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虚構転生//  作者: ゼップ
たまごの中には墓標が立っている
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40_安心安全嗜虐心


「なので一方的に私にやられてください!」


思わず声が出そうになった。

のこぎり型の偽剣ソードレプリカ『リリークィン』から発射された閃光ビームが猛然と田中へと襲い掛かってくる。

炸裂する光を前に気を取り戻した田中は、瞬間的に跳躍ステップし、数歩離れた場所へと後退する。


しかしそれで攻撃は終わりではなかった。


「曲がるかっ」


閃光ビームは彼を追尾するように曲線を描いて迫ってきた。

その様はまるで錆びついた色の蛇が空をうねるかのようであった。


『エリス』と共に再び跳躍ステップ

そのたびに食らいつくように閃光ビームは曲がって見せる。

悪夢のような気持ちの悪い光景だ、とは思うが、当たる訳にはいかない。

とにかく連続して跳躍ステップを繰り返す。


追尾魔術ホーミングの実験、成功。

 敵の跳躍ステップに合わせた言語テクストの自動生成も問題なし」


逃げ惑う田中を前に4《フィア》はぶつぶつと呟いてみる。

実験記録を残しているようだった。紙もペンも持っていないが、ないかしら保存手段があるのだろう。


「次弾装填完了、発射で」


呟きながら『リリークィン』を再びを構える。

途端、錆色の閃光ビームがさらに現れる。

もちろん先ほどの閃光ビームもまだ消えていない。


田中は舌打ちする。まず三、タイミングをずらして四の閃光ビームが彼へと襲いかかってくる。


「……フィジカル・ブラスターなのかい? それ」

「え、あ、はい。『リリークィン』はフィジカル・ブラスター実験用の偽剣ソードレプリカです」


部屋の隅で6《ゼクス》が口を挟んできた。

彼はどういう訳か呆れたような顔を浮かべながら、


「……オモチャだな。

 大方実験騎という名目で好き勝手詰め込んだんだろうが」


そう漏らしたのち、跳躍ステップで必死に回避していく田中を見ながら、


「8《アハト》君! 研修チュートリアルの続きだ」


そう声を張った。

田中は何かを言い返そうと思うが、その前に閃光ビームが来て阻んだ。


「フィジカル・ブラスターとは偽剣ソードレプリカの切り札に当たる特大花火だ。

 幻想リソースを物質へと層転移させる際の莫大なエネルギーを放出する、ヤバげな奴だな!」


ははは、と今度は楽しそうに6《ゼクス》は笑う。

それは田中も知っている単語だった。弥生が描いた小説における、いわば“必殺技”である。


「フィジカル・ブラスターはその巨大な火力ゆえに基本的に街中やら極秘任務中とは使えない。

 劣化品エピゴーネンだとそもそも使えない偽剣ソードレプリカも多々ある。

 だが常に敵が使ってくることは想定しておいた方が良い。とびっきりの切り札としてな」


そう言ったあと、6《ゼクス》は一度言葉を切り、


「ところでその閃光ビームは、切り札と呼ぶのに足る威力を持っていると思うかい?」


その言葉を受け田中は何かを直感した。

その直感に従うように、跳躍ステップ

まっすぐに向かってきた錆色の閃光ビームを『エリス』で弾き飛ばした。


そして斬り漏らした閃光ビームが遅れて彼へ着弾する。

炎であぶられたかのような熱が肩と膝に走った。

焦げ付く感覚に痛みを覚えるが、ただそれくらいだ。

物質言語による魔術を弾くMTメタテクスト加工のカソックによって、その威力は殺され、貫通もしなかった。


「うわっ、しょっぱい。というか弾速もどうなんでしょう、これ。

 自動生成とか組み込むからやたら重いし……基本撃ちきりのフィジカル・ブラスターを連射なんてしようとするから……」


4《フィア》は不満げに漏らしながら、なおも閃光ビームを撃ち放っていく。

次から次へと放たれる田中はタイミングを合わせて切り裂いていく。

なるほど──確かにこれはオモチャだ。

最初こそその妙な軌道に目を見張ったが、慣れてくるとなんら脅威でもない。


そうしてしばらくすると、田中が半ば作業的に閃光ビームをさばくようになっていた。

それを見た4《フィア》はぽつりと、


「ああ、やっぱり強いんですね、8《アハト》……君」


そう漏らした。








その時、田中を見ながら4《フィア》は妙な気分を味わっていた。


田中は彼女が放つ閃光ビームを黙々と裁いている。

回避し、弾いて、またどこかへと逃げ惑う。

だがこちらへはやってこない。当然だ。4《フィア》自身が「一方的にやられてくれ」と言ったのだ。

それゆえ、彼は反撃しようとはしてこない。


普段ならば、4《フィア》はこうした事態になってくると萎縮してしまう人間だった。

相手が他の部の人間だったり、先輩にあたる人間だったりすると、実験であっても何故か妙に不安になる。

なので相手が腹を立てていなくとも、とりあえず謝ってしまう。


……のだが、今この時、彼女は真逆の感情を抱いていた。


──あれ? 今、私ってもしかして……


逃げ惑う田中を前にして、4《フィア》は思う。


──この人に、何しても良いの? 私が先輩なんだし……


同時に、興奮に似た変な感情がその胸に沸いていた。

彼女が生まれてから13年間で、初めての感情でもあった。


ダダダ、と連射される錆色の閃光ビーム

作業のように裁いていくが、たまにタイミングをずらしたり、何も撃たない時間を作ったりすると、テンポが少しだけズレる。

その瞬間、彼の無表情が少しだけ崩れる。そして時たま斬り漏らし閃光ビームを受け、苦痛に顔をゆがめるときもある。

だが彼は文句は言わない。6《ゼクス》のように軽口も叩かない。

自分の言うことにただ従ってくれるのだ。


そのことを思うと、胸の中でムクムクと奇妙な感情が出てくるのだ。

そしてそれが決してバレてはいけないという想いもまた合わせて湧いてくる。


「た、耐久実験を継続」


だからそんなことをとりあえず口にする。

嘘である。正直なところ、適当にデータを取って終わらせてしまえばいい。

もともと魔術師エンジニアたちの雑な押し付けから始まった仕事なのだから、こちらも雑にこなしてもいいと、4《フィア》は思っていた。


「……ふむ?」


視界の隅で6《ゼクス》が首をかしげていた。

その意図は知れない。4《フィア》はこの男のことが実のところ苦手であった。

嫌いではない。しかし一緒にいると、必ず何かを告げてくる。

それは大抵、新入りの4《フィア》の至らぬところであり、内容も正しいことなのだ。

だから、苦手だ。


「え、ええと。8《アハト》君」


声を震わせながら(同時ににやけるのを必死に我慢しながら)、彼女は次なる“命令”を告げる。

田中がこちらを窺う。そのさなかにも閃光ビームが彼を襲う。


「今度は私が接近するね、接近しながらの射撃精度の……実験」


加えて一声。


「絶対に、反撃しないでね。わ、私に」


その声とともに、4《フィア》は跳躍ステップした。


田中の前へと彼女は降り立つ。

『リリークィン』の跳躍ステップ性能は劣悪で、そのため、田中は咄嗟にその偽剣ソードレプリカで反撃しようとするが見えた。


「……っ」


だがその直前で手を止めた。

その隙に、4《フィア》は至近距離から錆色の閃光ビームを叩き込んだ。

一発二発三発。閃光ビームが彼の身体へと着弾し、じっ、とカソックに煤がつく。


だが何も言わず、田中は跳躍ステップ。キッと顔を上げてこちらを見上げた。

それを見て、4《フィア》は心が震える想いだった。


──あ、しまった。笑っちゃってる。


頬に触って彼女は気づく。

こらえられなかった。そしてついに彼女は自覚した。

今、彼女は愉しんでいる。異端審問官となって以来、初めてと言ってもいいほどに彼女は仕事を愉しんでいた。


「も、もう一度やるね」


がちゃり、とのこぎり型の偽剣ソードレプリカを構えて、


「今度は、こ、この刀身を8《アハト》君の身体を薙ぐから、ゆ、ゆっくり薙ぐから」


──一方的にやらせてね、私に。


そう漏らし、4《フィア》は再び跳躍ステップした。

錆色の閃光ビームを放ちながら田中へと近づいていく。

流石の彼も斬られると聞いて眉をひそめていたが、しかし不満は言わなかった。

言えるはずもないだろう。なんたって彼は初任務すらやっていない新入りのはず。

しばらくは唯々諾々と従うものだろう。


そう思うと、鳥肌が立つ想いだった。

息荒く彼に近づく。跳躍ステップ跳躍ステップ跳躍ステップ

少しフェイントを入れると、一瞬彼が身体を硬くするのがわかり、そこに一抹の緊張を感じ取った4《フィア》は──ゾクゾクとしていた。


「い、いくよ」


そう告げて、しかし一拍遅らせる。

タイミングをずらしながら田中の後方へと接近。

ダボついたコートがゆらめき、彼の視界を邪魔するだろう。

その隙に4《フィア》はその刃を彼の肌へと突き立てようとして──


「あ」


田中は声を漏らした。


それは痛みを上げる声ではなかった。

寧ろうっかりミスをしてしまった時のような、気の抜けた声だ。


「しまったな」


その意味を推し量る前に「きゃひ!」と4《フィア》は声を上げていた。


4《フィア》の下へ無数の閃光ビームが着弾していた。

その攻撃は無論、彼女自身が放ったものである。

田中を追尾するように放っていた閃光ビームだ。彼へと斬りかかれば、当然その軌道にぶつかることもある。


「思わず誘導してしまった。

 すまない、反撃をするつもりはなかったんだが」


田中の謝罪の言葉を聞きながら、4《フィア》は己の放った閃光ビームによって吹き飛ばされていた。

その声に皮肉や嘲笑の色はなかった。ただただ本当に、些細なミスを謝っている、という風であった。


なんて間抜けな──と彼女自身思いつつも、フードが外れ、彼女の素顔が露わになる。

瞳と同じ若草色の前髪が邪魔っ気な、まだまだ幼さを残したその顔は、情けなさでほんの少し涙ぐんでいた。


「よかったじゃないか、4《フィア》。新型のMTメタテクストコートの実験もできて」


部屋の隅で6《ゼクス》が言った。

こちらはひどく呆れたような声だった。



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