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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
100/243

100_5~焼け落ちた過去~


妹のアルノは育つにつれ、飛ぶことがどんどん上手くなっていきました。

幻想リソースの流れを見極め、翼を広げ急上昇。

はばたきに乱れはなく、高所への恐怖もなく、樹の大人たちも驚くほど、アルノは堂々と飛んだのでした。


一方で、姉のノーマの方には、一向に翼は生えませんでした。

成長が遅いとか、何かの病気とか、そういうものではありません。


身体の造りからして、まったく違うのでした。


翼人ではなく、純粋な人間ラングとでもいうべき身体つきをしていました。

ノーマも翼がないことを除けば健康そのもので、性格も明るい良い子、とされていました。

そう、

彼女は良い子です。

だから父親も母親も、それ以外の樹の家族たちも、ノーマのことを同情するわけでもなく、かといって排斥するわけでもなく、ありのままに受け入れようとしたのです。


「でも、これは今思うと、おかしなこと……でした。

 だって人間、そんなによくできませんから。

 自分と違う人間を、簡単に受け入れられた時点で、奇妙に思うべきだったのかもしれません」


5《シュンフ》の語り口に、トリエも、そして隣に座る7《ジーベン》も口を挟めなかった。


「そしてノーマがまた人とは違ったところは、生まれながらに物質言語、かつて神話に語られる東京の言葉を操ったことです。

 それ以外の言葉は、うまく喋れなかったのに、そんな難しい言葉だけはよく知っていたのです……」


そしてある時、外から来た商人が、言いました。


姉のノーマは聖女様である、と。


そう口にした5《シュンフ》の口調は、いつもトリエに物語をそらんじたときと何ら変わらない、穏やかで聞きとりやすい声色だった。

だから、というべきだろう、トリエは彼女が何を言おうとしているのか、理解できなかった。


「……聖女と呼ばれる存在が、どういうものであるのか、今更語る必要はないでしょう。」


ノーマが聖女であると告げられたとき、妹のアルノを初めとする、彼女の家族に到来した感情は、納得、でした。

家族誰にも似ていない理由はそこにあったのかと。

そんなことをまず思ったのです。


でも当のノーマはぼんやりとした顔をして、今一つ理解していない様子でした。

だって彼女には特別な奇蹟も、力も、何もなかったのですから。


ただノーマが成長していくにつれ、大神樹に住まう翼人のたちの間で、彼女が聖女であるという意識が強まっていきました。

理由はどうにもわかりません。

ただみな納得が確信に、確信が事実に、それぞれの認識を変えていったのです。

そうして姉のノーマは聖女になりました。

翼のない彼女は、翼のある人々たちに奉られるほどの存在になったのでした。


「それから、争いが始まりました」


きっかけは、よくわかりません。

口火を切った人が、ノーマのために行動を起こしたことは確かです。


ノーマを守るために、神樹の中核へと彼女を誘おうとした人。

ノーマを愛するがゆえに、同じ暮らしをしたいと反論した人。

ノーマの幸せのために、外の世界を見せてあげるべきと述べた人。


大神樹は、ノーマのために口論を始めました。

そしてその争いは、商人や旅人たちを通じ、外にも波及します。

徐々に口論は血を伴った争いへと、繋がっていったのです。


「そんな折、妹のアルノが捕まりました」


5《シュンフ》の声に、わずかに震えが混じった。


「妹のアルノは、まだ幼気いたいけな少女でした。

 だから本当の意味で理解していなかったのです。

 姉が聖女であることの意味を。

 なぜ父と母が、姉のためにみな争っているのか。

 なぜ姉に、物語を読んであげられなくなったのか。

 大神樹の外から来た人が、どうして自分を捕まえたのか。

 ──わからなかったの」


諳んじる声は、なおも続く。


「なんで全然顔が違うのに、妹の方をさらったのか。

 なぜ“教会”じゃない反聖女勢力まで、あんな辺境にいたのか。

 聖女との双子がそんなに珍しかった?

 珍しかったのはわかるけど、でも、妹の方はただ翼があるだけの、普通の人だったのに。

 なぜ捕まえたの? 解剖なんてしたら、死んじゃうのに。

 ギリギリのところで生かそうとか、いや綺麗にして人質にしようとか。

 聞こえはしたけどわからなかった。

 なんで“とりあえず”なんて言って、あたしの翼を焼いたのかも!」


「5《シュンフ》」と隣で7《ジーベン》の声がする。


「あたしには、わからなかったの!」


しかしそれを無視して、5《シュンフ》は上ずった声で叫ぶように言った。


「何もかも焼かれた。ふふ、翼人の翼ってね、想念寄りだから燃やすのも苦労するんだ。

 だからまずは火を勢いよくつけて幻想リソースを振り払ったあと、肉の方を抉って、また炙るんだ」

「5《シュンフ》!」

「──それでね。最終的に、あたしは頷いちゃったの。

 姉さんがまつられてる場所を教えるって。手引きをするって。中に入れてあげるって。

 もう焼かれるのは厭だったから。炎が終わりになるなら、それでもう何でもよかった!

 そしたら、そしたら──炎の日が来た!」


そう言い放ったのち、5《シュンフ》の言葉は唐突に止まった。

はぁはぁ、と彼女の荒い吐息が“竜もどき”の中に響く。

彼女の語った“物語”が何であったのか、トリエには何一つわからなかった。

しかし、何も口を挟むことなどできなかった。

ただ目を見開き、汗ばんだ掌を胸の前で握りしめた。

異様な静寂だった。静かなのに、荒々しい空気が滲んでいた。


7《ジーベン》は半ば身を乗り出し、彼女の肩を叩いた。


「……ああ、そう。そろそろ合流ポイントを決めないとね。花火を打ち上げるのにちょうどいい場所を」


すると彼女は、何事もなかったように平坦な口調を戻っていた。


「5《シュンフ》」

「ごめん、7《ジーベン》。ちょっと変な風になったかも」


5《シュンフ》はそう振り向かずに言って、7《ジーベン》の手を払いのけた。


「どこがいい? トリエ。最後にどういうところに行きたい?」


不意に問いかけられたトリエは、びくん、と両肩を上げた。


「ほとんど似たような荒野だけどさ。いいよ、行ける所なら連れて行ってあげる」

「え、ええと……」


トリエは何かに愕然としつつ、一瞬竜のアランに助けを求めようとして、答えた。


「う、海とか」


答えると、5《シュンフ》のかすれた声が聞こえた。

たぶん笑ったのだと思う。



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