38_世界観説明(実践編)
「一に暴力、二に暴力。私が教えられるのはそれぐらいだ」
その言葉とともに、顔に傷を負った美男子は姿を消した。
ダ、と音がする。もはや聞きなれた音。田中は目を見開き、手首に巻いた鞘より『エリス』を引き抜いた。
「この『イヴィーネイル2』をもった私ぐらい倒してみなさい」
瞬間、目の前に跳躍してきた6《ゼクス》が現れていた。
『エリス』と『イヴィーネイル2』が交錯する。共に鋭利な片刃の偽剣である。
「いきなり何を」
「言っただろう? 研修だ」
そう言い放つと同時に6《ゼクス》は跳躍。
田中もまた『エリス』とともに白い空間を跳び回る。
「君はそう、“転生”をしたと聞いた。
先代のあの殺人狂から、巻き込まれるような形でね」
互いに跳躍を繰り返しながら、ゼクスは語りかけてくる。
「だいたいの事情は聴いた。まぁそれで色々と記憶の欠損があるそうじゃないか」
「…………」
それは半分本当であり、半分嘘であった。
この塔に至るまでの道中、カーバンクルは田中にこう言った。
日本とか、東京とか、ましてや現実なんてことを他人に言うな、と。
現実──物質層と呼ばれる場所から来たなどといったところで余計な混乱を生むだけだ。
それゆえ、あくまで8《アハト》の“転生”に巻き込まれた一般人、という体を取る。
この世界への理解の薄さは、記憶の欠損という形で誤魔化す。
それだけ御前立てがあれば、弥生の小説の知識も手伝い、異端審問官への順応もできるだろう。
そういう見立てだった。
「なのでとりあえず戦闘のいろはから説明してあげよう、新人君」
「馬鹿にするんじゃない」
「うん? そうかい」
田中がぼそりと呟いた言葉に対し、6《ゼクス》は意味ありげに笑ってみせた。
その様に田中は苛立ちを覚えた。実戦経験──人殺しなど、ここに来るまでに何度もやった。
そんな苛烈な想いを胸に真っ白な世界を跳び、一気に6《ゼクス》に仕掛けた。
「はしゃぎ過ぎだ」
しかし、田中が放った『エリス』の一撃は悠然と躱されていた。
舌打ちし、連撃を加えるべくさらなる跳躍をしようとしたが、
「跳躍の時に“浮く”のはご法度だ」
次の跳躍に移るまでのわずかな隙間を狙われ、田中は6《ゼクス》の『イヴィーネイル2』の一撃を直に受けることとなった。
腹部を裂かれる激烈な痛み、一巡する視界。
「跳躍の際は安定した足場がどうしても必要になる。
集中しないと、“浮いて”無様を晒すことなる」
田中は勢いのまま吹き飛ばされ、そのまま倒れることとなった。
「安心したまえ、刻まれた言語によって、ここでは傷つきもするし痛みもあるが、絶対に死なない。
この部屋は訓練室であり、拷問室なんだよ、8《アハト》」
倒れ伏した田中を見下ろし6《ゼクス》は語り掛ける。
その優し気にさえ聞こえる口調を受け、田中は舌打ちをしつつ立ち上がる。
「そのガッツは悪くないが、普通なら今ので死んでいる」
「死ねるなら」
それで本望だ、と言いかけて田中は口をつぐんだ。
少なくも今の自分は「殺してくれ」などというつもりはなかった。
「さて……次は偽剣の話でもしようか」
田中の一瞬の躊躇を敢えて無視したのか、6《ゼクス》は変わらない口調で言葉を続ける。
しかし田中はそれを無視して跳躍。苛立ちと敵意をぶつけるべく、背後から6《ゼクス》を強襲した。
「偽剣というのは読んで字のごとく、偽物だ」
だが6《ゼクス》はその動きを察知したのか、タイミングをずらして跳躍。
『エリス』による剣戟は空振りに終わることとなる。
「世界がまだ想念層に近かったころ、世界には神話の奇蹟を刻まれた剣があった。
それが神剣であり、今からさかのぼること数百年前までは普通に存在していた……らしい」
そして交わした6《ゼクス》は滔々と解説を続けている。
その語り口にかつて弥生が語っていた“設定”を思い出し、もう一度田中は舌打ちをした。
「らしい、というのは時代が下るにつれ、神剣を鋳造する技術は喪われたからだ。
結果として既存の剣をコピーし、大量生産することを狙ったのが偽剣ということになるな」
かつてやり取りした弥生の言葉が脳裏を過る。
“それでね、偽剣には二種類あるの。
模倣品と劣化品”
いやな思い出し方だ。
田中は幻影を振り払うように『エリス』を握りしめ、白い世界を駆け抜けた。
「……つまり神剣を再現することをハナから諦めて大量生産された劣化品か。
可能な限り神剣に近づけることを主眼として造られた模倣品か」
そうして跳躍を続けていく末に田中は、同じように跳び続ける6《ゼクス》の姿を補足。
見つけた。
かっと目を見開き、田中は一気に距離を詰め『エリス』を振るった。
「今度は“浮いて”いない。いいぞ、できている」
「ああ、思い出してきたよ、色々と」
当然のように反応した6《ゼクス》は『イヴィーネイル2』で『エリス』を受け止めていた。
どちらの獲物も共に薄い刃。剣身を走る言語により、斥力を発生しているのが見える。
ギリギリと互いの刃を押し合いながら、6《ゼクス》は語り掛けてくる。
「さて、この世界の絶対法則を教えよう。
まず技量が拮抗している場合、勝敗はまず剣の出来で決まる」
ふふっ、と金髪の美男子は微笑みを浮かべた。
同時にその目に走った生々しい傷がゆがむ。
「剣の出来とは要するに、いかに神剣に近いかということになる。
だから模倣品と劣化品が戦ったら、力量差など無視して確実に模倣品が勝つ。
──ないとは思うが、仮に神剣と戦うようなことがあれば、そもそも偽剣では敵わないのだよ」
刃を押し合いながらの会話をじれったく思った田中は再び跳躍。
背中から『エリス』で6《ゼクス》を串刺しにすることを狙っていた。
「そしてこの『イヴィーネイル2』だが、一応実験騎でね。
君……8《アハト》が持って帰ったデータを基に調整した、という名目だが、使ってみた限り魔術師共の悪ノリだな、これは」
だがやはり6《ゼクス》を捉えることはできない。
彼は跳躍すら使わらず、ほんの少し身体を捻ることで『エリス』を避けてみせた。
「色々弄ったようだが、要らないんだよ、そういうのはね。
神剣から離れてしまっては、模倣品としては質が下がったに等しい」
はっ、とする顔を浮かべる田中に対し6《ゼクス》の言葉は続く。
田中はすぐさま跳躍し、距離を取ろうとした。
「そして君の偽剣だが、見たところ非常に精巧な模倣品だろう。
羨ましいよ、この『イヴィーネイル2』よりよほど取り回しが良さそうだ」
決定的な隙を晒したはずだが、6《ゼクス》は何もしてはこなかった。。
田中は彼をにらみつけながら尋ねる。「何が言いたい?」
「それで私を倒せないようでは、先代8《アハト》には届かないということだ]
……なんたって彼は、私よりもずっと強かったからね」
一度も勝てた試しはなかった、と彼は微笑んで、
「だから──君はもっと強くなれるよ。それを教えたかった」
……その言葉に、田中は苛立ち以上に、悔しさに似た想いを抱いていた。
同時にまた10《ツェーン》の顔もまた何故か思い出していた。
◇
相対する田中と6《ゼクス》。
研修と称して行われたこの戦いはなおも続いていたが、そこに闖入者が表れた。
小柄な背格好の少女であった。
彼女はその白い部屋に跳躍してやってきていた。
その手には彼女の背丈など優に超える巨大な剣が握られていた。
外観だけ見るならば、剣というよるも、鋸に近いかもしれない。
ギザギザと波打つような歪な刀身は、見る者を威圧する、凶悪さを宿した外観だった。
彼女の名は4《フィア》。
異端審問官“十一席”の最年少の少女であった。
その担当するところは、拷問、である。
「………」
彼女はその剣とともに部屋に降り立ち、戦い続ける田中と6《ゼクス》を無言で見つめていた。
「ど、どうすればいいんですか?」
……そして困ったような声を漏らした。




