56_観客席
“たまご”のなかに生成された闘技場のフロア。
そこで二人の少女が剣を交えていた。
倒れていたギルドの離反兵たちはすでに押しのけられている。
聖女の歌響く青空の中で、仮面を被る異端審問官の4《フィア》と不殺剣士キョウが跳躍で互いに距離を取り合っていた。
「……勝てるか」
思わず田中は声を漏らす。
キョウの腕と『ネヘリス』の性能は、二度刃を交えた田中は身を以て知っていた。
対する4《フィア》は直接的な戦闘は本職ではないと聞くし、印象としても6《ゼクス》のように腕が立つとも思えない。
一応『メルレピオン』は“教会”の上級部隊に支給される偽剣だけあって、ハイスペックな騎種だ。
土煙を上げながら、機敏に動き回る4《フィア》をみながら、機動性自体は『ネヘリス』と遜色がないようだと判断する。
「別に勝ち負けなんて、どうでもいいのですわ」
それを観客席より見下ろしながら、マルガリーテは言う。
「とにかくこのフロアの次に行けばいいのですから。決着がつきさえすればいい。
拷問用の言語が働いているのですし、死にもしないのでしょう」
その口調は穏やかなもので、既に嘘くささが滲んだ物言いとなっていた。
先ほど見せた苛立ちはもう隠れてしまったようだった。
「同感です。早く終わってくれないかな。僕は早く聖女の下に行きたいのに」
隣に座る眼鏡の男が言った。
キョウの同行者らしいこの男の周りには、翅の生えた妖精が飛び交っている。
田中たちは交流できなかった相手だが、彼らは妖精符丁とかいうものを使って会話ができるらしい。
それ故に最短ルートを取ってこれたとか言っていたが、同時に妖精との会話で寄り道もしてしまった、と本末転倒なことを言っていた。
「あら、魔術師さんも、聖女様のことが気になっていまして」
「ええ、僕の研究のピースになりそうなもので、あ、ヨハンです。マルガリーテさん」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
二人は和やかに、それでいて距離を感じさせる会話を交わしていた。
その間に挟まる形の田中は無言を貫いている。
リューはというと、彼らは自分たちと反対側の観客席に座っていてた。
こちらと交流を取る気はないらしかった。ヨハンとも、マルガリーテとも、そしてもちろん田中とも。
「それじゃあ、ここに座る人たちはそれぞれ強固な目的があって、聖女様を目指しているのですね」
不意にマルガリーテがそんなことを言い出した。
「人を鎮める奇蹟の歌と、神話の再現たる聖女。
私はそれを“無血”の軍隊のために、ヨハンさんは新たなる兵器開発のため、異端審問官さんは絶対なる秩序のため」
──そして俺は、弥生に会うため
胸中で田中はそう付け加えた。
「それぞれが違うことを考え、違う道から“たまご”の中心に行こうとしているのですね。
みながみな、たどり着きたい目的と“終わり”があるからこそ」
そこで一瞬、彼女は言葉を切り、僅かに声のトーンを変えながら、
「でもあの娘は、何を目指しているのかしら」
そう彼女が言った時、二人の闘いに変化があった。




