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虚構転生//  作者: ゼップ
聖女エリスとさかしまの城
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02_聖女エリスとさかしまの城


参番月■■日

お城から見える景色は、いつも通りで──といっても私はほとんど覚えていないが──街のみんなは元気そうだった。


ただ大工の息子のケインは顔にあざを作って泣いていた。

悪戯が好きな子だ。バレて親に大目玉でもくらったのかもしれない。


隣に住むアキはそんなケインを心配そうにみている。

この子は逆に優しすぎる子で、ケインに巻き込まれて貧乏くじを引いてしまう。


そんなアキを心配しているのはクシェ僧の娘であるリク。

同郷出身ということで彼らは仲が良い。でもリクとケインはそうでもない。

だからちょっと揉めごとになる。


目を醒ました私はいつもそんな風景を見ている。

私には寝たという感覚はない。

睡眠も、食事も、他の人が絶対に必要だと言い張ることは、どうにも私には必要がないことのようだった。


だから正確には、目を醒ましたという感覚すらない。

いつのまにか私はこの城に立っていて、いつのまにか今の私は消えている。

その繰り返しが私、聖女エリスの生き方である──らしかった。


らしかった、という言い回しになってしまうのは仕方がない。

私は私のことについて何一つ断言することができないからだ。


私の想いには、いつだって連続性がなくて唐突で、チグハグだ。

だからこの本を読んで己の役割を確かめる。

私は聖女であり、聖女は人々のために祈りを捧げるものである。

それを忘れないでいられるのも、この本が手元にあるおかげだ。


人の人生を一本筋の通った物語だと例えるのならば、

きっとこの本こそが私の人生であり、聖女エリスの本体であるともいえるかもしれない。


──と、いつになく感傷的な内容になってしまったな、と書いた文章を見ながら私は思う。


たまにこういう私がやってくる。

調べると31ページと156ページ前にもほぼほぼ同じ記述があった。

この本はそういう無意味な繰り返しが多い。我が日記ながら、少し恥ずかしくなる。



(聖女エリスとさかしまの城)





「聖女エリスですっ! よろしく」


そう言って少女は、くるり、とその場で舞う。

肩の露出した純白の衣装を身にまとった彼女は、快活な笑みをこちらに向けた。

その様にあっけに取られながら、田中は口を開いた。


「弥生さん」


碧色の瞳をじっと見据えて、彼はその名を呼んだ。


「へ? ヤヨイサン?」


しかし当の相手は田中の反応に全くピンと来ていないようで、そんな声を漏らした。


「それって私のこと?」

「ええと、その……」


少女は困惑する様子を見せたが、

田中もそれ以上に途方に暮れている自信があった。


どこはどこなのか。そもそも何故移動しているのか。寝ている間に拉致でもされたのか。

何故弥生がこんな露出度の高い服を楽しそうに着ているのか。

浮かんでは消えていく疑問に頭がぐらつきそうな気分だった。


だが何よりも──彼女にまた会えたという、強烈な安心感が田中の胸に到来し、思わず顔がほころんだ。


「はっ! もしかして……」


と、そこで少女は何かに気付いたような声を漏らし、

首に下げられた分厚い手帳をパラパラとめくっていく。


「──書いてないだけで私って実はヤヨイサンって名前だったの?」


……彼女は心の底から驚いたように叫びを上げた。


田中が知る限り弥生はそんな声を上げない。

そう言おうとした、そのとき、ガラン、とどこかからか乾いた音がした。


広場の隅より、その女は現れた。


「…………」


灰色のカソックを身に着け、剣の紋章の記された仮面をかぶった長い髪の女である。

奇妙ないでたちだったが、それ以上に目を引くのは、その手に持った抜き身の剣。

そのドス黒い刀身の剣は、装いこそ奇妙であったが、模造刀などにみられるチープな趣はない。


そんな剣が、まっすぐにエリスたちに向けられた。


「やばっ! 私逃げてるんだった」


弥生に似た少女はそう声を上げた。

その口調も彼の知る弥生とは全く異なるものであり、田中を戸惑わせた。

だがその困惑を吹き飛ばすように刃がやってきた。


「…………」


仮面の女が、トン、と地面を蹴ったかと思うと次の瞬間には、少女と田中の目の前までやってきていた。

優に十メートルはあったはずの間を一息で跳躍ステップしてきた。

そしてその手には鈍くきらめく真っ黒な刀身。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 殺されるうううううううううううううううううう」


隣で耳が痛くなる叫びが上がった。

田中は思わず耳をふさぐ。だがそんなことをしてる間にも、仮面の女は迫ってくる。

剣が少女へと向かって放たれ、そして、


「──ッ!」


仮面の女の舌打ちが聞こえた気がした。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


少女は恐怖の叫びをあげたまま──その剣を弾いていた。

少なくともロイにはそうとしか見えなかった。

少女に向かって放たれた刃は、その身に触れる前に謎の斥力によって弾かれ、女は吹き飛ばされている。


「──ええと、私は」


と、そんなことをやってのけた少女の方はというと、

今しがたの狂乱はいずこやら、ピタリと叫ぶのを止め、困惑したようにあたりを見た。

碧色の瞳が揺れる。何をどうすればいいのかわからない、とでもいうような瞳である。


「…………」


跳ね飛ばされた仮面の女は、ゆっくりとした動作で剣を拾い上げ無言のまま態勢を整えていた。

その姿を見た田中は、はっ、として動いていた。


「いくぞ、弥生さん」

「ヤヨイサン?」


またこのやり取りか、と思いつつ、田中は弥生によく似た少女の手を引いて走った。

意味がわからない。だがどう見てもこの少女は弥生であった。

そしてどうやら彼女は襲われているらしかった。


ならば迷うことはない。

現実で見失った彼女を、ようやく見つけることができた。

絶対にこの手を放すものかと、田中は強く思っていた。


そして田中はとにもかくにも逃げることを選んだ。

石畳を蹴り飛ばし、城の内部へ向かって走っていく。


「…………」


ちら、と背中を振り返ると、仮面の女がこちらを見ていた。

当然襲い掛かってきたあの女は、しかし逃げ出した田中たちを追ってくることはなかった。

ただ田中たちをじっと見据えていた。抜き身の剣を持ったまま。









「よくわからないけど、助けてくれてありがとう!」


城の中に入った田中は、ぜえぜえと荒い息を吐いていた。

全力疾走したところで目は醒めない。酸素の足りていない頭でそんなことを考えた。


仮面の女は追ってはこなかった。しかし何時どこでやってくるかもわからない。

せめて見つからないよう、見つけた小さな部屋に閉じこもっている。

走って胸を押さえている田中と対照的に、少女は元気そうに胸を張って、


「私は聖女エリスっ、よろしくね」

「それはさっき聞いた」


そう返すと少女は「ええっ」と大きく驚いて見せた。

いちいち行動がオーバーだ。そう思いながら、田中は念のために尋ねてみた。


「……弥生さん?」


そう告げると、エリスと名乗る少女は困ったように首をかしげて見せた。


「ヤヨイサン?」


首をかしげたままオウム返しにされ、田中は少し気まずい思いで、


「あ、いや、良い。たぶん気のせいだ。そこは一旦置いておく」

「ううん? そう?

 とりあえず私はエリス。聖女のエリス」


田中は汗をぬぐう。走ったことで身体は火照っている一方、額をしたたる汗はひどく冷たく感じられた。

その間、エリスはまた首にかけられた手帳を読んでいた。


「私は聖女エリスで、ここは空に浮かぶ私のお城。そしてあの異端審問官から逃げている……あっ、あなたのこと書いてない」


ぶつぶつと呟いたのち、彼女は顔を上げた。


「えと、ね……ごめんなさい。君の名前って」

「いや、まだ名乗ってないよ。ロイ、ロイ田中。本名だ」


そう言い放つと、田中はエリスと向かい合った。

あれだけ走ったあとだというのに、彼女は汗一つかいていない。

病弱な弥生ではありえないことだった。田中は思わず頬をつねった。


「ロイ、ロイくんに助けられた、と」


そんな田中の奇行を余所に、エリスは手帳に懐から出したペンで熱心に書き込んでいる。

紐でくくられたその手帳は長年使いこまれているのか、装丁は少し汚れてしまっている。


「それでごめん。色々教えてくれ、弥生さん……じゃなかった、エリスさん」

「うん、何っ?」


メモを取り終えたエリスは手帳を閉じ、快活に笑って見せた。

ニッと歯を見せながら笑うその様は、弥生がしそうで絶対にしない顔だ。

そう思いながら、田中は尋ねる。


「ここはどこだ。今は何時だ。どうやってここに来た。何故拉致られた? そしてさっき襲ってきたのは誰だ。

 それで──どこに行ってたんだよ、今まで!」

「あ、ちょっと待って」


口を開けばいくらでも疑問が出てくる。

そんな田中をエリスは制し、ポン、と手と手を合わせた。


「──パンでいいかな? とりあえず食べながら話そう。

 あなた、人間ラングだからこういうの食べるよね?」


すると手のひらには細長いパンが乗っていた。

とてもではないが手のひらに隠しておけるような大きさではない。

「あとこれも」と加えるように言うと、彼女のもう片方の手にはいつのまにか水の入った瓶が握られていた。


「なるほど、だから聖女」


田中は妙なところで納得しながら、パンと瓶を受け取った。

胸中の“驚く”という感情の動きはもう使い果たしていたので、目の前の事態にも平静を保てたのだ。


「ここはどこだ?」

「“冬”の国端っこにある私のお城! 空に浮かぶさかしまのお城」


田中はパンをかじる。


「今は何時?」

「ええとってね……人間時代アーディエイジ1187年」

「俺はどうやってここに?」

「さっき中庭に突然出てきたよ。私も意味わかんない」

「何故拉致られたんだ」

「うーん、今は物騒だからね……」


歯切れの悪い答え。エリスは困ったように頬をかいた。


「じゃあさっきの仮面の女は?」

「異端審問官」


今度は即座に答えが返ってきた。


「とりあえず私、アイツらを皆殺しにしないといけないみたい」


エリスは晴れやかな口調でそう言ってのけた。

その手にはひもでくくられた手帳がある。



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