60_結局のところ
そこは朽ち果てた街であった。
曇り空の下に生成されたそこは、半壊した石造りの家が立ち並んでいる。
住居を覗き込むとはるかな昔に人が住んでいた痕跡があったが、無論、住民などは一切いはしない。
寂しいところ、と4《フィア》はぼんやりと思っていた。
「tabni@oubogbrs」
「昔、このフロアは冒険者たちの拠点だったみたいですね。
ある程度進んだ場所に、安全な場所を作って、宿屋とかサービス業もあったとか」
ヨハンが眼鏡を上げて言った。
妖精から得た知識なのだろうと、彼の周りに無数に飛び交う翅の生えた妖精たちを見て思った。
どうもこの妖精、闘技場の時よりもさらに数が増えている気がした。
初めは妖精という希少な存在に驚いていた4《フィア》であったが、しかし、こうしてゾロゾロとヨハンの周りを飛んでいるのを見ると、ありがたみも薄れてしまったような想いになる。
「となるとそろそろ折り返し地点、という訳ですわね」
「ええ、ここまでが前半戦。ある程度進むと必ずここに来るんだとか。
そしてここからがいよいよ、“たまご”の中心に至る行軍、ということです」
「ふむふむ、それでは本格的に考えないといけませんね。
聖女様に会ったあとのことも」
マルガリーテとヨハンは互いに和やかに言葉を交わしつつ、各々転がっていた椅子や台に腰掛けた。
4《フィア》は二人の間で顔を俯かせながら、道の隅に一人座り込んだ。
「ヨハン殿は聖女様をどう思いで?」
「僕は正直なところ、神話時代の言語云々は眉唾だと思っていますよ。
ただどうも特殊な言語に被れてのは間違いない。
その解析結果が、今の僕が構想している新技術に寄与してくれることを願ってます」
「ふむふむ、技術屋としての意見ですわね。
それでは聖女を確保後、どこか研究施設に連れていきたいと」
「しかるべき場所があるのであれば、それに越したことはありませんね。
人員的には、僕自身がいれば問題ないかと思いますが」
「そして私は、聖女を“無血”の軍隊の旗頭にしたいのですわ」
二人が会話している間にも、聖女の歌は続いている。
外殻に比べれば大分近づいてきたのもあり、その美しい歌声はより鮮明になっている。
『私の……』『そして……』とか歌詞がおぼろげながらにも聞き取れるようになっていた。
「聖女の奇蹟が真なるものであるか、あるいは偽物であるか、とりあえずそれはどうでもいいのです。
彼女がその歌で戦いを納めたという、“無血”の逸話。
私の理想にこれほど合致した物語はございませんの」
「だから君は彼女が欲しい、と」
「ええ、そうですわ。ぜひとも欲しいのです」
そして、とマルガリーテは声色を強めて、
「異端審問官……いえ、“教会”は彼女が邪魔なのでしょう?
“教会”が目指す秩序のために、影響力がありすぎる聖女を排斥したい。
わかります。理解できますわ。
そのために貴方方、異端審問官ははるばる派遣されていますものね」
「ふむふむ」
それは明らかに4《フィア》へと向けた言葉だったが、相槌を打ったのはヨハンの方だった。
「私たち三人は、聖女という目的と、そこに至るための道も同じです。
ですがその先はバラバラです。相容れないと言ってもいいですわ。
だから、“たまご”の中心に行けば、必ず衝突してしまいますわ。
ですが! 私、思いますの。争いにならない方法、一つあると」
マルガリーテは揚々と言葉を続ける。
「異端審問官さん、私とヨハンさんを“教会”に取り次いでくださらない?
聖女の奇蹟の解析結果は、貴方方にも益ある話でしょう?
そしてヨハンさんも、相当名のある魔術師とお見受けしました」
「ええ、まぁ」とヨハンは頷く。
「そのうえで秩序構築につきましては、私もご協力いたしますわ。
こう見えて、私、それなりに人脈を持っていますもの。
全員が全員、争うことなく利益を得ることのできる関係を築くことができると思うのですけど。
どうでしょう、ここは、あらためて共同戦線という形で──ねえ、4《フィア》さん」
マルガリーテはそこで金髪の髪を撫で、言葉を切る。
一方、ヨハンは「ふむ」と口元を抑えていた。動向を見守る、という体だ。
それに対する4《フィア》はそれまでずっと黙っていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、あの……」
そして、ぼそぼそとか細い声音で語り出した。
「私も色々考えたんですけど、面倒だなって」
「え?」
「本当こういうの私の仕事じゃないっていうか、職場じゃみんな私に勝手を押し付けるんですけど、別に、“教会”の人でもない人にまで頼まれる筋合いはないっていうか」
彼女は目を少し泳がせつつ、
「だから面倒なので、全部、暴力でいいかなって」
ひどく自信なさげな口調で彼女は偽剣『メルレピオン』を抜いた。
ガチャリ、と剣の分離機構が動く音がし、ダボついた袖から二つの刃が姿を見せた。
「拷問……しちゃいますね、マルガリーテさん」
もちろんヨハンさんも。
そう言って彼女は二人に襲い掛かった。




