ヒロイズム(1/13)
アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物か。
そう尋ねられてもソフィアは非常に困る。
もちろん、人によっては「大金持ちだ」表現したり、「信じられないくらいの美男子だ」と言ったり「人前に姿を現さない変人だ」と評したりするかもしれない。
確かに彼はばら撒くほどお金を持っているし、舞踏会に出れば男女問わず周囲の視線を独占するほどの美男子である。権力にも社交界にも興味がなく、ほとんど人前に姿を現さないのも事実である。また、人前に姿を現そうと現すまいが変人であることも間違いない。——が、所詮それらは彼の一面を切り取ったに過ぎない。 言語などでアルフレド・ベネディクト・ベラスコを現そうというのが無理な話なのだ。どれだけ言葉を重ねようと、どれも彼という人間のほんの一部でしかない。
結局のところ、誰が何を言おうと彼は彼でしかないし、誰が何を言おうと彼がそれに左右されることはない。彼を評すること自体、馬鹿げたことでしかないと言われれば、何の反論も出来ないだろう。
だが、それでも皆が彼のことを語るのは、誰もが彼に興味があるからだ。魅力を感じているにせよ、反発を感じているにせよ、崇拝しているにせよ、憎悪しているにせよ、彼に出会ってしまった人間は、彼に囚われてしまうことになる。アルフレド・ベネディクト・ベラスコとはどのような人物であるのか——答えの出ないその問いを、問いかけ続けるのだ。
私もそうして囚われた者の一人である。
人間に囚われた哀れな魔女の宿命として、せめて最後まで彼の物語を見届けようではないか。
***
「出かけるぞ」
ベネディクトの言葉に、私はまず驚き、それから警戒した。
この屋敷に来てからというもの、私が彼と一緒にどこかへ出かけたことなど一度も無い。そもそも、彼はよっぽど大事な用件でもない限り——それこそ斬首刑にするとでもいわれない限り——屋敷を一歩もでたくない人間であるし、たまに出かけたとしても私を屋敷に繋いだままなのだ。
そんな彼が「出かけるぞ」。
そんな台詞を聞いたのは、これまでの生活で一度だけだった。他でもない、ベネディクトが、二人で教会に行き婚礼の儀を行うなどというふざけた事を言い出したときだけだ。私は盛大に顔を顰めてみせる。
「教会なら行かないわよ」
私の言葉に、ベネディクトは小首を傾げた。
彼は三名の仕立屋に作らせた服を試着しているところだった。今は、白いシャツにグレーのスラックスを合わせ、濃紺色のスカーフを首に巻いている。仕立屋はそれぞれ彼の後ろに控え、しきりにコーディネートの仕方やら自分の作った服の良さやらを訴えていたが、ベネディクトの耳にそれが届いているかは甚だ疑問であった。彼は、プロの見立てよりも、常に自分の感覚を優先する。
別に中央教会に行く予定は無かったが、と言いながらスカーフを外すと、彼は大きな鏡越しに私と目を合わせた。
「つくづく理解が出来ないのだが、私と結婚することの何が不服なんだ?」
「なにって」
どうしてそんなことを真顔で聞けるのだろう。
だいたい、私は彼に口説かれた覚えも、告白された覚えも、ましてやプロポーズされた覚えなど全く無いのだ。その辺を全てすっとばして、教会で儀式をすると言われても、承知できるはずがない。
すっ飛ばされなかったら頷くかといえば——それはまた別の話ではないだろうか。何と返したものかと逡巡している私の顔を見て、彼はやはり真顔で首を捻る。
「結婚の条件は、金、それから容姿と知性だろう。他に何が必要だ?」
「他って……どこから出てきたの、その条件」
「私に求婚する人間が腐るほどいるということは、私が世間一般に言う結婚の条件を満たしているということだからな」
世間一般という言葉がこれほど似合わない人もいない。
だが確かに、ベネディクトに求婚する人々が考える結婚の条件には、金が一番にあがるのだろう。他にあがるものがあるとしても、抜群の容姿や、賢すぎるほどに賢い知能くらいではないだろうか。性格とか、優しさとか、普通の感覚とか、そうしたものが条件に入っていれば、間違ってもベネディクトは選ばないはずだ。
彼は、くるりと振り返ると、ガラスのように透明な青い瞳を私に向けた。
「だから、まさか私から求婚をして断られるとは思っていなかったんだが」
「何よいきなり。私のこと?」
「当たり前だろう。せっかく、結婚をするために魔女を買ったのに」
「は?」
彼の口から出た言葉に、思わず私はぽかんと口をあけた。
意味が分からずに沈黙したが、しばらくして固まった頭が何とか彼の言葉を飲み込んだ。彼の場合、「結婚をする」というのは「他の人間からの結婚を断る」ということとほとんどイコールらしい。つまり彼は、うるさい周囲を黙らせるために、本当に結婚をしてやろうと思ったのだ。 それも、通常の人間ならばまず選ばない、魔女を選んで。
「偽装結婚するためにわざわざ私を買ったの? 五千も出して!?」
「もともと、魔女には興味があったからな。近くで観察したいというのももちろんあったし、何より人間から相手を選ぶと色々と厄介だ。選ばれなかった人間達はどうして自分ではないのだと訴えるだろうし、選んだ人間の結婚相手の身内だの親族だのに煩わされるのも面倒だろう」
「それはそうかもしれないけど」
「その点、金を出して買った魔女ならそのあたりの駆け引きは必要ないからな。魔女と娘を比較する人間もそうはいない。一石二鳥だ」
「……ねえ、そこに愛とか恋とか要らないわけ」
無駄だと思いながらも聞いてみる。ベネディクトに「愛」などという言葉が似合わないのは百も承知であるが、あまりにも愛のない台詞ではないだろうか。彼は私の言葉に、奇妙な顔をした。
「結婚など、形だけのものだろう。条件さえ揃えば誰でも良い。気に食わなければ変えれば良いし、愛や恋がしたいのなら別でやれば良い。——少なくとも、私に求婚した人間達はそう考えていると思うが」
それはそうかもしれない、と思う。
彼らに重要なのは、まずは金なのだろう。だが、決してそれだけではないはずだ。ベネディクトの言いようのない魅力に取りつかれている人間も多くいるに違いない。少なくとも彼のことをずっと想い続けている王女には、ベネディクトの財産は必要ないはずなのだ。
彼は着ていたジャケットを脱いで一人の仕立屋に突き出すと、もう一人の仕立屋が持っていた細身のジャケットを着る。黒の布にグレーのストライプが入ったそれは、決して派手なものではなかったが、ベネディクトが着るとぐっと華やかになった。黒地には、ライトに照らされればきらきらに輝く金髪や、透き通るような白い肌が良く映える。
私が黙っていると、彼は何を思ったのか意外な言葉を続けた。
「とはいえ、私はレインのことが嫌いじゃない」
「は?」
「結婚は形だけだが、誰かとずっと一緒にいなければならないのなら、レインが良いと思っているのだが」
さらりと言われた言葉に、どくんと心臓が跳ね上がった。
いきなり何を言い出すのだろう。口説かれているのではないかと思って私は赤面したが、ベネディクトの口からその言葉の続きが出てくることはなかった。彼は鏡の前で何度か体勢を変えて出来栄えを確かめるようにすると、壁に繋がれていた銀色の鎖を外した。振り返ったときに見えた彼の瞳にどきりとしたが、彼の視線はすぐに私の顔から外れる。彼は私の格好を上から下まで見下ろした。
「レインの服はこれで良いか。出かけるぞ」




