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バラの乙女とバラの騎士と黄金のバラ  作者: 香田紗季
バラの乙女とバラの騎士編

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よろしくお願いいたします。

 昨年辺りから「ヴェレッド王のバラの花付きが良くないらしい」という噂が流れていたが、いよいよ今年は「バラの乙女」が生まれる、と通告された。自分の娘が「バラの乙女」になったらより豊かな暮らしができるのではないか、などという邪な考えを抱くものもおり、出生数が著しく多くなる。この年ばかりは男子が生まれると皆がっかりした。女子が生まれても「バラの乙女」の印がないと分かると、同様にがっかりした。がっかりされる子どもにとってはいい迷惑だが、親の思惑通りに行くわけではない。ひどい夫になると、年の初めに出産したばかりの妻に、同じ年の内にもう1人生ませる、ということまでやってのけた。人間の命を軽んじるような行動をする親の元に「バラの乙女」が生まれるはずはないのだが、そのことにも気づけないのだろう。


 アシェル伯爵家の当主夫妻は、長年子どもができなかった。結婚10年を過ぎ、養子を考え始めたところで伯爵夫人の妊娠が発覚し、それは大切に妊娠期間を過ごした。子が生まれたのは、偶然にも「バラの乙女」が生まれる年だった。生まれたのは女児で、「バラの乙女」の印を持っていた。「バラの乙女」の印は、首筋に浮き出たバラのつぼみのようなあざだと伝わっている。伝承そのままのあざに、伯爵も伯爵夫人も驚き、そして畏怖した。


 「バラの乙女」の印を持った女児が生まれた場合、当主が確認すると共に直ちに王宮に知らせが行く。王宮からは神官と王の使者と少年が使わされ、本物の「バラの乙女」の印かどうか確認する。使者が形を確認し、神官が触れて画や入れ墨ではないことを確認する。そして、少年がつぼみの形のあざの匂いを嗅ぐ。伯爵家の人間は、少年が赤ん坊の首筋に顔を寄せて匂いを嗅ぐのを、忍耐の表情で見守る。


「間違いない。僕の乙女だよ」


 少年の言葉に、伯爵夫妻がいきり立つが、神官と使者は、


「この子は『バラの騎士』です。別室でお話しします。2人はこのままずっと一緒にさせなければなりません」


 というばかり。まだ起き上がれない伯爵夫人の為に、乳母が女児を連れて少年と共に別室に行った。人払いをした上で、神官と使者から伯爵夫妻には少年の秘密が一部明かされた。そして、このことは一切他言ならないこと、そして少年が女児から離れてもよいのは、バラのあざが消失した時のみであることが告げられた。伯爵夫妻には大きな守秘義務が課せられたが、貴族であれば家のことで知らねばならないが話してはならないことなど、いくつもある。夫妻は固く沈黙した。


 「バラの騎士」である少年には、女児の隣の部屋が用意された。少年は王宮からバラの苗を持参しており、それをアシェル伯爵家の庭に植えなければならないと告げた。


「地植えしなければなりません。また、挿し芽をすることは許されません。鉢植えだと大きく育ちませんし、挿し芽をして予備を作ることは禁じられています」


 少年は伯爵夫妻にだけ、これがヴェレッド王を玉座に招いた王家のバラであると伝えた。「ヴェレッド王のバラ」は建国から200年以上経つが、原木が未だに生きているのだという。バラの妖精の加護なのか一向に枯れないが、1年ほど前から花付きが悪くなったり、葉が落ちやすくなったりと、弱まりのサインが現れた。「バラの乙女」が選び出されるとまた元気になるのだが、「バラの乙女」の選定には15年かかる。その間に「ヴェレッド王のバラ」が枯れぬよう、王家は殊の外慎重になるという。特に王と王妃の仕事の中心は「ヴェレッド王のバラ」を維持することとなり、多くの仕事が宰相や文官に振り分けられる。この選定期間の15年に当たった宰相は過労で倒れることも多いと言われ、宰相職が「ハズレ」だとさえ言われる始末である。去年「ヴェレッド王のバラ」に異変が見られるようになってから宰相の業務は確かに激増しており、目の下に隈のない日はない。


 アシェル伯爵夫妻は、女児に「クラベル」と名をつけた。ヴェレッド王国では花々の妖精に敬意を表して、花や木の名前をつけることが一般的である。「クラベル」は異国で「カーネーション」を意味する名前だ。「無垢で深い愛」という花言葉のように、愛を与え、与えられる人であってほしいという伯爵夫妻の深い愛からつけられた名だった。王家からバラの苗木と共にやって来た「バラの騎士」の少年は、「クラベル」の意味が「カーネーション」だと聞くと、自分の名は「ガロファーノ」だと名乗った。


「僕の名前も、カーネーションって意味なんだよ」


 伯爵夫妻は、本人が言うまでは少年の名を聞いてはならないと使者たちに言われていた。だから、娘と同じ意味の名前だなんて思ってもみなかった。生まれた時から何らかの縁があるのだろう、とアシェル伯爵と伯爵夫人は思うようになった。そして、ガロファーノと名乗ったこの少年を我が子同様に育てていくことにした。


 ガロファーノは手のかからない子だった。家庭教師からもよく学び、伯爵家の護衛騎士から剣の手ほどきを受け、庭師たちと一緒に庭園に出て「ヴェレッド王のバラ」の手入れをした。クラベルの世話も積極的に手伝い、乳母に代わって寝かしつけたり、一緒に遊んだりした。毎日必ずクラベルを「ヴェレッド王のバラ」の所に連れて行き、「この子が僕と君のバラだよ。仲良くしようね」と言って、その葉に触れさせた。


 クラベルが最初に話した言葉は、「ガロ」だった。ガロファーノはますますクラベルをかわいがり、クラベルを守るためにと剣の腕を磨いた。伯爵夫妻はガロファーノを、自分たちが産んだわけではないが、クラベルの大事な兄であり、アシェル伯爵家の大切な息子として接した。ガロファーノがなぜアシェル家にいるのかは伏せられていた。「バラの乙女」が誘拐されることを防ぐため、王家に報告して「バラの乙女」であることを確認した後、「バラの乙女」が誰であるのかは徹底的に秘匿されるためである。謎の人物ではあったが、使用人も来客も、みなガロファーノは将来のクラベルの執事候補か婿候補なのだろうと考え、クラベル同様にガロファーノをかわいがった。おかけで、ガロファーノの心が荒れることはなかった。


 クラベルが3歳になると、ガロファーノはクラベルと一緒に「ヴェレッド王のバラ」の手入れをするようになった。

 

「このバラは僕と君のバラだからね。ベルがちゃんと愛情を注いでやらないと、枯れてしまうんだ」

「大変! ガロとベルのバラ、枯れちゃ駄目!」


 ガロファーノは、バラを育てることに関して、庭師たちが舌を巻くほどの知識を持っていた。5歳でアシェル伯爵家に来た時には、既に完璧だったのだ。庭師たちは教えを請うた。教えられないこともあるから、そこはごめんね、と言いながら、ガロファーノは丁寧に指導した。子どもだからといって下に見るものは、使用人の中には誰1人いなかった。


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