第20話:快楽と代償。
意識の向こう側から、小鳥の囀りが聞こえる。
『ん……朝……?』
『朝!!!』
まだ寝起きでぼやけている視界の中、逆光の人影が見える。
ゴシゴシと寝ぼけ眼を擦り、その人物を確かめようと恐る恐る目を開いた。
ラプンツェルか……、それとも、わたしと完全に結ばれ、呪いの解けたルカなのか。
「!!!!!」
「ルカ! 身体が……」
今度は涙で視界がぼやけ始めた。
「ああ、元に戻れたようだ」
今までは朝になれば無情にも醜く禍々しいカエルの姿に戻ってしまっていたルカの身体が。
美しい人の姿のまま、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
昔と同じように、その光沢のある青黒い髪には虹色の天使の輪の輝きを纏っている。
「あああああ……!!! ルカ!!!!! 呪いが……呪いが解けたのね!?」
「これもカリンのおかげだ」
わたしたちは10年ぶりに、まるで空から祝福されているかのような晴天の太陽の下、抱き合ってキスをした。
「愛おしいカリン。その華奢で柔らかな身体を抱きしめると、また昨晩のように激しく求めたくなってしま……」
ルカは言葉の途中で、まるで呼吸が止まるかのように言葉を詰まらせた。
わたし胸元のリボンをほどきかけていたその手が小刻みに震え始め、それはどんどん大きくなっていった。
「どうしたの、ルカ?」
慌ててルカの顔を見ると、顔色は真っ青に……、それはカエルの時の色と同じくらい、恐怖にひきつった青色をしている。
「ルカ? なに? いったいなにが……」
ルカは口元を押さえ、わなわなとしながらその場にがっくりと膝をついた。
「まさか……、そんな……」
「ねえ! どうしたのルカ!? なんとか言って!?」
その時、背後からドサッとなにかが落ちる音が聞こえた。
「……なっ……!」
振り返ると、ルカと同じように口元を押さえ、青ざめたラプンツェルが呆然と立っていた。
手に持っていた朝食の果物を落とした音だったのか、足元には無数の果実が転がっていた。
「マ……ママ……、カリンママ……」
ラプンツェルは掠れる声を振り絞るように、わたしの名を呼んだ。
「ねえ、ラプちゃん! 教えて? いったいなにが……」
なにが起こったのかわからず混乱をしていると、ラプンツェルはわたしを指さし、震える声でこう言った。
「マ……マ……、泉……泉で今すぐ自分の身体を見て……」
恐る恐る、すぐそばにある泉に近付き自分の姿を映し、目を凝らす。
「!?????」
「あ……、あ……、あああああそん……な……!!!!!」
わたしはその場に泣き崩れた。
あまりの絶望に、目の前が真っ暗になりなにも見えなくなってしまった。
「そんな……、せっかくルカが元に戻ったというのに!?」
湖に映ったわたしの身体には、まるでさも危険であるかのような、毒々しい黄色と黒のまだら模様が浮かび上がり、指の股には水掻きまでできあがっていた。
それはまるで……人々に忌み嫌われてきた、禍々しい毒蛙のような。
「ど、どうして!? カリン…… カリンがなんで……!」
ルカは、不条理にあらん限りの憎しみを込めるかのように、地面を拳で叩きんがら叫んだ。
「ママ……、ママ……、僕が絶対に治す方法を調べてあげるから!」
ラプンツェルは美しい涙を流しながら、必死に本のページをめくり続けた。
暫くすると、わたしたちはその場から動かなくなった。
まるで見当もつかず、途方に暮れてしまったのだ。
昼でも薄暗がりになるような静かな森の奥、耳の奥がキーンとなるほどの静けさに包まれた。
どれくらい経ったのだろう。
森の奥からガサガサと誰かがこちらに向かってくる音が聞こえた。
それは一人の足音ではないようだった。
ルカとラプンツェルがわたしの前に咄嗟にさっと駆け寄り、ルカは身構え、ラプンツェルはわたしの前で両手を広げ、防御の姿勢をとった。
その足音の主が、ぼおっと暗がりから徐々にその姿を顕わにする。
「……ハインリヒ! 正気に戻ったか」
「!?」
そしてハインリヒの背後にもう一人。
「お前……、オカか⁉」
「左様にございます、我が王子よ」
ハインリヒが口を挟む。
「マイシャイニングスター・ルカ王子。本当に貴方がルカ王子なのですね」
「この偉大なる東の国の守護魔女・オカから全てを聞きました」
「魔女!?」
ラプンツェルとわたしは、顔を見合わせ叫んだ。
ルカが『オカ』と呼んだ人物――ハインリヒが『偉大なる東の国の守護魔女』と呼んだその人物は、黒くつばの広いとんがり帽子に黒いヴェールで顔を覆い、ベルベット調の重量を感じるマントで身を包んでいた。
そして、マントの下はセクシーなドレスを着ているのが見え、胸元はざっくりとVの字に開いており、その胸元から豊かな胸毛をちらりとのぞかせている。
ざっくりと大胆に切れ込まれたドレスのスリットからは、鍛えられた逞しくすらりと長い筋肉質な脚が見え、網タイツの柄なのか模様なのか毛なのか、網目からはところどころなにかがはみ出していた。
顔を覆うヴェールは薄手で、口元は薄っすらと青い髭あとのようなものも見える。
「魔……女……?」
「……王子よ。これは魔女の呪いなのです」
「呪い……だと? 呪いは契りで解けるはずなのでは?」
「そもそもカエルに変身させたのは、お前……オカではないか!」
ルカは声を荒げた。
「ひさしぶりですね、王子よ……大きくなりました」
「そして、あんなにお小さかったそちらの姫も……」
オカと名乗る魔女(?)は、そこでわたしのほうを見た。
わたしは肩をすくめる。
「ルカ……、この方は?」
ハインリヒが一歩前に出て荒ぶるルカに代わり、コホンと咳払いをしてから話し始めた。
「このお方は、東のフィンザー国王家を顧問する、偉大なる魔女・オカだ」
「そして私はただの方向音痴ではない! ちゃんとオカの住処に辿り着き、ここに呼ぶことができたのだ!」
「これも王子への愛だ! 忠誠心だ! 私だけがルカ王子のことを諦めずに最後まで捜し続けたのだ!」
「その執念が実を結んだのであって! 小娘! お前の愛の力などではないのだ!」
ハインリヒがそこまで言い放ったとき、胸のタガがバツンッと音を立てて弾けた。
『ん? 魔女……魔……女? オカ……オカ……ま……じょ……』
気絶して倒れこんだハインリヒをよそに、オカは話し始めた。
「これはアタシの魔法ではありません」
「な、……、ではいったい……」
「アタシが王子にカエルになる『魔法』をかけたあとに、誰か別の魔女が貴方に『呪い』をかけています」
「呪い……魔法と呪いは違うのか?」
ルカがオカにそう問いかけると、オカはなにやら呪文を唱え始めた。
さらに杖をすっと出し、わたしに向かって振り上げた。
「ツクシテミツイデステラレテ……!」
そう唱えると杖を振り下ろし、わたしに向かって魔法をぶつけてきた。
が……。
わたしのお腹に文様のようなものが現れ、バシッと閃光と火花を放つとともに、呪文が弾け飛んだ。
ちりちりと焦げるような臭いが辺り一面に漂い、光っていたお腹の模様はすうっと消えていった。
「くっ……! これはとても強い呪いよ。かけた本人にしか解けないかもしれない」
呪文が弾け飛んだ衝撃の強さの反動か、杖を持つオカの手はぶるぶると震えていた。
「オカ! お前にも解けない呪いなど、いったいどうしたら……」
ルカはオカの肩に強く掴みかかり、ゆさゆさと揺さぶりながら問いかけた。
オカは硬い表情で口を噤み、しばらくその場に立ち尽くし、なにか思い詰めているように見えた。
「どうなんだ、オカ!」
ルカがさらに問い詰める。
「そ、それは……」
明らかに動揺を見せるオカは、なにかに怯えているようにも見えた。
「そ、それは……」
オカの顔色は、徐々に真っ赤になっていった。
「そ、それは……」
「イ……イヤァーーーーーッ!!!!! アタシの口からそんな破廉恥なこと言えないわッ!」
オカは両手で顔を覆いながら、身をよじって激しく葛藤した。
「この本に1,000回セックスで中出しすればいいって書いてあったよ」
ラプンツェルが難しそうな本の一文を指さし、あっさりとそう告げた。
「キャアアアアア! いやぁあああああ! な、なんなのこのやたら顔のいい子……、違った、なんなのこの破廉恥青年はッ!」
なんのことはなく述べたラプンツェルの言葉に、オカは火のように赤くなり身悶えしゴロンゴロン転がり全身で悶絶し始めた。
しかし、オカはラプンツェルの容姿が気になるのか、そんな状態でも指の間からチラチラとラプンツェルを見ていた。
漸くオカが落ち着きを取り戻し、マントの裾の草などを軽く払い、乱れた衣服を正し、語り始めた。
「この呪いを解く鍵……」
「それは、このやたら顔の良い子の言っているとおり、1,000回……ッ……ん、んんんっ! を、スルことなの」
「呪いに対抗できるのは愛の力だけなの。ひたすら愛を注ぎ、打ち消す……」
「愛を注ぎ続ければ、徐々に呪いが薄まってゆく。そしてそれはやがて、たくさんの水で薄めた絵の具のように色を消してしまう……それが1,000回必要な理由なのよ」
「そして、愛を注げるのは愛を誓い合った者同士のみ。だから、今夫婦となった貴方たちにしかできないことなのよ……」
「……って!!!」
オカはそこで、そんな話はどうでもいいかのように踵を返し、ラプンツェルに向き直った。
「ちょっと!!! このイケメン誰よッ!!! 王子、紹介しなさいッ!!!」
鼻息を荒げ、今度はオカが、ルカに食い気味に掴みかかった。
「ややこしいんだが、コイツは私の息子のラプンツェルだ」
「は??? 息子??? ちょっ……とアンタッ! カエルの癖に他所で子供を作ってたってコトッ!?」
オカは目を真ん丸くして驚いて見せた。
ルカはそんなオカに目もくれず、なにやら考え事をしているような顔をしていた。
「……ん? ちょっとまて」
「オカとラプは初対面なのか? では塔を建て、ラプを閉じ込めた魔女はいったい誰なんだ?」
「オカ以外にも、これほど強力な魔力を持つ魔女が存在するということなのか?」
ルカが疑問を口にすると、それまで騒がしかったオカの動きがピタリと止まった。
「さてはオカ。なにか知っているな?」
ルカの問いかけに、オカは大きくため息をつき、こう答えた。
「彼女の名前はルーナ。いばら姫ターリアの娘で、アタシの双子の妹よ……」
オカがそう言うと、全員の脳裏にある言葉が浮かんだ。
『誰?』
「うーむ、そうだな。とりあえず塔の下でルーナを待つか……」
「それか」
ルカは後ろからわたしを抱き寄せ、フッと軽く笑ってから、額を私の後頭部にコツンとぶつけると背中越しに優しくこう言った。
「1,000回……いや1,000回と言わず、ひたすらカリンと愛し合えばいいのだな?」
「ルカ……」
わたしもフフッと笑い、こう応えた。
「……何度でも何度でも、わたしのナカに、あなたの愛を注いでください……」
「私の精も根も尽き果てるほどに、カリンのナカに思いっきり愛を注ごう……」
背中越しにルカの温もりを感じながら、わたしはお腹の奥がキュッとなり腰がうねるほどの幸せも感じていた。
「ルカパパとカリンママ、ハッピーエンドのすっごい良い話しているようで、めっちゃえぐいこと言ってるよね」
オカがラプンツェルの口にそっと人差し指を立て、言葉を遮る。
「ラプちゃん、シーッよ! あとは二人にまかせるとしましょう……」
そしてウインクひとつし、「王子ーーーーーっ!」と煩く泣き叫び続けるハインリヒの首根っこをがっしりと掴むと、森の奥に消えていったのだった。
晴天の空の下。
薔薇が咲き乱れる泉の畔で、香しい薔薇の香りに包まれ、ルカとカリンはキスをする。
空が祝福しているかのように、薔薇の花びらが宙を舞っていた。
【完】
「……って、まってまって! 【完】ってどういうこと!?」
「わたし呪い解けてないけどどうしたらーーーーーっ!!!!!」
「落ち着けカリンよ。我々の物語を続けられる有効な呪文をオカから聞いてきた」
「この呪文を復唱するのだ……『レビューカイテ』」
「わ、わかったわ! 『レビューカイテ』ね!」
「その調子だカリン! 『レビューカイテ』『レビューカイテ』『レビューカイテ』」
「カリンよ、それはあちらを向いて唱えるとより効果的なのだそうだ」
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『レビューカイテ』
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『レビューカイテ』
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『レビューカイテ』
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『レビュー……』




