59_再戦
4《フィア》は「むぅ」と不満げに漏らした。
「いやいや、なるほどここは迷いこそが罠なのですね」
「と、言いますと?」
「いやね、妖精さんによると、別にこの階段、上に行っても下に行ってもいいんだそうです」
闘技場にて、勝者の扉の先に待っていたのは、巨大な螺旋階段であった。
空の中に創られた石造りの階段は、上は空彼方まで、下は雲を突き破るように伸びている。
その階段を4《フィア》は延々と昇っていた。
「上に行っても、下に行っても、次の扉は存在している。
でも、そのまま昇っていれば良いものを『実は下が正解では?』と思って引き返しでもすれば、絶対に辿り着けない」
「なるほど、ですから迷いこそが罠、と」
「gkadbn[goai[giqsr」
「ええ、そうです。そうです。妖精さんもこう言っていますし」
マルガリーテとヨハンの背中を見つめながら、4《フィア》は再度不満げに息を漏らした。
何故8《アハト》である田中が、あそこで身を翻したのかが理解できなかった。
こんな面倒なことを、と思わず思ってしまう。
二手に別れる理由がよくわからない。
あの不殺とかのたまっていた剣士と田中はどうやら知り合いらしいが、まさか堪えられず殺しにでもいったのだろうか。
前の8《アハト》はそういうことする人だった、と4《フィア》は聴いていた。
何にせよ私情を優先するのであれば、先輩としては怒るべきだろう、と4《フィア》は考えた。
ここは言って聞かせるより物理的に痛めつけた方がいいだろう。
拷問室で皮をキレイに剥ぐぐらいはやってもいいかもしれない。
こちらに理があるのだ。彼はきっと耐えてくれるだろう。自分が悪いのだと。
とりあえず許してくれ、というまではやってやろう。
戦士である彼は痛みは我慢できるだろうから、焦らして焦らして恐怖を与えるようにするべきだ。
彼についての資料はどこかにあるだろうか。誰にだって生理的に嫌悪してしまうものはある。うまく用意できるものがあれば視覚的に彼を責め立てるのもいい。
社会的立場も含めて、自分よりずっと強い彼をいじめるのはきっと楽しいし、興奮してしまう。
無論、やりすぎてはいけない。あくまで先輩としての懲罰としてやっていきたいが……
「異端審問官さん」
呼びかけられて、4《フィア》ははっととした。
「とりあえずこの次のフロアあたりで休憩を挟みたいのですが、大丈夫でしょうか?
体力的にも疲れてきてしまいまして。4《フィア》さんにも一応聞こうかと」
「あら、一応はないですわ、ヨハンさん」
「お、これは失礼いたしました。“教会”の精鋭部隊とはいっても麗しい少女ですから思わず」
ヨハンはそう言って頭を下げた。
4《フィア》はなにかを言おうと思ったが、しかしうまく言葉にならず「あ」とか「う」とか漏らしたのち、
「ええ、と。い、いいですよ」
こくんと頷くのが精いっぱいだった。
それを見て、マルガリーテとヨハンは共に柔和な笑みを浮かべた。
「賛同していただき、ありがとうございます。
みな、それぞれ理由は違いますが、目的地は同じです。
聖女様の前までは、共に行こうではありませんか」
ヨハンの言葉に、マルガリーテは頷いていた。
それを見た4《フィア》はやはり面倒だ、と内心で毒づいた。
4《フィア》はあの不殺剣士は嫌いだった。
そしてこの二人は、嫌いというより苦手だった。
話していると、対等であるはずなのに見下される気分になるのだった。
そんな想いを抱く4《フィア》の前で、マルガリーテとヨハンは声を交わしていた。
「そういえばヨハンさん。先ほどのお方はお知り合いで?」
「ええ、少しこの“たまご”に来る前に縁がありまして。
困っているようだったので、売ってあげたんです、僕の自信作」
彼は得意げに手首に巻かれた鞘を見せつけた。
◇
青空と透き通る湖のフロアを、6《ゼクス》とカーバンクルは進んでいた。
ここにあっても空似浮かぶ碧色の輝きは変わらない。
ただ聖女の歌が近くなっていた。奇蹟の歌は徐々にその輪郭を見せようとしている。
まっすぐではないにせよ、とにかく前に進んでいるのは間違いなさそうだった。
ぴちゃ、ぴちゃ、と水の音が反響する。
雲のような霧が視界を遮る中、彼らは感覚を鋭敏に研ぎ澄ませなていた。
「おや」
不意に6《ゼクス》が声を漏らした。
白い霧の向こうに、ぼう、と浮かび上がる影が見えた。
その影は既に剣を抜いていた。
まるで待ち構えていたかのように──その人狼の剣士は姿を現した。
「もしかすると敗者の扉の方がアタリだったのでしょうかね? ここで追いつかれるなんて」
「どうかしら。距離や時間なんて考え自体、“たまご”のなかでは意味がないのかもしれない。
確かなものはきっと聖女の歌だけさ。
まぁ何にせよ、6《ゼクス》」
「ふふふ……退けてみましょう」
カーバンクルの言葉に、6《ゼクス》は鞘より『イヴィーネイル2』を抜くことで応じた。
「懲りない人だな、人狼くん。せっかく拾った命だというのに」
「拙者は……敗けん」
霧の向こうから現れた男、ヴァレンティンは剣を持っていた。
しかしそれは先ほどの暗青の『ルーン・アサルト』ではない。
濃紺の色彩をを湛えた肉厚の両刃の偽剣。
柄の部分に二つの月の紋章がその存在を主張していた。
大層な品だ、と6《ゼクス》はその外見を見て判断する。
どこで手に入れたのかはわからないが、その紋章から中枢魔術工房の品だということはすぐわかった。
“秋”の魔術師の総本山であり、となれば、かなり精巧な模倣品であろう。
「足りなかった剣は補った。
砕け散った矜持は拾い集めた。
この『フェイゼン・トラッカー』ならば、貴様を打ち倒すこともできよう.
正々堂々、正面からな」
そう言って、ヴァレンティンは獰猛な笑みを浮かべた。
闘技場での遭遇戦以上のなみなみならぬ敵意が、その瞳にはみなぎっている。
「さて」と6《ゼクス》は小さく漏らした。
どうにも変なものに絡まれてしまったようだった。
「行くぞ、貴様を打倒して拙者はこの“たまご”での目的を果たして見せる。
拙者の矜持を、一戦に賭けてやろう」
「私にしてみれば、君はただの障害物であって、目的でも目標でもないんだが」
すっ、と互いに息を吸う。
瞬間、二人の剣士は共に跳躍していた。
二つの影、『イヴィーネイル』と『フェイゼン・トラッカー』の刃が交錯する。
剣圧によって白い霧は瞬く間に斬り裂かれ、青く澄んだ世界が顔を出す。
二人の間を雫がきらきらと舞い、虹色の色彩を見せた。
「──だからね」
けれども、それも一瞬のことだった。
「ぐ」と野太い苦悶の声が漏れる。同時に鮮血が噴水のように吹き出す。
決着は初撃でついていた。
「人狼君。人の身なら人の身らしく、基礎をやれと言ったんだよ、人狼君」
一歩速く踏み込んでいた6《ゼクス》が、ヴァレンティンの身体を一閃していた。
血を流しながらヴァレンティンは倒れ、澄んだ湖を血で汚していた。
「剣の差をつめたところで、ゴールインじゃないぞ。
そこからがむしろスタート。私と君は、そもそもの腕が違うのだからなっ!
と、いうかさっき拾った慣らしもしてないような偽剣で、格上の私を倒すのは無理だ」
鞘に『イヴィーネイル』を納めながら彼は諭すように言った。
無論、致命傷を与えた以上、立ち上がることはもうないのだろうが。
「道に対し、不真面目だったね、君は」
振り向くこともなく6《ゼクス》は言い放った。
見ればカーバンクルは既にもう前に進んでいた。




