85_1と8は
青空の下、紅い瞳の女が悠々と歩いていた。
「第四聖女は、最弱の聖女だとも言われている」
しかし、と女は強調するように言って、
「その癖、これだけの被害をもたらすんだ。迷惑この上ない」
そこで彼女、カーバンクルは周りを仰ぎ見た
朽ち果てた街が広がっている。無数の瓦礫や、未だカタチを喪っていない死体が転がっていた。
この街の象徴であったという時計塔も、無残な姿を晒していた。
石で作られていたため完全に崩壊こそしていないが、針はすでに焼け落ち、もはや時を刻むことはない。
数日前、この街では王朝自由自治軍と極刑騎士団なる組織が激突したのだという。
その結果として、何も残りはしなかった。
自治軍も騎士団もおびただしい被害を出し、その間に挟まれていた街の住民も多くが死に絶えた。
馬鹿みたいに晴れた空の下、びゅうびゅうと風が吹く。
生き残った人々も次期に去っていくだろう。ここまで破壊されてしまえば、もう復興の余地はない。
この街も荒野に呑まれていくのか。田中が瓦礫の破片を踏みしめると、乾いた音がした。
「……7《ジーベン》や5《シュンフ》は流石にもういないか。ま、予想の範囲だったけど」
「死んだということは、ないのか?」
「ないでしょ。4《フィア》とかならともかく」
カーバンクルは大きく息を吐き、そして何かを探すように、きょろきょろと周りを見始めた。
そんな彼女を、不思議そうに田中は見上げていた。
……田中とカーバンクルが第二聖女を討伐してから、さほど間を置かずして次なる任務が与えられた。
思い出す。
数日前に“教会”の塔に戻った時のことだ。
彼らを見た10《ツェーン》は「任務達成おめでとうございます」と述べたのち、
「五十年以上に渡って続いた第二聖女の存在が、終止符を打たれたのは喜ぶべき事態です」
10《ツェーン》はその薄紅色の瞳で田中を見据え、
「6《ゼクス》のことは残念でしたが」
淡々と、しかし棘のある口調で告げてきた。
その時田中は言葉に詰まっていた。
殺意や苛立ちの類によるものではない。
明らかに敵意の滲む視線に晒されながら、彼女に対して親しみを覚えてしまうことに、当惑していたのだった。
だが当の10《ツェーン》はそんな田中の想いなど切り捨てるよう言う。
「さて次は第四聖女の下に向かってもらいましょう。既に居場所はわかっています」
「おいおい、少しは休ませてもらってもいいんじゃないかい?」
カーバンクルがぼやくと、10《ツェーン》はキッと彼女を睨みつけ、
「8《アハト》の力を信用して、7《ジーベン》と5《シュンフ》には聖女を殺すな、という命令を伝えてあります。
貴方に第四聖女を殺させるために、彼らも前線で身を張っているのですよ」
「りょーかい。ま、確かにそうか」
カーバンクルは、うん、と伸びをする。
「まぁ今回も私がついていくよ、船に乗せてくれ」
「二人の隊で問題ないですか?」
「いいさ。もう5《シュンフ》と7《ジーベン》が聖女を抑えているんだろう?
ならまぁ今回私たちに大した仕事はないさ」
──そうして二人は第四聖女がいるというこの時計塔の街へとやってきた
しかし、既に街は崩壊し、聖女どころか人の姿さえ見えない。
破壊つくされた瓦礫だけが、青空の下で広がっているのだった。
「まるで嵐だと思うだろう?」
カーバンクルはしゃがみ込み、瓦礫の下を覗き込みながら語りかけてきた。
「第四聖女の聖痕は“正義”。
この言葉選びもどうかと思うけど、まぁ間違ってはいないわ」
「何もない、最弱の聖女というのは?」
「言葉通りさ、奇蹟らしい力を何も持っていない。
第二聖女のように戦いを止めることも、第五聖女のような治癒もできない」
「それは聖女なのか?」
尋ねると、カーバンクルはしゃがんだまま「聖女さ」と答えてきた。
「第四聖女は何の力もない。非力で、弱々しくて、儚い存在──それ故にみなが守ろうとする。
戦おうとする者たちの理由、“正義”になるのさ」
「それが……」
「そう、この嵐のような破壊を招いた」
数日前の戦いの報告は聞いていた。
自由軍は聖女を守るために必死に戦い、騎士団は聖女を取り戻すため全力で剣を振るった。
その果てに、この街は甚大な被害を被ることになった。
「強烈な庇護欲を喚起させる力、ということなのか」
「端的にいえばそういうことね。まぁ庇護欲っていうか、もっと強烈な衝動らしいけど。
まぁそういう訳で第四聖女は最弱ながら、最も危険で、最も迷惑な聖女って訳だ」
だから、というべきか聖女との百年に渡る戦いの中で、第四聖女が討伐された回数は、他の聖女に比べて圧倒的に多いのだという。
“たまご”に籠っていた第二聖女ミオが“二代目”であったのに対し、今の第四聖女は既に“十四代目”になるだという。
もたらす影響は非常に大きく、それでいて本人は非力な少女に過ぎない。
そうした“教会”は第四聖女を補足するなり、即座に殺害することで対応してきた。
「とはいえそれも君が終わらせるんだろう? 田中君」
カーバンクルがそう言ったのち、瓦礫の下で「お、あった」と漏らした。
「さっすが7《ジーベン》。こういうのはきちんと仕事をするわね」
そこで彼女は快哉を上げつつ、瓦礫の下より水晶を取リ出した。
言語が流れるそれは、“教会”内部でしか使われない特別な波長を出しており、伝言を残す際に使われるものなのだという。
「ふうん、高速旅団にねぇ。まぁ合流ポイントに先回りすればいいか」
記された伝言を読みつつ、カーバンクルは言う。
どうやら異端審問官たちは、既にこの街を脱出しているらしかった。
その事実に安堵していると、田中はふと周りの音に気が付いた。
「あらら、もうやってきた」
辺りには無数の怪鳥やおどろおどろしい外観の獣がいる。
異形。対話不可能な化け物たちが、崩壊した街にやってきていた。
「いいよ、俺がやる」
殺人でない以上、特に何も昂ることはないが、しかしそれ故に落ち着いて戦うことができる。
田中は鞘より偽剣を引き抜いた。
ずっしりと重い剣であった。分厚い剣身を両手で構えながら、田中は辺りの敵に見据えた。
その銘は『ミオ』。
田中が三人目の聖女を手に掛けた証であり、桜見弥生の欠片であるはずの剣だった。
「まぁ、7《ジーベン》ならソツなくこなすだろうし、今回の任務は楽に終わりそうでいいわ」
『ミオ』を構え、駆け抜ける田中に後ろからカーバンクルが言った。
「そう、それならいいんだけど……」
◇
「弱りましたね」
一方そのころ、高速旅団の言語機関車にて、7《ジーベン》は頭を抑えていた。
トリエはそんな彼を不思議そうに見上げ「どうしたの?」と尋ねた。
何時も落ち着いている彼らしくもなく、7《ジーベン》は唸り声を漏らし、
「お金が、ないみたいなんです」
そう言った。




