80_追う者、追われる者
「とにかく高速旅団に合流するといいだろう。奴らもこの戦闘前に、逃げ出す準備を始めてる筈だ」
燃え盛る街の中、竜のアランが助言を出してくれる。
トリエは頷いて、必死に走り出す。自由軍や騎士団のどちらに保護されるのも、それはそれで危険だった。
が、この時計塔の街は坂が多く、道も入り組んでいる。
ずっと本を読んでいたトリエにとって、それだけでも強敵だ。
そもそも私はただの少女なんだから──と毒づくように言う。
炎の余波を受け弾のような汗を浮かべつつ、トリエは走り続けた。
目指すは街の隅にある、高速旅団たちの機関車だ。
とにかく街から離れることができれば、また新たな道が開ける。
そう信じて今は行くしかないのだ。
「困ったらとりあえず、海を目指すといい。そうすれば我が助けよう」
アランがまたそんなことを言ってくる。
助けてくれるなら今やってきてほしいものだと、トリエはうんざりした心地だった。
と、そこでガラン、と音がした。
はっ、として顔を上げると、そこには極刑騎士団の赤と白の甲冑が見えた。
即座に角に隠れ、息をひそめる。見つかりたくはなかったが、見られたかもしれない。
火照った身体に厭に冷たい汗が流れていた。
「あ、れ──」
が、極刑騎士団たちは、次の瞬間には噴水のように血を吐き出していた。
ぶち、ぶち、と何かが引きちぎれる音と共に、彼らの身体は倒れていた。
「新手か?」
そうアランが訝し気な声を上げる。
と、同時に奇妙ないでたちの人間たちがどこかからか降り立っていた。
「剣の仮面に、あのカソック……“教会”の異端審問官か」
アランの声にトリエはびくりと肩を上げる。
“教会”の異端審問官の噂は、当然聞いたことがある。
この“冬”の土地にいて、“教会”は今や最大の勢力を築いている。
その中にあって“聖女狩り”を専門に行う残虐無比な組織があるという。
それが異端審問官。
聖女であるトリエにしてみれば、絶対に捕まりたくない人間たちだった。
「逃げろ、トリエ」
アランの言葉に従い、トリエは緊張と共にその場から離れようとする。
奴らに捕まるくらいなら、自由軍や騎士団に保護された方がまだマシだった。
だが緊張ゆえかトリエは、がた、と近くに落ちていた瓦礫を蹴り飛ばしてしまう。
「いたか」
それだけで十分だった。
ダ、と跳躍の音がする。華奢な体つきの異端審問官が、トリエの前に現れていた。
「第四聖女、聖痕は“正義”……最も弱く、最も危険な聖女」
表情が見えない仮面の異端審問官は、抑揚のない声でそう告げた。
「私が、一体何をしたっていうの?」
「…………」
「私はずっと今まで……!」
震えつつもトリエは精一杯抗弁しようとしたが、呂律が上手く回らない。
仮面の異端審問官──声からして女性だろう──はそんなトリエに偽剣を向け、
「やめなさい、5《シュンフ》」
口を挟んだのは、もう一方の異端審問官だった。
「言ったでしょう、今回の任務は聖女の殺害じゃないと」
「状況次第では、討伐も視野……」
「今の状況のどこに彼女を殺害する必要がありますか。第四聖女を終わらせるのは、私たちの役目ではない」
静かに、しかし強い口調で言われた5《シュンフ》は、不満そうに剣を下ろしていく。
その様子に男は、やれやれ、と肩をすくめ、
「どうも、第四聖女トリエ。私は7《ジーベン》、こちらは5《シュンフ》」
名乗りつつ、彼は仮面を取っていく。
穏やかな笑みを浮かべた青い瞳の男だった。
整えられた眉毛がどことなく怜悧な印象を与えている。
「私たちは貴方を守りにきました。信じられないかもしれないが、とりあえず今は」
そう彼が語った時、ダン、と乾いた音がした。
5《シュンフ》と7《ジーベン》が即座に反応し、音がした方を向く。
「ふうん、“教会”まで来ているのかい」
そこには猫を携えた一人の“ガンマン”がいた。
その手に握られた、役に立たない銃からは硝煙を立ち上っている。
「殺してでも連れて帰るぜ、聖女様」




