52_炎の槍
「こちらが正解だった。そう思いたいものですがね!」
6《ゼクス》はその金の髪を撫でながら、大きな声で笑い始めた。
「いやはや、勝者にさらなる挑戦者を、と来ましたか」
既に『イヴィーネイル2』を抜いていた6《ゼクス》は、自分たちを取り囲む無数の異形たちを見据えながら言った。
そこには頭が三つある巨大な蝙蝠がいる。
キンキン声でうるさい怪鳥がいる。
うめき声しか漏らさぬ亡者が歪な翅を広げている。
意味のない雑音しか漏らさぬ者たちが、空を埋め尽くす勢いで浮かんでいる。
対する仮面の異端審問官たちは、背中合わせの形で剣を構えている。
異形とは、決してこちらとコミュニケーションできない存在であり、人間に対する絶対敵だ。
幻想が歪な形で物質化してしまった存在らしいが、今の彼らにとってその成り立ちはどうでもよかった。
ただ自分たちが、無数の敵に囲まれているという、厳然ある事実を意識すべきだった。
「いや、おそらく正解ではあったと思うよ、6《ゼクス》。
歌が近くなっている。前に進みはしたが、その先が面倒な場所だったというだけだ」
カーバンクルはつまらなさそうに言った。
彼女も既に偽剣『リヘリオン』を抜いていた。
二人の足場となっている非常に小さく、一歩でも踏み出せば、青空へ身を投げることとなりそうだった。
その状況下で、空を飛び上がる無数の異形に囲まれていた。
「状況的に跳躍はできませんね。小技も効かせられなさそうといったところ」
「来た敵を斬る。シンプルでいいわ」
背中越しに聞こえる彼女の言葉には迷いも憂いもなかった。
その淡々とした口調に6《ゼクス》は「頼りになるね、まったく」と漏らした。
「おそらくだが、このフロアの法則は敵のせん滅でしょう」
「先の闘技場と良い、シンプルで良いわ」
そう交わした言葉を皮切りに、襲い掛かる異形たちとの闘いが始まった。
◇
およそ数時間に渡る戦闘ののち、6《ゼクス》は『イヴィーネイル2』を鞘へと納刀した。
そして額に浮かんだ汗を拭い、大きく息を吐く。
「さすがに、これでもう打ち止めでしょう」
がらんどうの空を見渡して彼は言った。
異形たちはすべて斬り裂き、墜ちていった。
その一体一体は、異端審問官であり模倣品を扱う6《ゼクス》たちの敵にはならなかったが、しかし何分数が多かった。
斬っても斬っても現れる敵を相手にするには、それなりに体力が必要な戦闘であった。
それでも二人とも傷らしい傷を一切負っておらず、共にその技量を感じらせた。
同時に空の上に扉が出現していた。
燐光を纏うその扉は塔から少し離れた位置に出現しているが、跳躍すれば駆け込むことは可能だろう。
「……少し休んでから次に行こうかしらね」
カーバンクルは息を吐いて、ゆっくりと腰を下ろしていた。
剣の仮面を取り、紅い瞳が露わになる。
「貴方は座らないの?」
「いや、私は構いません。任務中に腰を据えるのがどうも慣れませんので。
こうしたある程度緊張の糸を張っていた方が、むしろ疲れが取れるのですよ、1《アイン》殿」
「ふうん、昔のクセって奴ね」
それから二人はしばらく何も言わなかった。
戦闘によって暖まった身体を落ち着けるため、互いにとって楽な態勢を取っていた。
異形の群れがいなくなった空では、どこまでも澄んだ青が広がっている。
そこに響き渡る聖女の歌声。鎮静作用があるというその歌声は、休息に一定の効果が期待できるだろう。
敵の歌であるが、利用するものは利用すべきであると、6《ゼクス》は考えていた。
そこでふと思い立ち、6《ゼクス》は口を開いた。
「……しかし、1《アイン》殿と隊を組むのも久々ですね」
「まぁ、最近は3《ドライ》やら前の8《アハト》やら、問題児と組まされていたからね。
たぶん10《ツェーン》による嫌がらせだよ。まったく、嫌われたもんだ」
言葉と裏腹にカーバンクルの口調はくだけていて、本気で言っている訳ではなさそうだった。
“十一席”に所属してそれなりに長い6《ゼクス》は把握しているが、彼女は決して10《ツェーン》のことを嫌ってはいない。
とはいえ逆に10《ツェーン》の方はどうだろうか、と問われるとこれはわからないのだが。
薄紅色の鋭い眼光を思い出しつつ、6《ゼクス》は「さて」と漏らした。
「これからしばらくは少年……8《アハト》と一緒かな」
「彼も早く育ってもらわなくてはいけませんね。何と言っても8《アハト》は“十一席”の精鋭だったのですから」
前任の8《アハト》は、武人の皮を被ったただの殺人狂であったが、腕は確かであった。
偽剣戦の技量という意味では、“十一席”で彼を超える者はいなかった。
例外は11《エルフ》だが、アレはそもそも勘定に入れるべき存在ではないだろう。
「あの技量と、10《ツェーン》女史のとりなしでギリギリ組織に所属できていたような人間でしたね、彼は。
善か悪かで言えば間違いなく後者だったのでしょうが、私は嫌いではなかったですよ」
「ふふふ」
そう告げると何故かカーバンクルは笑って見せた。
「君もそう思うのか。まぁ、そういう奴だった」
「ええ、当然、いなくなれば寂しくもある」
「あは、私もそう思うよ。この“たまご”だって、前に一緒に任務で来たなーとか、思いのほか奴との思い出がある」
まぁ、と6《ゼクス》は胸中で思う。
逆に言えばその程度の仲であったとも。
この時代、異端審問官などをやっていれば、何時死んでもおかしくはない。
しかし10《ツェーン》と9《ノイン》にしてみれば、そうもいかないだろう。
新たに8《アハト》となった彼のことを、彼女らはどう思っているかは想像に難くない。
あの三人の関係が何時からなのかは知らないが、しかしその結びつきの強さはわかっていた。
たとえ“転生”したものであっても、いや、だからこそ──
「まぁ精鋭はこれから貴方にやってもらうよ、6《ゼクス》。
貴方、8《アハト》の次に強かったじゃない、それも抜群に」
「さて、それはわかりませんね。
既にハイネ君に抜かれているかもしれませんし、7《ジーベン》あたりは隠し玉を持っていてもおかしくはありませんよ」
言葉を交わしつつ、6《ゼクス》はそこで声のトーンを落として尋ねた。
「ところでアイン殿、一つ聞いてもいいですかな?」
「なんだ?」
「“フリーダ”はもう探さなくていいのですか?」
その問いかけに対して、カーバンクルはすぐには答えなかった。
ただ小さく表情を変えていた。それはひどく自嘲的な表情で、同時に寂し気でもあった。
二人の会話のさなかも、聖女の歌はずっと続いていた。
なおも歌詞は不明瞭で、愛なのか、歓喜なのか、悲しみなのか、寂寥なのか、そのいずれかを歌い上げているのか、わからなかった。
歌が続く限り、ここでは静寂というものが存在を許されない。
「……そうだな、このところ、ずっと探してないね」
しばらくして、カーバンクルは答えた。
6《ゼクス》はそれ以上何も言わなかった。
元より自分は多くは知らないのだ。立ち入るべきではないだろう。
“フリーダ”。
それはかつて、カーバンクルが狂おしいほどに探し求めていた筈の名だった。
しかし、もう……




