関車内で」

「…………」


無言の5《シュンフ》に対し、7《ジーベン》は息を吐き、


「まぁ今回は取り繕いようもない私のミスです。

 どうにか商人たちと交渉してみましょう」


そう言って彼は部屋を後にした。

ギイ、と立てつけの悪い扉が厭な音を立ててしまった。


そうして部屋は静かになった。

相変わらず部屋は小刻みに揺れ、木造の机や棚が音を立てている。

その些末な音が響くことで、誰も言葉を発しない空間であることを強調しているのだ。


部屋の片隅にいる5《シュンフ》は、ずっと窓を見ている。

彼女はカソックを脱ぐことなく、また7《ジーベン》と違い仮面も外すこともなかった。

時計塔の街からの脱出の際に見えた傷跡はもう隠されている。

そのことについて、トリエは当然尋ねてはいなかった。


「それでどうするのだ? トリエ」


竜のアランが話しかけてくる。


「異端審問官たちは今は君を守ってくれるつもりらしいが、しかし、どう考えても君の味方ではないぞ」


こくりとトリエは頷いた。

それぐらいわかっている。

“教会”の、それも異端審問官といえば“聖女狩り”の急先鋒だ。

彼らによって聖女が殺害された話は、いくらでも聞いている。


そっとトリエは己の首を抑える。

事実、自分は5《シュンフ》に殺されかけたのだ。

あの時の震える声をトリエは忘れられない。


だから──思う。

何時か聖女である自分は彼らに殺されてしまうのだろう、と。


「………」


そう思いはしたが、トリエの胸には別段恐怖心とか焦りとか、そう激しいものは湧かなかった。

水の中に沈んでいくときのような、気だるい倦怠感と諦観が代わりに立ち現われていた。


トリエはぼんやりと窓の外を眺める。

流れゆく光景は延々と続く荒野で、時おり幻想リソースを含んだ風が乾いたきらめきを見せている。


トリエと5《シュンフ》は、共にそんな光景を見ていた。

しかしそこに一切の会話はなかった。交わす言葉も、共有されうる事柄もない。

それから7《ジーベン》が戻ってくるまで、その狭苦しく、ただ一応は穏やかな時間は続いた。



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