22_殺してもいい
「今度は負けないよ、殺人狂い。父上のためにも、私は雪辱を晴らす」
振り付ける雨の中で、田中は奇妙な心地に浸っていた。
祈祷場にはぞろぞろと敵が集まっていた。
あの城で見た、全身をすっぽりと覆う戦闘服に身を包んだ輩共だ。
ガチャガチャとゴーグルが動く音がわずらわしい。
彼らの足元は子供たちの血で汚れていて、雨水と混ざり合い奇妙な色合いを見せている。
「×××××」
その中で死んだ子供を踏みつけて、敵の一人がこちらを挑発している。
先の言葉と違い、それが何を言っているのかはわからない。
おそらく物質言語ではなく、この世界独自の言語なのだろう。
とはいえ意味など知る必要はなかった。その剣が見せる敵意は明らかだった。
どうもこの敵、この声、聞き覚えがある気がする。
恐らくあの城で取り逃がした奴だ。フュリアとか呼ばれていた、殺し損ねた敵。
それが何を思ったが、また姿を現し、こうして自分たちを襲ってきた。
ああ、やはり奇妙だ。
田中はそう思い、口端を吊り上げた。
嗤っていた。
その身を震わせながら『イヴィーネイル』を構える。
目の前には敵がいて、しかも彼らは街の子供たちを殺している。
その光景を見て、田中は怒り狂っても良いし――その末に彼らを手にかけてもいい。
これ以上ないほどの殺人の大義名分であり、衝動に屈する言い訳としては極上のものなのだ。
ああ、もう抑える必要はないのだ。
ここで彼らを殺してしまったとしても、8《アハト》でないロイ田中としても普通のことなのだ。
ひどく冷静に回る意識の中で、田中はそう確信していた。
それ故に、降り注ぐ雨を弾き飛ばして彼は跳んだ。
「来たかっ、刃」
跳躍の果てに、その敵、フュリアは田中の剣身を受け止めていた。
剣と剣が押し合い、火花が散る。その次の瞬間には再び跳躍し、別の交錯が続く。
そのさなか、フュリアを追う田中に向かって他の敵も襲い掛かってくる。
左・右・後ろ。僅かにタイミングをずらして敵がやってくる。
しかして――もう我慢する必要はない。
田中は無言で歪んだ刃を振りはらい、瞬く間に三つの死体を創り上げた。
「まだまだ……いるな」
赤く染まった視界の中、田中は顔を上げた。
土砂降りの雨の中、祈祷場に流れるおびたただしい血が流れていった。
田中は転がった子供の死体を踏みつけ、再び敵にめがけて跳躍する。
◇
祈祷場での地獄のような光景を上方から眺めている者がいた。
顎に無精ひげを生やした恰幅の良い体系をした男だ。
彼は戦闘服もコートも切ることなく、傘で延々と降る雨をしのいでいた。
彼は名をゲオルクD33と言ったが、大抵その名では呼ばれない。
父上と呼ばれることがほとんどであった。
のんびりと下部で起こる戦闘を眺めるゲオルクだが、仮に田中が頭上を見上げたとしても彼を見つけることはできないだろう。
腰に挿した湾曲剣型の偽剣『ミディー2』が、辺りの敵意から彼を守るのである。
「やってるなぁ」
そうぼやく彼の口調はどこか緊張がなく、気だるげでさえあった。
「意外と生き残るなフュリア。囮に徹していったのに反撃まで加えてるし。
たまによくわからないやる気がを出す奴だ」
ゲオルクは作戦を伝えたとき、率先してその役目を名乗り出た彼女のことを思い出していた。
偽剣使いとしての腕も悪くないし、“養子”から“実子”に格上げするのも悪くない。そう彼は考えていた。
……ゲオルクが率いる“D33ファミリア”は、組織としては非常にシンプルな構造をしている。
ゲオルクが“父”として上に立ち、そこから“子”へと完全なるトップダウンとして命令が下部に伝わる。
“子”はその内部である程度格差こそあれ、“父”であるゲオルクの命令を守ることだけを考え、行動する。
自分で何かを行う・考えるということはなく、その構造上、ゲオルク個人の意思を反映するためだけの組織なのだった。
だからこそ今、祈祷場で戦っている“子”は死を恐れてはいない。
“父”に縋ることでしか生きる道がないと知っているからだ。
“D33ファミリア”はそうした単純構造の機動力をウリとした商人ギルドだった。
“冬”の地域を根城に各地で活動をしている彼らは、言ってしまえば受注型の盗賊である。
ゲオルク個人に依頼――大抵は略奪か傭兵の真似事だが――が来ると、彼は“子”を戦力として貸し出すのである。
そうした戦力の貸与とはもう一つの本業として“子”の売買も行っており、そうした意味でもゲオルクは商人を名乗っていた。
そうして今ゲオルクが追っている任務こそ「聖女の生け捕り」というものだった。
“冬”の大地において出現した奇蹟を行使する少女たちを、殺さずに捕まえろと依頼人は言ったのだ。
「バカ高い前金もらえたし乗ったが、こりゃ赤字かもな」
下で次々と殺されていく“子”たちを見下ろしながらゲオルクは述べた。
曲がりなりにも彼の身内にともいえる者たちが傷ついているのにも関わらず、彼の口調はどこか他人事のようであった。
元より手がかかりそうな案件であったが、加えてああも厄介な存在が“たまたま”通りかかるとなれば、真面目に準備してきたこちらがバカみたいな気になってくる。
それ故にどこか気だるげな気分になってしまうゲオルクだったが、しかし要は成功させすればいいのだと、自分に言い聞かせた。
「なるほどねえ。結構準備してたのね、貴方たち」
と、その時だった。
背中にかけられた声に、ゲオルクは傘を放り投げ、腰に挿した偽剣を抜いた。
だがその先に待っていた女は、それを予期したようにゲオルクの鼻先に漆黒の刀身を向けていた。
ぐっ、と声が出そうになるが、それを制するように、その赤い瞳の女は言った。
「待ちなさい、私は別に君を止めにきた訳じゃない。
そうだな……今の私はちょいと探偵ごっこのさなかでね」
女は揚々と語りながら、剣を持っていない方の手で仮面をこれ見よがしに見せた。
そこには剣の紋章が記されている。
「“教会”の異端審問官」
彼女の存在はあの廃城で確認していたし、警戒もしていた。
「聖女の生け捕り」を行うにあたって、聖女を狩ることをお題目に掲げる彼らが障害になることは目に見えていたからだ。
「正確には“十一席”の1《アイン》よ」
「へっ、虐殺大好きの“教会”様がなんの用だ」
「だから落ち着いてって、私には敵意がないの。そういきり立つなよ。寿命が縮むよ、おじさん」
女、カーバンクルは奇妙な言葉使いでゲオルクに語りかけた。
「ここ数日の、街での殺人騒ぎ、貴方たちがやっていた訳ね」
「……隠すことでもねえか。まぁそうだ。警備の目がそっちに向けばいいぐらいに思っていたが」
「その効果はなかったわね」
「ああ、なんたってそもそもこの街には、街を守るような戦力なんてものはねえんだからな」
ゲオルクは吐き捨てるように言った。
脳裏には、あまり思い出したくもない記憶がよみがえっていた。
「俺たちみたいな輩でも、なんのチェックもなしに街に入れた。こりゃどういうことかと最初は思ったさ。
これじゃこんな分厚い壁があっても意味がねえだろって」
「私たちもよ。身元不明の人間が三人と一羽。すっと入れてしまった。
最初は聖女を中心に、よほど強力な戦力でも飼っているかと思ったけど……どうにも違うのね」
カーバンクルはそこで意味深な笑みを見せた。
「だって、この街では人が死なないものね」




