37 火と祈り
木々の点在する草原にて、焚き火を囲む黒衣の集団がいた。
“灰の使徒”──かつての“大崩壊”を人類の傲慢に対する神罰だと断じ、火と祈りによって文明を焼き尽くすことを教義とする、狂信的な集団だった。
彼らにとって、かつての大災害は決して偶然でも自然現象でもなかった。
人が神の領域に踏み込んだことへの、それは報いだった。
だからこそ、再び人の手によって文明が蘇ることは、“再犯”に他ならないと、彼らは信じて疑わなかった。
そして今、彼らの目には、“風の塔”こそがその象徴として映っていた。
文明復興の旗手たるウィンドリムを、愚行の中心地と見做していた。
薪を次々と焚き火にくべる男たちの腕には、いくつもの切り傷があった。
それは祈りの印として、自らを傷つけた痕だった。
周囲に生えていた細い木々は、すでに根元から伐り倒され、あらかた火にくべられていた。
夜風に混じって、生木が爆ぜる匂いと、油の焦げる匂いが漂う。
焚き火を囲む影の数は、ざっと三十。
そのすべてが黒い衣に身を包み、俯いて祈りの沈黙を守っていた。
彼らは顔の大半を布で覆っていた。
中には老いた者もいれば、若い少年のような者もいた。だが、誰一人として笑ってはいなかった。
目に映るのは、狂信的な静けさと怒りの光──。
その中の一人、ローブの上からじゃらじゃらと数珠をたくさんぶら下げている、痩せこけた男が、燃えさかる焚き火の前に立つ。
まるで祈壇に立つ司祭のように、両腕を大きく広げると、大きな声で叫んだ。
その頬は落ち窪み、炎に照らされた顔は骸骨のように陰影を帯びていた。
「──あの塔は、未だ神の領域を侵犯し続けている!!」
「天を裂いたあの災いを、また繰り返す気なのか!!」
「塔が風を呼ぶというのなら、神の怒りもまたそこに吹きつけよう。ならば──同じ人の手で断罪せねばならぬ……!」
「砕かれた文明を蘇らせるなど、神を試す行い!! ゆるされてよいはずがない……!」
その叫びが終わると、男たちは一斉に両膝をつき、両手を胸の前で組んだ。
焚き火の光に照らされたその姿は、敬虔さよりも、異様さを湛えた儀式そのものだった
「神よ、罪深き我ら人類を許したまえ……」
囁きにも似た声が、全員の口から一斉に漏れた。その声が、草原の夜に静かに広がっていく。
儀式が終わると、男たちはそれぞれ腰に携えていた、油を染み込ませた布を巻きつけた棒を取り出す。
それを焚き火にかざすと、乾いた音とともに火が灯る。
真っ暗な草原に、松明の赤い炎が次々と現れ、闇の中で揺らめき始める。
痩せこけた男が、焚き火を背にしながら再び、高らかに叫んだ。
「我ら灰の使徒は、人類の救済者!! 火と祈りで文明を焼き尽くすまで、我らの灯火は決して消えない……!」
その声は狂気に満ちていたが、そこには確かな確信と、揺るがぬ信念があった。
この男たちにとって、焼くことと、文明を破壊することこそが“救い”だった。
「それでは諸君、まいろうか──罪深き村へ」
男がそう言い放ち、自身の松明に火をつけると、他の者たちも次々に腰から武器を取り出す。
刃の鈍った鉈、錆びついたナイフ、焼け焦げた鍬や斧。
そのどれもが、文明を否定しながらも、文明の名残にすがっているという矛盾を孕んでいた。
三十にも及ぶ炎が、草原の中をゆっくりと進み出す。
まるで夜の中を進む亡霊のように。
彼らの進む先には、小さな村があった。
それは、風の塔の恩恵の下、静かに暮らしていた、罪なき人々の村だった。
……彼らの知らぬところで、炎の足音が、静かに忍び寄っていた。




