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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの乙女とバラの騎士編
7/35

よろしくお願いいたします。

 気づいた時、クラベルは縛られていた。


「何!」

 

 体を動かそうとしたが、動けない。見れば、背もたれに腹と肩を、座面に膝を、脚に足を、それぞれ丁寧に縛られていた。手首も縛られていた。泣きそうになりながら縄を解こうとすると、部屋の隅から突然気配がした。男が1人、立ち上がってこちらに近づいて来た。


「説明は俺がしようか」


 男はクラベルの前にやってくると、クラベルの顎を持ち上げた。

 

「可愛い子だね」


 クラベルはじっと黙って、相手の出方を見ていた。男は近くにあった椅子を持ってくると、クラベルの前に座った。


「あれは俺のバラの栽培に失敗した」

「誰のバラ?」

「俺の『ヴェレッド王のバラ』だ」


 クラベルは寒気を感じ始めた。「バラの乙女」候補が誰なのか、その情報は秘匿されていたはずだ。男の話が本当ならば、誰かが「ヴェレッド王のバラ」の栽培に失敗し、クラベルが成功していることを知っていたということになる。


 一体誰が……


 ふと思い出した。自分はオルテンシアと一緒にいた。そして、「ヴェレッド王のバラ」が傷付けられたことで気を失って……


「オルテンシア様なの?」

「ああ。あれは、最初の脱落者だ」


 男は気怠げに話した。


「あれは王太子妃になるのは公爵令嬢たる自分の仕事だから、バラなど関係ないと言ってな。俺がいくらバラの世話をさせようとしても、一切やらなかった。だから、枯れて、あれから印が消えた」

「あなたは、『バラの騎士』なの?」

「『バラの騎士』だった、な。オルタンシアの失敗は俺の責任でもある。俺は家にも戻れず、公爵家に留め置かれた。あのバラは駄目だったが、普通のバラなら俺が手を入れればすぐに状態が良くなる。俺は一庭師としてのみ、生きることを許されたようなものだったよ」


 クラベルは知らなかった。「バラの乙女」候補が世話をしなければ枯れるなんて、ガロファーノは言わなかった。でも、いつも「一緒にお世話しよう?」と声を掛けてくれて、クラベルは大きくなっていくバラを見るのがうれしくて、一生懸命「ヴェレッド王のバラ」のお世話をしてきた。オルテンシアは違ったのか。


「お前は本当にかわいそうな女だ。あれは王家とバラの(しがらみ)から解放されたが、お前はこのままでは王家とバラに食い尽くされるかもしれない」

「どういうこと?」

「お前は、『バラの乙女』とは何だと聞いている?」

「『バラの乙女』は『バラの騎士』が持ってきた『ヴェレッド王のバラ』を育てる役割があるということ。それから、『ヴェレッド王のバラ』が育って黄金色の花が咲けば、王太子妃になって『ヴェレッド王のバラ』の原木を手入れするということ。他に何かあるの?」

「随分都合のいい話に作り替えられている。お前は真実を知らずに、利用されようとしていたんだ」

「え……?」


 男は、『バラの騎士』は全て王族の男子であることを知っているか、とクラベルに尋ねた。初耳である。


「え、その話が本当なら、王子様や王太子様も『バラの騎士』になっているっていうこと?」

「そうだ。そして、俺は今の国王の長男。何もなければ、王太子になるはずだった」


 男は悲しそうにうつむいた。


「王子や王弟の子どもたち合わせて10人が『バラの騎士』として集められた。『バラの騎士』には任務がある。何だと思う?」

「『ヴェレッド王のバラ』の栽培を手伝うことじゃないの?」

「さっき、『バラの騎士』は全員王族だって言っただろ?そして、真の『バラの乙女』に選定された候補者は、何になるんだった?」

「王太子妃、よね?」

「そう。さあ、考えてごらん」


 男は時間をくれた。クラベルは考える。「バラの騎士」は全員、現国王から近い血縁関係にある男子ばかり。彼らの共通するのは……


「上位の王位継承権を持つ人ばかり……」

「そう、いいところに気がついたね」

「……王太子が誰か、この国では明かされていない……?」

「そもそも、王太子が誰か、決まっていないからね」

「真の『バラの乙女』が王太子妃?」

「『バラの乙女』は、どんな人と結婚したいだろうね?」

「……!!」


 クラベルははっとして男を見上げた。


「答えは出たかな?」

「真の『バラの乙女』が選んだ人?」

「ちょっとだけ違う。でも近い? お前は、誰と結婚したい?」

「……私は、ガロと……」

「ガロファーノは、何者?」

「バラの、騎士……王族……私の好きな人……!!」


 なぜだろう、クラベルは悲しいと感じた。ガロファーノのことを考えて悲しくなったのは、初めてだった。この推測を、言葉にしたくなかった。


「気づいたね。そう、『バラの騎士』が王太子になるためには、真の『バラの乙女』が自分を選べばいい。他の候補に手を伸ばさなくても、自分の担当する『バラの乙女』が真の『バラの乙女』になればいい。真の『バラの乙女』になるために必要なのは『バラの乙女』からの深い信頼だ。簡単にいえば、惚れさせればいい。ガロファーノは、お前に甘くなかったかい? 優しく紳士的に接していなかったかい? 何なら、愛しているくらいのこと、言われたんじゃないか?」


 デビュタントの衣装確認をした後、ガロファーノと話したことが思い出される。あの時、ガロファーノは確かにクラベルに愛を告げた。あれは、ガロファーノの本心ではなかったというのか? 自分は、ガロファーノが地位を得るための道具として、ガロファーノの手の上で転がされていただけなのか?


「俺たちは王族でありながら、自分だけの力では自分の地位を確立できない。俺たちの中には、女の力を借りねばならないということを屈辱だと感じていることもある。ガロファーノも、そうだったよ」

「ガロ、も……?」 

「ああ。俺が『バラの騎士』を下りた後、ガロファーノから連絡があった。ガロファーノが君の『バラの騎士』であることをそのとき初めて知ったが、君は扱いやすいから楽だと笑っていたよ」

「そんな!」

「お前は気の毒だ。ずっとガロファーノにだまされて、15歳を迎えてしまった。もしお前が真の『バラの乙女』であったとすれば、ガロファーノ以外の男と結婚することはできないし、ガロファーノから一生離れることもできない。あいつが心から愛する女性が現れれば、お前はただ、『バラの乙女』としての仕事を求められるだけの存在となる。それでいいのかい?」

「……嘘よ」

「嘘じゃない。元『バラの騎士』として、だまされ続けているお前のことを見ていられないから、教えたんだ」


 この男は残酷なことばかり言ってクラベルを傷付けている、その自覚はないのだろうか?


「だが1つだけ、お前を解放する方法がある。知りたいか?」


 男は優しい声をしている。クラベルは泣き顔のまま、男を見上げた。


「こんなに可愛い顔を涙に濡れさせて、嘘つきのガロファーノは悪い男だ。だが、俺は嘘をつかない」


 男はそっとクラベルに身を寄せた。呆然としているクラベルをそっと抱き寄せて、その耳元でささやくように言った。

 

「俺はもう王族ではないが、王族のこと、バラのこと、全て知っている。だから、王族から逃げる術も知っている。俺の所においで。お前に責任を負わせようとする者全てから、お前を守ってあげるよ」


 男はクラベルの瞳を覗き込む。男の目が突然赤く光り、クラベルの頭がぼーっとしてきた。男の言うことが全て正しい、この男のことは信じられる、そう思うようになった。


「はい、そうします……」

「いい子だ」


 男がクラベルに口づけようとした時、クラベルの袖の中からバラの葉が1枚、はらりと落ちた。


「……バラの、葉っぱ?」


 次の瞬間、バラの葉は急に生長し、つるバラのつるのように伸びていった。そしてつるは渦を巻き、ぐるぐると高速回転した。やがてつるの回転が緩やかになり、つるは巻き取られるように短くなっていく。下の方が巻き取られると、人間の足のようなものが見えた。。つるの渦はだんだん巻き取られて、人の下半身が現れる。上半身が現れる。最後に現れた顔は、ガロファーノのものだった。ガロファーノが、バラを使役している。間違いない、やはりガロファーノは王族なのだ。


「ベル! すまない!」


 クラベルの姿を見て駆け寄ろうとしたガロファーノに、クラベルは「来ないで!」と叫んだ。


「私はもう、あなたの役に立てない。『ヴェレッド王のバラ』は切り刻まれてしまった。それにあなたは、自分が王になるために……私のことを愛していたんじゃなくて、私に言うことを聞かせたかっただけじゃない! 嘘つき!」

「嘘なんてついていない。僕はベルのことを……」

「もういい! 近づかないで!」


 何があったのか、ガロファーノには分からない。だが、クラベルが狂ったように泣きわめき拒絶する姿を見て、どうしたらいいのか全く分からなくなってしまった。


「ガロファーノ、もうお前は用済みだ。彼女は俺を選んだ」

「何を言っているんだ、ザイデルバスト? ベルは僕の『バラの乙女』だ!」

「彼女に聞いてみればいい」


 ガロファーノは、その時初めて、クラベルが男……ザイデルバストの腕の中にいることに気づいた。


「ベル! こっちに来るんだ!」


 だが、クラベルは涙に濡れた顔にぼーっとした表情で、いやいやと緩く首を横に振った。


「ベル、こいつは駄目だ! 危険人物なんだ!」

「……この人のこと、知っているのね?」

「……ベル?」

「……ガロは、王族だったのね? さっきも、バラを使役していた……」

「これは、話してはいけないことになっているんだ、だから……」

「もういいの、ガロにとって、私は道具の1つに過ぎなかったんだね」

「違う! 僕は言ったはずだ、ベルのことを」

「嘘じゃない! 私のこと愛しているって言ったけど、私はガロが王太子に選ばれるための道具で、言うことを聞かせるために私に優しくしていたんだって、知っているんだから!」

「全部嘘だ! 僕は純粋にベルのことを」

「もういいの。私は、私を助けてくれる人のところに行くから」


 ガロファーノには、クラベルが何を言っているのか全く分からなかった。ザイデルバストはクラベルを抱き込むと、にやりと笑った。


「そういうことだから、この子は私が大切に守ることにした」

「駄目だ、お前の『バラの乙女』がいるだろう?」

「r……失敗したよ。第1脱落者だ」

 

 ガロファーノが全てを察した時には、ザイデルバストは自分とクラベルをバラのつむじ風の中に隠していた。


「……お前に、『バラの乙女』は渡さない。お前は、王太子になれない」


 ザイデルバストの言葉だけがその場に落ち、2人の姿が消えた。ガロファーノはその場にくずおれた。外が騒がしくなる。扉が開いて、アシェル伯爵と騎士たちが踏み込んできた。


「何があった?」

「……裏切り者に、ベルを(かどわ)かされた。ベルに吹き込んで、ベルが俺を嘘つきだと言った……」

「裏切り者、と言ったな」

「……失敗した『バラの騎士』だった」


 アシェル伯爵は天を仰いだ。『バラの乙女』候補の情報は、秘匿されているのではなかったのか?


「使者と神官に会う必要がありそうだな」


 何も言わず、うなだれたままのガロファーノの腕をつかんで、アシェル伯爵は無理矢理立ち上がらせる。


「なんとしてでも、お前がクラベルを救い出せ。それができなければ、クラベルが戻ってきてもお前には絶対にやらない」


 ガロファーノは静かにうなずいた。その目から一筋、涙があふれ、床に落ちた。


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