57_初見殺し
4《フィア》とキョウの戦いは、一見してキョウが優勢だった。
『ネヘリス』と『メルレピオン』の速度はほぼ互角。
そのため、一方的な展開になることはなかったが、相対してから攻めているのはキョウの方だった。
4《フィア》はゆらりとした服で敵の視界を遮り、小柄な体躯を活かした身のこなしで、するすると剣を避けていく。
その動きは卓越したものがあったが、しかしあくまで逃げに徹しているだけだ。
キョウは直線的ながらも苛烈な攻めを続け、4《フィア》を追い立てていた。
優勢であったが、しかしキョウはどこか戦いに集中できないでいた。
どうしても観客席を意識してしまう。
田中とマルガリーテがそこに座っており、ヨハンと何やら話していた。
自分と直接相対することなく、遠く交わされる言葉。
一体何を言っているのかわからない。おそらく自分とは関係のないことだろう。
しかし、キョウはそれを意識してしまう。
マルガリーテの糾弾はまだ耳に残っていた。それに尾を引く形で、今の彼女の集中を散漫にさせてしまう。
──どうせ、死なないんですし。
さらに胸の奥から、そんな想いがあふれてくる。
そう、このフロアには安全弁としての言語が刻まれている。
人は死ぬことはない。その時点で、キョウの目的は達せられているといってもいい。
噛み合わない想いを胸に、それでもキョウは『ネヘリス』をふるう。
叩き込まれた技の数々が、彼女の攻めを維持させていた。
とはいえ、そんな意識で戦う以上、どうしても隙はできる。
そして敵はそれを狡猾に待ち構えていた。
度重なる跳躍の応酬の最中、キョウの『ネヘリス』が4《フィア》の『メルレピオン』と交錯する。
剣を受け止めた4《フィア》は、そのまま再度の跳躍で下がる──と見せかけて、その場にとどまっていた。
「え?」
思わずキョウが声を漏らす。パターン化した戦闘が、突然変化を見せた。
無論、それを好機とみて、剣を叩き込まんとする。
「いない?」
剣を跳ね除け、4《フィア》の胴体に『ネヘリス』を突き立てた彼女は、そこで気づいた。
このダボついた服の中身は、仮面で隠されていた部分の中身は、がらんどうであると。
そのことに気づいたときには、キョウの背中に燃えるような痛みが走っていた。
振り返ると、嗜虐的な笑みを浮かべて刀身を突き立てる4《フィア》がいた。
その手にはもう一振りの『メルレピオン」があった。
◇
「隠密魔術マントに、分離型の偽剣」
「bgao:gbami」
「ああ、なるほど。カソックにも仕掛けあるんですね。……うーん、実験的だなぁ」
戦いを見ていたヨハンが声を上げていた。
観客席から戦いを見ていた彼らには、4《フィア》の戦術を把握することができていた。
4《フィア》は剣の腕ではキョウに勝てないと判断したのだろう。
それ故に一瞬でもキョウの気を逸らし、背後から襲うことを選んだ。
元々『メルレピオン』は分離し、二刀で扱うことが可能な偽剣である。
とはいえ二刀での使用は取り回しが難しく、4《フィア》はその機構を罠として使うことを選んだのだ。
すなわち、一刀を囮としてその場に固定し、キョウを釘付けとしたところを、隠密魔術で身を隠した彼女が奇襲する。
「一個でも種が割れたら使えない初見殺し。
まぁ、異端審問官らしいといえばらしいですねえ。
それを僕らに見せちゃうあたり、どうもまだ若いですけど。まぁ僕らなら瞬殺できるとでも考えたのかな?」
ヨハンは平坦な口調で言った。
同時にキョウが倒れ堕ちるのがわかった。
彼女の敗北で決着はつき、二つの扉が闘技場に浮かび上がった。
◇
「勝ったよ、ロイ君」
戦いを終えた4《フィア》が手を振って呼びかけてきた。
勝利。意味があるかはひとまず置いておいて、それは間違いなかった。
田中は無言で跳躍し、闘技場へと降り立った。
「さて、行きますわね」
同じくやってきたマルガリーテは微笑を浮かべて言った。
倒れるキョウを彼女が見ることはなかった。
務めて視界に入れないようにしている、とでもいうように。
「勝ち……の方が正しい道と思いたいですわ」
「ああ、たぶんそっちの方が正解ですよ」
マルガリーテの言葉に答えたのはヨハンだった。
悠然と観客席を降りてきた彼は、妖精たちと一言二言交わしたのち、
「いや正確には勝った方が良い扉にいくとは限らないんですが、敗けの扉は明確に外れなんだとか」
「ふむん、ヨハンさん、妖精の言葉信じられまして?」
「ええ、彼がきっとこの“たまご”について、最も詳しいと思いますよ。
あ、僕もそっちの扉行きますから」
彼はさらりとそんなことを言ってのけた。
田中は眉をひそめるが、
「直接戦った人以外は、自由に扉を選べるらしいんです。裏技ですね、妖精さんがいなかったら気づかなかったかも」
「俺たちがそれを受け入れると?」
尋ねると、ヨハンは眼鏡を上げ、
「受け入れないのですか?
僕はこの妖精さんの助言によって、正しい道がだいたいわかるというのに」
「……確かに有用性はありますわね」
マルガリーテが口元を抑えながら言った
田中は「しかし」といって、倒れるキョウを見た。
「あ、キョウさん。そういう訳で、護衛はここまでで大丈夫です。
報酬はもちろん後日フルでお渡しいたします。帰ることも、貴方ならできるでしょう?」
「う……」
顔を歪ませるキョウに対し、ヨハンはそれで終わりと見たか、また妖精と話し始めた。
そこに霊鳥のリューが飛んできた。
「好きにするがいいさ、キョウは自分の身は自分で守れる娘だ。そしてこの私が彼女の味方である。それだけは確かだ」
「どうも、では」
ヨハンは振り返らずに返す。
そして当然のように勝者の扉をくぐっていく。
その態度にマルガリーテが息を吐いたのが見えたが「仕方がありませんわね」といって、彼女もまたそれを追った。
「…………」
「どうしたの? 行かないの?」
彼らに続こうとした4《フィア》は、田中が固まっているのに気づいて足を止めていた。
田中は、背中を抑えつつも立ち上がるキョウを見ていた。
「ロイ君も、また行っちゃうんですね」
彼女の言葉には何時もの快活な響きはなかった。
気まずげな笑みを田中へと向けたのち、もう一つの扉へと向かっていく。
無言でリューはその肩に乗り、同時にキョウは彼の身をそっと撫でた。
「…………」
聖女の歌はなおも続いていた。
その歌声に一瞬だけ耳を傾けたのち、田中は4《フィア》に口を開いた。
「少しあちらの扉を確かめてくる」
「え?」
「あっちはあっちで、何かありそうな気がする。
別行動だ。オドレイはマルガリーテたちから情報を吸い上げてみて欲しい」
「え? ええ!?」
驚く4《フィア》を尻目に、田中はキョウのあとを追い、敗者の扉を開いていた。




