サバイバリズム(2/2)
目を覚ますと、白い天井が広がっていた。
体は重いし頭は痛いし気分は悪いし、とにかく最悪としか言いようのない気分だったが、ひとまず生きてはいるらしい。それにまず安堵し、普段の五倍は重く感じる腕を持ち上げる。いつもよりも白く見える手の甲をなんとなく眺めてから、寝返りをうった。
「きゃぁ!」
右を向くなり、すぐ横にあった顔に驚いて声を上げる。
起きたばかりというのに、自分でも思った以上に大きな声が出て、頭と喉が鋭く痛んだ。その衝撃に思いきり顔を顰めながら、改めて目の前の人物を見る。同じ寝台。すぐ隣に寝ているのは——顔の上半分を掌で隠すようにしているが、見間違えるはずもない——ベネディクトである。彼は瞳を隠しているため、寝ているのか起きているのか分からなかったのだが、とにかく叫んだ。
「な、な、なにやってるの!?」
「寝ていた。というか今、誰かの奇声に起こされた」
「……じゃなくて、ここで何やってるのよ!」
そう言いながらも、私は寝台から離れようと重たい体を起こした——が、急激な運動に体がついてこなかった。貧血を起こしたのか、そこでぐるりと世界が回り、途端にベッドの端から落下しそうになる。何とかシーツを掴んで頭からの転落は免れたが、結局、ずり落ちたシーツと一緒にぽとりと床に落下した。痛い。
普通は心配すると思うのだが、聞こえてきたのは力の無い笑い声だった。
「さすが魔女は体のつくりが違うな。病み上がりだと言うのに元気だ」
「元気じゃないから落ちたんでしょ」
体を起こす気配も無いベネディクトに向けて、床に落ちたシーツにくるまったまま口を尖らせる。だいたい、どうして同じベッドに寝ているのだ。そう考えて、私は部屋の中を見回す。ここはベネディクトの寝室の一つである「日当たりの悪い部屋」である。
「なんで私はここに寝かされてるの?」
「医者も、二人を別々の部屋で看病するのは手間だろう」
「そんな理由!?」
「護衛も、二人を別々に護衛するのは手間がかかる」
そう言ったベネディクトに、私は深く息を吐いた。
とにかく、一緒の部屋にいることで手間が省けると言いたいのだろう。そして、この部屋にベッドは一つしかない。床に寝かされなかっただけマシだと言うことか。——よほど私のことを女として見ていないのか、なんなのか。
私はふらつく体を支えて、何とか立ち上がる。手首につけられていた黒金色の鎖がじゃらりと音を立て、宙にたわんだ。ベッドの中に消えている鎖の他端を見下ろし、私はおもむろに鎖をひっぱった。
「痛い」
「……なにしてるの」
私が鎖を引っ張ると、ベネディクトの体がずるりと動いた。彼は抗議するような目で私を見上げると、シーツの中から腕を取り出す。そこには私と同じように鎖で繋がれた左手首があった。
「屋敷も何かと物騒だからな」
「だからって、あなたと私を鎖で繋ぐ意味があるの?」
彼は何も言わずに、ひっぱられて移動した分だけ元に戻った。
そういえば、物騒と言えば、私とベネディクトに出された料理の中に毒が入っていたと言っていなかったか。私は毒を盛られたせいで倒れたのだろうか。
「そういえば、毒って……? どうして、料理に毒が?」
「十分に致死量の毒草が入っていたらしいから、当然、私たちを殺すつもりだったんだろうな。だが、魔女が人間よりも丈夫だと言う話は、どうやら本当らしい。残念ながら、魔女に対する致死量には足らなかったようだな」
「いったい、誰がそんなことを?」
「最近入った使用人の一人だ。まあ、私が狙われるのはさほど珍しいことではないからな。命を狙われる理由など、腐るほどある」
そんなもの、腐るほどあったら困る。
「普通は執事が料理人たちを監視して、毒味をする。執事が毒を入れないかは使用人たちが監視して、使用人たちが毒を入れないかは執事が同行して監視する——父の代からそんな役割になっていたようだが、そういえば、執事は全員辞めてしまったな」
だから毒が盛られたのか、とベネディクトは納得するように言った。そんな重要なことにどうして気づかないのだろう。そう言い返そうとしたが、ベネディクトの唇に血色が無いことに気づいて、私はベッドに両手を付いた。
「ベネディクトの体調は大丈夫なの?」
「体調は悪いに決まっている。スープには一口しか口をつけていないが、それでも目眩はするな」
ベネディクトはそういうと、また起きたときと同じように額に手を当てた。
確かに、ベネディクトも同じスープを食べた。美味しくないといって一口しか食べなかったが——私はぜんぜん気がつかなかったが、美味しくないというのは毒草の味がするということだったのだろうか?——それでも私と同じように体調を崩してもおかしくない。だいたい、そうでなくても人間は体が弱いし、その中でもベネディクトは格段に弱い部類に入る。
「大丈夫なの?」
「メーヴィスほどひどくは無いが、まだ立ち上がる気にはなれないな。だが、メーヴィスも、医者からはあと数日は寝ているようにと言われていたぞ」
それはそうなのだろう。さっきから立っているだけで足元がふらついているし、頭痛もまだやんでいない。どれくらい寝ていたかは分からないが、食欲なんて全く無い。——が、ベッドにはベネディクトが寝ているし、部屋に帰ろうにも私の鎖は彼の手首に繋がれている。どうしろと言うのだ。
「それなら、鎖を外してよ」
「どうしてだ?」
「どうしてって……ここで寝ろって言うわけ?」
「何か問題か? お互いが邪魔になるほど狭いベッドではないはずだが」
「問題に決まってるじゃない!」
私がそう主張すると、ベネディクトは不思議そうに見上げてきた。
「私に抱かれることを危惧しているのなら、心配は要らない。今は気分が悪くて、とうていそんな気分になれそうもない」
なんてことを言うんだ。
声を失ってしまった私を見ても、ベネディクトは特に問題のある発言をしたという自覚はないらしい。しばらく首を傾げていたが、やがて興味を失ったように視線を外すと、そのまま瞼を閉じた。眠ってしまう気だろうか。ぴくりとも動かなくなった彼を見下ろして、私はため息を付いた。
何にせよ、鎖を外すつもりも寝台を移動させるつもりもないらしい。私は床に落ちていたシーツを拾い上げると、二人がけのソファに横になった。狭いだけで寝心地は悪くないし、体がつらいせいかすぐに眠れそうだ。
「そちらのソファの方がよっぽど寝づらいのではないか?」
しばらくしてからベネディクトの声が聞こえたが、彼の横よりも熟睡出来るのは間違いない。私は重たい頭を柔らかなソファに押し付けるようにして、もうしばらく眠ることにした。
長い物語にお付き合いいただきありがとうございます。ようやく次のヒロイズムで完結となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。




