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虚構転生//  作者: ゼップ
雨、邪悪なる理想の聖女
33/243

33_聖女と決別を


「さて、そろそろこの“雨の街”の物語も閉じましょうか」


愕然とした様子の田中とアマネを、愉しそうに眺めながら、彼女は、ゆらり、とその手を上げた。

ぼんやりとした光が、彼女の周りに渦巻いていく。


「私はただね、この虚構フィクションで愉しみたいの。

 だから面白おかしく踊ってね、登場人物キャラクターの皆様」


そして次の瞬間、炸裂した光がアマネへと襲い掛かった。

田中は声を上げ跳躍ステップ、ユウカへと斬りかかるが、しかし既に彼女の姿はなかった。


『じゃあね、またどこかで会いましょう、田中君』


反響する声だけを残して、彼女は消えてしまっていた。

その事実に忸怩たる想いを感じつつも、田中はアマネに駆け寄ろうとした。


「あ、ダメ。田中君……!」


しかしそれを、アマネは拒絶した。碧の斥力を発生させて、田中を弾き飛ばす。

彼女は苦悶に満ちた顔を浮かべながら、その頭を押さえている。


「ああ、来る。また、またあの雨の音が……頭の中に響いて」


ざざざ──

雨の音が近づいていた。


ユウカの放った光により、アマネの頭上の屋根が破壊されてた。

結果としてそこに雨が溢れ出て、吸い寄せられるようにアマネの身体に大粒の雫が降り注いだ。


「アマネさんっ!」

「私はきっともう、傷に耐えらない身体になってしまっています。

 この雨に漬かり過ぎたから、私はもう聖女以外にはなれない……の」


彼女は身を震わせながら、それでも必死に声を絞っていた。


「だって憎いの。私を取り囲んで、私のことを置いていく人たちが。

 あのおべっかを使う人たちが! あの恥知らずたちがっ!

 私が──救わないといけなかったあの人たちのことが、本当は全部、大っ嫌いだったんです」


アマネが纏う碧色の光が強まっていく。

一時浮上した彼女の意識を、再び取り込まんとするかのごとく、狂乱の雨とともに彼女を侵していた。


「だからもう、救うことも、憎むことも、ここで終わりにしたいんです。

 聖女から──この身体の奥からずっと響く、私でない誰かの声から──」


その言葉を最後に彼女は大きな碧の光を解き放った。

その波及は破壊の嵐となって灰色の街を砕いていった。

石造りの回廊は砕け散り、冷たい雨の感触が再びやってきた。


「ロイ君!」

「少年!」


とっさに跳躍ステップして破壊をしのいだ田中に、二つの声がかかる。

キョウとカーバンクルは一時休戦となったのか、共に並んで瓦礫の山を跳び越えこちらにやってきた。


「大丈夫でしたか? なんだかとてつもない音がしましたが」

「……俺は大丈夫だ。でも奴、タイボは逃がしてしまった。そのうえで」


田中は頭上を見上げた。

吹き荒れる嵐を支配するかのように、彼女は雨とともに空の中心に鎮座していた。


「…………」


こちらを見下ろす碧色の瞳に、一切の感情は籠ってはいなかった。

ただ“理想”の聖女として、世界を救うシステムとして、彼女はただそこに在る。

先ほど見せた感情の波は、すでに沈んでしまっていた。


「聖女サマは健在という訳ね」

「どころか、力が強まっているようにも見えるが」


カーバンクルとリューがそれぞれ分析を告げる。

確かにその通りだった。そのうえでアマネはこうも続けた。


「あなた方は、この街にとって危険です。

 “理想”を拒絶するだけでなく……私の傷を晒そうとするなど」


淡々と述べ、ゆっくりと語る彼女には、静かな敵意があった。

……そしてそれは決して憎悪ではないのだ。

個人的な感情ではない、超然としたシステムとして、こちらを排除しようとしている。


恐らくはそれこそが──かつてアマネが欲した“理想”だったのだろう。


聖女でありながら人間を憎んでしまった彼女が、苦しみの末に到達した正しさ。


「……さて、ロイ君。一応聞くが、君はあの聖女をどうするんだい?」


カーバンクルは偽剣ソードレプリカを握りしめながら言った。

剣の仮面は取っていた。素顔で、赤い瞳で田中を見据えている。


「結局、君は聖女を殺すのかしら?」

「ロイ君! ダメです!」


その言葉を阻んだのはキョウだった。


「ロイ君は、本当は優しい人なんです。

 人が傷つければ、自分が傷つく。そんな人なんです!

 だから探しましょう。誰も死ななくて済む、そんな道を!」


カーバンクルとキョウ。

二人の言葉の狭間に田中はいた。


自分は結局何をしたいと考えているのか。

どうありたいと願っている。この世界を、この物語をどうしたいというのだ。


「俺は──」


田中はようやく答えを出すことができた。



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