ヒロイズム(2/13)
仕立屋の手から受け取った光沢入りの白のスカーフが、ベネディクトの手によって私の首に巻きつけられる。間近にある彼の顔を見ないようにしながら、私は聞いた。
「どこに行くの?」
「アンレイジという都市だ。そこに各地の有力者が集まって、自分の自慢と他人の悪態を言い合う会合がある」
いかにも有力者が開きそうな会合だが、ベネディクトは自分の話題にも他人の話題にも興味がないはずだ。ベネディクトが出席したがるとは思えない。
「それ、参加しなきゃいけないの?」
「伝統のある会合らしいのだが、出席率が2割を下回ると罰則が科せられる。——罰則というか、平たく言えば嫌がらせだな。会合に出席している人間達が、権力を総動員して嫌がらせするのが慣例となっている。前回は、私の屋敷にいた研究者達が全員、国外退去させられた」
「……なんなのその会合」
「私の曽祖父が結成した会だからと言って、なかなか抜けさせてもらえないんだ。馬鹿馬鹿しいが、次の会合に参加しなければ、出席率が18%になってしまうからな。あんなことを百年も前から続けていることを考えると、つくづく人間と言うのは変わった生き物だな」
ベネディクトに言われたくはないだろうが、確かにつくづく人間というのは変わった生き物である。そう考えながらも、私は首をかしげる。
「でも、どうして私も一緒なの」
「いきたくないのか?」
「そういうわけじゃないけど」
外に出られる機会が貴重なことは間違いない。本当ならば、一も二もなく飛びつきたいところだが、毒が盛られた事件から片時も私から離れようとしない彼の様子を見ていると、首を傾げざるを得なかった。最初はお互いの体調が悪かったからと思っていたが、体調が戻った今でも彼は寝るときまで鎖を手放さないのだ。お陰で——ソファに寝るのは不憫に思ったのだろう——ベネディクトの部屋にはもう一つ、ベネディクトが使う寝台とは逆側の隅に寝台が運び込まれている。寝づらいことこの上ない。
「最近は何かと物騒だろう」
「ベネディクトの周りは、でしょ?」
外の世界ではベネディクトに関する不穏な噂——彼が王女との結婚や王族としての立場を望んでいるという噂——が流れているらしいし、先日は二人揃って毒殺されそうになった。それなのに、全員が辞職した執事に引き続き、彼の命を守るはずの護衛も現在進行形で減っていっているのだ。ベネディクトに聞いても理由は分からないらしい。
「何かあったときに、私を盾にでもする気?」
「盾にするなら、もう少し肉厚な人間を選ぶ。レインの薄い体などを盾にしても、簡単に剣が貫通するだろう」
ベネディクトはそういうと、私の手首を繋いでいる鎖の端を、ぐるぐると自身の手首に巻きつけながら歩き出した。部屋を出て行こうとする彼に引っ張られる形で、私も仕方なく部屋を出る。彼は廊下を歩きながら、窓の外を見下ろした。 そして、ついでのように口にする。
「実を言えば、嫌われているのは私だけではないからな」
「え?」
言葉の意味が分からず、私は彼の後姿に問いかける。彼は振り返らないまま、言葉をつづけた。
「最近、雨が少ないだろう。その影響で、付近の農村では作物が不作だ。このまま雨が降らなければ、通常の半分も収穫できないだろうな」
「それが?」
「雨が降らない原因は何だと思う?」
そんなことを聞かれても困る。雨が降ったり降らなかったりすることの原因なんて、科学者でもあるまいし、私に分かるわけがないではないか。私が無言を答えにしていると、彼は肩をすくめて言った。
「農民たちは、この不作は私が魔女を買って連れてきているせいだと思っているのだそうだ」
「……は?」
「この辺りの土地の人間は、もともと魔女のことを不吉の塊とでも思っているらしい。魔女が呪術を使っているとでも思っているのか、魔女の存在自体が神の怒りにでも触れると思っているのかは知らないがな。おかげで、私もレインも平民達にえらく嫌われているらしいぞ」
淡々と告げられたベネディクトの言葉に、私は言葉をなくした。
魔女に関して、人々の思い込みは激しい。魔女を不老不死だと思っている人間もいれば、魔法を使えたり災厄を運んできたりすると本気で信じている人間もいる。身に覚えの無い中傷を受けたことも、一度や二度ではない。ベネディクトの言っていることも、十分にありうる話ではあるのだ。
だが、ベネディクトは意外な言葉を口にする。
「もっとも、地元の人間のそんな感情をあおっている人物は別にいるようだがな」
「煽っている人物?」
「魔女についての悪印象は初めからあったようだが、具体的に魔女に関する不吉な噂を吹き込んで広めているのは貴族側の人間みたいだな。私を嫌わせることで周囲の民から孤立させようとしたのか、私にレインを手放させようとしたのかは、よく分からないが」
彼はそういうと、玄関を開けた。庭には馬車やら護衛やらがずらりと並んでいる。私は彼らに頭を下げられながら、馬車へと向かった。こうして鎖に繋がれたまま外に出ることに、複雑な思いが無かったわけではない。私のことを嫌っているという平民たちや、ベネディクトを嫌っているという貴族達が何かしてこないかと考えると、怖いと思う気持ちもないわけではない。——が。
久しぶりに外に出られた喜びの方が勝って、そんな場合ではないと分かっていても心が躍った。
青い空に眩しい太陽。物騒な世の中ではあるらしいが、相変わらず世界は美しい。




