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38 クラウド量子ノード

 夜明け前に、ハルトは目を覚ます。

 最近はこの街の習慣に合わせて夜遅くまで起きてはいるが、やはり目を覚ますのは陽が姿を表す前だった。

 昨夜の記憶は途中で途切れていた。

 きっとまた、眠ってしまった自分を誰かが運んでくれたのだろう。

 二回目ともなると、そこまで恥ずかしくは思わなかったが、やはり、恥ずかしいことには変わりなかった。

 昨日とは違う、新しい服に袖を通した。

 枕の横に畳まれて置かれていたコートを広げ、そっと羽織った。

 静かに外へ出て、鍵をかけてから大通りへ向かう。

 大通りに出ると、朝霧を透過して赤い光が点滅を繰り返しているのが見えた。


 セレスは、今日も扉の前で待っていてくれた。

 吹き荒ぶ風に暴れる銀髪を左手で押さえ、セレスは立っていた。

 いつもと変わらぬ、白いワンピースに、青いジャケット。その裾が、風に揺れていた。

 その銀の瞳は、遠くからでもわかる、ハルトをじっと見つめていた。


 今日も、展望室へと二人で上がる。

 今日の景色は、下だけではなく、上にも雲が広がっていて、窓の外はまるで雲の中に入り込んだように真っ白だった。


「量子ノードとか、よくわからないんだけど……大崩壊についてセレスはくわしく知っているの?」


 ハルトは右に立つセレスに顔だけを向けて、その端正な横顔を見つめる。

 銀色の瞳が、それに気がついたようにハルトの方へ向くと、体ごとこちらに向けて、ハルトの問いに答えてくれる。


「二十二世紀の中頃、人類は量子演算の飛躍的進歩により、ほぼ全ての演算処理を“クラウド量子ノード”に依存するようになった。その結果、個人端末には処理能力がなく、ただの通信端末になっていったの」

「だからこそ、天の川方面から放たれた放射線によりノード群が壊滅したとき、人類は致命的な大打撃を受けてしまったの」


 静かに聴き、理解しようとしているハルトを見つめ、セレスは続ける。


「……約500光年彼方で起きた超新星爆発に伴うガンマ線バーストは、地球に直接的な生命被害は与えなかった。けれど、地球高軌道上の量子通信を担っていた宇宙ステーション群、そして衛星軌道上に設置された量子コンピュータ群──それらによる“クラウド量子ノード”に深刻な電子障害を与えた」


「当時ほぼ全ての端末は量子コンピュータをクラウド利用する形態になっていた為に、復旧する術がなく、文明の崩壊を招いたの」


「情報インフラの全停止は、物流、経済、医療の破綻を招き、やがて社会機構の崩壊──“大崩壊”へと至った」


 ハルトはただ黙って、ゆっくりと語るセレスの言葉を聞いていた。

 鈴の音のような美しい声で語られる大崩壊の真実を理解するには、ハルトの知識だけでは難しかった。

 けれど、セレスの声に宿るものが、ハルトの心を静かにざわつかせた。

 セレスは続ける。


「──これが、わたしが再起動した後に博士たちから聞いた“大崩壊”のあらまし」


「昨日話したように、ここは量子ノード登場以前から運用されていた、外界と隔絶されたテラフォーミング計画の実証試験施設だったから、おそらく唯一ガンマ線バーストの被害を免れたの。──わたしを除いて」


 そう呟いた彼女の声は、目の前に広がる雲の中へ吸い込まれるように、朝の静けさに溶けていった。

 雲の向こうに、まだ見えない陽が昇ろうとしていた。

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