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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの乙女とバラの騎士編

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 結論から言えば、クラベルはアシェル騎士団と王家の協力により、無事救出された。ザイデルバストは確かに国王の長男だった。ザイデルバストもまた、赤子だったオルテンシア・ルーチェの「バラの騎士」であることをオルテンシアの首筋についたあざの匂いで確認し、ルーチェ公爵家でオルテンシアと過ごしていた。これもまたザイデルバストの言うとおり、オルテンシアが「ヴェレッド王のバラ」の世話を放棄した結果、ザイデルバストとオルテンシアの信頼関係が失われた。その結果、ザイデルバストの持ってきた「ヴェレッド王のバラ」が枯れ、オルテンシアからバラのつぼみのあざが消えた。あざを失ったオルテンシアは「バラの乙女」候補から外れ、ザイデルバストは「バラの騎士」から外れた。そしてそれは、ザイデルバストが王太子になれなくなったことを意味していた。


 ザイデルバストは王の長男である。「バラの乙女」の選定と重ならなければ、何一つ憂いのない状態で王太子の座に着いていたかもしれない年齢である。よほどオルテンシアとルーチェ公爵家を恨んだのだろう。オルテンシアとルーチェ公爵を強迫し、一介の庭師としてルーチェ公爵家に居座り、ルーチェ公爵家を利用した。オルテンシアには、同年代の少女たちの中で首を隠すようなドレスばかり着ている者を調べさせた。そして、10歳になっても必ず首を隠したドレスの少女をリストアップした。そして、少女たちの家に知った名の少年たちがいること確認させた。その情報を元に、オルテンシアを使って「バラの乙女」候補と「バラの騎士」の仲を調べた。「バラの乙女」候補と「バラの騎士」の仲があまり良くない所は、2人の仲が悪くなるよう細工をした。例えば、「バラの騎士」に女性を近づけて誘惑させて2人の仲を引き裂いたり、「バラの乙女」に遊びを覚えさせて世話をしなくなるように仕向けたり、といったことだ。バラが枯れ、あざが消えた少女は「バラの乙女」候補から外れ、少年は「バラの騎士」でなくなり、王太子の道が閉ざされる。4人の少女たちが、こうして「バラの乙女」候補から脱落した。


 いくら工作しても2人の関係が揺らがなかったのが、14歳になっても残っていた「バラの乙女」候補たちである。4人の候補の中から次のターゲットに選ばれたのが、ガロファーノとクラベルだった。この2人は特に仲が良く、「ヴェレッド王のバラ」が最も大きく元気に育っているという情報を得たためだ。ザイデルバストはオルテンシアを使ってクラベルを誘拐し、嘘を吹き込み、動揺したクラベルに魔術を掛けた。魔術を掛けることはこの国では禁じられているが、王太子の候補者である「バラの騎士」から候補者を引きずり落として候補者がいなくなれば、本来王太子だった自分にその座が戻ってくる……ザイデルバストはそう安易に考え、禁術を使うことをためらわなかった。クラベルは術にかかり、ガロファーノの前から姿を消した。これだけでもガロファーノにダメージを与え、アシェル家の「ヴェレッド王のバラ」にもダメージを与えることができる。もちろん、ザイデルバストがクラベルに何をしたのか知らなかったガロファーノとアシェル伯爵たちは、とにかくクラベルを救出することだけを考えていた。


 ザイデルバストは知らなかった。アシェル伯爵がどれほど娘を大切に思っているか、ガロファーノがどれほどクラベルを愛しているかを。アシェル伯爵は使者と神官に相談し、ガロファーノがクラベルが誘拐された時に緊急避難的に使ってしまった「バラの力」を、再び使う許可を得た。ガロファーノはアシェル家の「ガロとベルの『ヴェレッド王のバラ』」があれば、バラの力を使うことができる。クラベルがザイデルバストと消えた時、ガロファーノは切り刻まれた「ガロとベルの『ヴェレッド王のバラ』」の葉を、ザイデルバストが作ったバラのつむじ風の中に何枚か放り込んでいた。ガロファーノは、そのバラの気配を辿(たど)ることができる。辿るためには、「バラの力」の使用許可が必要だったのだ。


 ガロファーノは「バラの力」を使って転移し、ザイデルバストとクラベルがルーチェ公爵家本邸の別棟にいることを突き止めた。クラベルの無事を確認すると、再びバラの葉を別棟の裏手に隠してアシェル家に転移し、状況をアシェル伯爵、使者、神官に報告した。使者と神官が王の許可を取り、ザイデルバストが他家の候補者たちを引き裂くために出かけたところを狙って、アシェル騎士団はルーチェ公爵家に突入した。


 クラベルの部屋に向かったガロファーノを見て、クラベルは狂乱し、アシェル家に戻ることを拒否した。


「いや、近づかないで!絶対に帰らない!ガロは嘘つきだもの、私はザイデルバスト様と一緒にいる!」

「分かった。近づかない。今、伯爵たちを呼ぶから、待っていて」


 ガロファーノは、バラの葉を1枚手に取ると、ふっと息を吹きかけた。バラはそのまま風に流されるように窓の外に出て行った。バラの葉に、アシェル伯爵を連れてくるように、道案内を頼んだのだ。


 ガロファーノの心の中は、どんどん冷たくなっていった。


 ベルが、自分と目を合わせてくれない。

 ベルが、僕に近づくなと言った。

 ベルが、僕を嘘つきだと言った。

 ベル、どうしてしまったんだい……。


 アシェル伯爵が静かに部屋に入ってきた。


「クラベル、帰ろう。ガロが来てくれてうれしくなかったのかい?」

「いや!」


 クラベルの様子にアシェル伯爵の目が異様に光る。


「何があった?」

「分かりません。前回も同じように拒絶されました。近づくな、嘘つきと言われました」

「とにかく、帰ろう。母親なら何か聞き出せるかもしれない」


 ガロファーノはクラベルを抱きかかえて帰るつもりだったが、触れることさえできなくなってしまった。手をつなぎ、髪を撫で、いつもくっついて座っていたのに……。


 クラベルが救出され、王命で動いたアシェル騎士団によって、ル-チェ公爵は逮捕された。ルーチェ公爵家は、アシェル伯爵家の娘の誘拐、庭園を荒らした器物損壊、侵入などの罪により爵位を下げられ、ルーチェ男爵家となった。また、「バラの乙女」を脱落させる手伝いをしたという大罪により、当主とオルテンシアは死刑となった。一方で、首謀者であるザイデルバストは未だに行方が分からない。どうやらバラの力を使って逃げ回っているようだ。


 アシェル家に帰ってきてからも、クラベルはガロファーノを拒絶し続けた。クラベルもガロファーノも共に憔悴し、バラの世話などできる状態ではなくなってしまった。あんなに楽しみにしていたデビュタントも、来年に延ばした。悪いことは続くもので、クラベルが誘拐されたという話が出回り、クラベルとの縁談を申し込む者がいなくなってしまった。傷物になったという噂がまことしやかにささやかれたのである。これは、クラベルとガロファーノの憔悴の酷さを心配した人たちの話に尾ひれがついた結果だった。ガロファーノを受け入れられず、他の男性からも縁談が来ない。いくら最終選考まで残ったとしても、上位貴族が縁談を受け入れるはずもなく、アシェル伯爵はぶつけようのない怒りで気が狂いそうだった。


 そして、とうとう「ヴェレッド王のバラ」から最後の葉が落ちた。木質化した幹から新しいシュートが伸びてくるとは思えない。クラベルはとうとうベッドから起き上がれなくなってしまった。ガロファーノは大きな決心をして、クラベルの部屋の前に立った。


「ベル、話がしたい」


 顔も見たくない。話などもってのほかだ。だが、ガロファーノの声を聞いた時、クラベルの心にあったのは、このままでいいのか、という気持ちだった。何か言わなくては、と思った時、ドアの向こうからガロファーノの声がした。


「嫌なら、いいんだ。だけど、これだけは伝えるね……『ヴェレッド王のバラ』が駄目になってしまった以上、僕にはもうこの邸にいる権利がない。ベルと一緒にいられればと思っていたけれども、もうベルは僕のことが嫌いになってしまったようだから。これでお別れだ。20年、一緒にいられて幸せだった。どうか、ベル、幸せになって。お願いだから、元気になって、幸せになって……」


 小さな嗚咽の声が漏れた。カツン、カツン、と靴音が遠くなっていく。

 ああ、「ヴェレッド王のバラ」だけでなく、ガロファーノまでもが自分から去ってしまうのか。


 クラベルは立ち上がりたかった。だが、食事も喉を通らず、痩せ細った体では、もう歩くこともままならなかった。


 カツン、カツン、という音が、いつしか聞こえなくなっていた。クラベルはそのまま意識を失った。


健気なガロファーノがかわいそうすぎる、と思ってくださった方、仲間です♪

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