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よろしくお願いいたします。
クラベル10歳、ガロファーノ15歳の時、王宮から使者と神官がやって来た。これから最長5年間が選定の本番になるという。
「『バラの乙女』選定のために、現状の確認に参りました」
使者と神官はアシェル家の庭に行き、「ヴェレッド王のバラ」が地植えされ、適切に剪定されて幹を太らせ、青々とした大きな葉がみずみずしく輝いているのを見て、満足げに書類にチェックを入れた。そして、既に「ヴェレッド王のバラ」を枯らしてしまい、「バラの乙女」の選定から外れた令嬢がいるのだとも聞かされた。「バラの乙女」候補でなくなると首にあるバラの蕾のあざが消えて無くなるのだという。神官の言葉に、アシェル伯爵は聞きたいと思っていたことを聞いてみた。
「『バラの乙女』の選定から外れた場合、何かデメリットはあるのか?」
「『バラの乙女』の候補は10人生まれます。既に外れた2人は、今後ごく普通の令嬢として生きていくことになります。『バラの乙女』候補であったことは秘匿されておりますので、特に問題はありません。また、『バラの乙女』と選定されれば、王妃または王太子妃の第一候補になることはご存じかと思います。国王陛下には王妃陛下がいらっしゃいますので、王太子妃候補ということになると思われます。また、最終候補の3人まで残った場合は、15歳まで縁談を結ぶことを禁じているのと同じですので、王家が責任を持って上位貴族か王族との縁談を用意します。デメリットを十分に補っているかと思われますが」
「そうか。秘匿するのは、縁談にも影響するからか?」
「それもありますが、『ヴェレッド王のバラ』を正しく咲かせることができるのは『バラの乙女』しかいません。なんとしても『バラの乙女』になりたい人物が、バラそのものを奪い、所有してる自分こそが『バラの乙女』だと名乗りを上げる可能性を潰すためにも、誰が候補なのかを関係者以外に知られてはならないのです」
「そんな邪なことをするような人間が『バラの乙女』に選定されるものなのだろうか?」
「それについては、返答いたしかねます」
それは十分に答えているではないか、という言葉をアシェル伯爵は飲み込んだ。
「これからは、我々が先触れ無しに訪問し、『ヴェレッド王のバラ』の状況をチェックすることがあります。ただし、我々以外の者が来ることはありません。我々ではないものが使者や神官を名乗ったとしたら、それは偽物です。絶対に『ヴェレッド王のバラ』を傷付けたり、奪われたりすることのないよう、お気をつけください」
「分かった、家令と庭師に伝えておこう。子どもたちも知っていた方がいいだろうか?」
「ガロファーノ様は知っていますが、念のため」
「分かった」
クラベルとガロファーノは、仲良く育った。一緒に勉強し、一緒にバラの世話をし、一緒に食事をし、一緒に出かけた。年ごろの男の子では入りにくいだろうと思われるような手芸店や雑貨店、人形やぬいぐるみの専門店などにもガロファーノは嬉々としてついて行った。伯爵家に商人が来て買い物をするような時でも、さすがにドレスやワンピースの採寸をする時は廊下に出たが、リボン1つ選ぶのもガロファーノは一緒に選んだ。
「ベルは深い緑が似合うね。ドレスはこれのデザインがいいと思うな」
「ベル、今日は普段使いのチョーカーを探すと言っていたんだから、パーティー用のネックレスはやめておくんだ。伯爵家のお金は、伯爵領の人たちが納めた税なんだ。使うべき所に使うんだ。お金を湯水のように使っては駄目だよ」
ガロファーノはクラベルに、お金というもののあり方、貴族のあり方を、伯爵夫妻とは別の機会、別の言い方で小さい頃から教えてきた。だから、クラベルは無駄遣いしない。クラベルが「バラの乙女」候補であることは秘匿されているが、同世代の令息令嬢との付き合いは、貴族として務めている。今ではガロファーノは「婿養子に入る予定になっている貴族令息」ということになっているので、クラベルが貴族の子どもたちと交流を持つような場には、クラベルと一緒にいることができた。クラベルに意地悪をしようとする令嬢やクラベルの婿候補になれと親から入れ知恵された次男三男たちを穏やかに牽制し、常にクラベルが嫌な思いをすることがないように守り続けた。アシェル伯爵も夫人も、あまりのガードぶりに目を丸くしたほどである。「ベルとガロ」は「仲が良いこと」の喩えに使われるほどになっていった。
「これなら、本当にクラベルを任せられるかもしれない」
だが、気になるのは、ガロファーノの出自である。実は、クラベルが「バラの乙女」の候補だと確認されてガロファーノについての説明があった際、ガロファーノの出自については一切情報が開示されなかったのだ。世の中には知らない方が都合がいいことはたくさんあるが、伯爵家の嫡出子に婿入りするのであれば、せめて貴族の子であってほしいとアシェル伯爵は思っている。まあ、ガロファーノを貴族にするのに、手がないわけではない。ガロファーノの剣の腕前は、既に王宮の近衛副団長に匹敵するとのお墨付きを得ている。近衛騎士団に入れて史上最速での近衛騎士団長ともなれば、一代貴族として爵位を手にすることもできるだろうし、その能力と伯爵家の財産を使ってよい上位の貴族家の養子にしてしまえばよい。こう考えているのは、クラベルが「バラの乙女」に選定されるはずはない、とアシェル伯爵が思っているからだ。「バラの乙女」に選定されたら王太子妃になることは避けられない。そのために、王太子には婚約者さえいない状態である。
「そういえば、王の子たちの情報は、人数以外まったく外に出ないな」
今の王の子は3人いるはずなのだが、年齢も名前も一切公表されていない。成人して初めて公表する、というのが国王の方針らしい。「ヴェレッド王のバラ」が弱まると、王と王妃は「ヴェレッド王のバラ」の維持のために全ての力を注ぐ。代理で仕事をするのは一般的には王太子のはずだが、宰相が行っている。噂によれば、王太子も王と王妃の横でバラを維持する方法を学んでいるのだという。王太子本人が王位に就く頃には、「ヴェレッド王のバラ」は復活しており、およそ50年はその樹勢を保つと言われている。子孫のために、口伝の技術や知識を学ぶために一切社交にも出てこない王太子。孤独でなければよいのだが、とアシェル伯爵は将来の王を思った。
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