#36
翌日、更に霧が濃くなってきた中、俺たちはひたすら目的地を目指して歩き続けた。
視界は昨日より狭く、襲ってくる怪物もどんどん強大になってくる。しかしそれでも、俺たちは昨日までよりはるかに安定して、安全に歩みを進めることができた。
それはひとえに、リュネットとグローリアの戦い方の変化にあった。
昨日までは我先にと競い合うように怪物を倒していた二人だったが、今日はやたらと連携が取れているというか、互いの動きを補うような戦術を駆使して、恐ろしい敵を実に危なげなく、確実に倒している。
特に会話があるわけでもなく、そもそも意思疎通すら取れているのか怪しい。あくまで効率を重視した結果として連携が発生しているように見えるだけかもしれないが、おかげで俺の出番は全くと言っていいほど回って来なかった。
「ねえピエトロ……僕たちが向かってる場所ってひょっとして……」
「……やっぱお前もそう思う?」
「ん? なんだキミたち、何か心当たりでもあるのかね?」
俺とピエトロが顔を見合わせていると、怪物の血で濡れたハルバードの刃先を葉っぱで拭っていたグローリアが口を挟んできた。
「いやまあ、この霧で正確にどっちに進んでるかわからないから何とも言えないんだけど、もしかしたら俺たち『旧聖都』の近くに来てるんじゃないかって思って」
「旧聖都? 何それ?」
俺も地図上の場所をおぼろげに知っているくらいで詳しいことは何もわからないが、代わりにディーノが知っていたことを教えてくれる。
「旧聖都は、現在のノストラ=ルーチェ教会の前身となる旧教会の総本山のあった場所と言われています。今では禁じられている様々な力……詳しいことは機密になっていて僕も見ることができなかったんですが、それを使って西大陸全体を支配していたそうです」
「ほー、西大陸全体をねぇ」
「ですが、西大陸の文明が崩壊して、魔境化する引き金が引かれたのもその旧聖都なんだそうです。そのせいかどうかはわかりませんけど、基本的に旧聖都に近づけば近づくほど危険、という説が濃厚でして……」
言われてみれば、確かに進めば進むほど怪物が強力になっているのは間違いない。
しかし、それだけの危険地帯の真っ只中にいるにも関わらず、全くといっていいほど恐怖や不安といった感情が芽生えて来ないのは、間違いなくリュネットとグローリアが謎のコンビネーションを発揮しているせいだろう。少なくとも魔境の怪物より、この二人を敵に回すことを想像する方がよっぽど恐ろしい。
「一説によると、当時の聖都は人工的に作り出した強力な存在が守護していたと言われていて……」
「ん? それってアストラルガードのことじゃないのか? だとしたら、五百年以上も経ってればさすがにもう死んでるだろうけど……死んでるよな?」
俺がそう首を傾げると、先を歩いていたリュネットが前を向いたまま答える。
「原理的には、おそらくアストラルガードの儀式によって寿命が延びるということは無いはずです。むしろ、力を酷使すれば寿命が縮まる可能性が高いです」
「ってことは、さすがに行った先で昔のアストラルガードが待ち受けてる可能性は無いってことか」
少し安心したところで辺りを見回すと、魔境に足を踏み入れたばかりの頃と比べて、明らかに人間の手が加わった跡が多くなっている。石畳の道も広くなっているおかげで、霧が濃くなった割には歩きやすくなっており、樹海探索というよりは遺跡探索に近い様相を呈している。
あちこち見て回りたい欲求を抑え、俺はリュネットが目指す方向に黙々と付いて行く。
それから半日ほど歩き続けると、突然、周囲の景色が大きく変化した。
少なくなったとはいえそれなりに生い茂っていた樹木が消え失せ、石畳の整えられた地面が大きく広がる。
さらに進むと、何層もの石壁が行く手を阻むが、大半が崩れているため前に進むのに支障はない。
「リュネット、もしかして目的地はこのあたりなのか?」
「はい。ここから歩いて一時間かからないくらいだと思います」
「ようやくか……」
正直に言うと、おそらく濃い霧を吸い過ぎたせいだと思うが、今日に入ってから身体のあちこちが鈍く痛み始めてきている。これ以上濃い霧の中に長時間いるとそろそろ危険かもしれない、と思い始めていたところなので、もうすぐ目的地に辿り着くというのは非常にありがたい。
「リュネットは平気なのか? その、身体とか」
「誰かさんに思いっきり見られてしまった以外は平気です。……と言いたいところですが、頭痛と吐き気が結構酷いです。いざとなれば魔法で感覚を麻痺させる手がありますので、ここで仕事を終えてウエストエンドに戻るくらいまでは大丈夫でしょう」
そういえば、ここからまた同じ距離を戻らなければならないということを失念していた。
それにしても、俺はいつまで昨日の風呂の事件についてこんな風に言われ続けなければならないのか? あれは全くの不可抗力だと何度も言っているのに――まあ、危うく心の傷を取り返しのつかない形で抉り返すような事態になりかねなかった状況から、こんな冗談を言えるくらいまでリュネットが立ち直れたというのは、素直に喜ぶべきことなのだが。
「ここはやはり旧聖都なのでしょうか……さすがに怪物の影は見当たらないようですね」
「まあ、あの怪物どもだって野生の獣なんだし、こんなところに住みたいとは思わないだろうねぇ。と、こういう時こそ気を引き締めて行かないと」
そんな会話を繰り広げながら、俺たちは目的地まで最後のひと踏ん張りとばかりに歩みを進める。




