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#34

 そんなわけで――

 リュネットとグローリアが入浴している間、俺とディーノが神聖術で辺りを照らしつつ周囲も見張ることになったのだが、当然のことながら会話は丸聞こえだし、ちょっと振り返れば二人の入浴姿が――といっても肩から上だけだが――見えてしまうというこの状況で、まともに見張りなどできるわけがない。

 俺は悶々としながらも、嫌でも聞こえてしまう会話を聞きながら、とりあえず周囲を見張るポーズだけは取り続けることにした。

「いやー、こんな森の中に露天風呂を作っちまうなんて、やっぱり魔法の力はすごいねぇ」

「草木を焼き払って、地面を陥没させて、陥没面を石化させて、水を発生させて、加熱してお湯にして……結構な大仕事でした」

「そこまでして……って、そういや魔境に渡る前もやたらと風呂にこだわってたね。それってやっぱり、その火傷と関係あるのかい?」

「それも大きな理由の一つです。常に清潔にしていないと、下手に掻いたりすると出血したりして大変なんです。宿の風呂では幻覚魔法で火傷や痣を隠していましたが、魔法を維持し続けながらだといまいち疲れが取れなくて……」

「あー、リュネットほどの使い手でもやっぱりそうなんだ」

「でも?」

「あたしね、最初は魔法使いを目指してたんだ」

「魔法使いを? 騎士とはある意味正反対のような気がしますが」

「同じことだよ。生き延びるための力、あいつに脅えなくて済むように、あいつを圧倒できる力、って意味ではね」

「……何か訳ありみたいですが、話しにくいことなら別に」

「いいや聞いてもらう! あたしだけ一方的にキミのあんな暗い過去話を聞かされるなんて不公平だ!」

「まあ構いませんけど……ピエトロとディーノにも聞こえてしまいますよ?」

「あいつら思春期の男の子だよ? この状況で会話の内容なんてまともに耳に入ってるわけないから大丈夫大丈夫」

 ……あながち否定できないのが悔しいが、そんなことを言われたら逆に意地でもしっかり聞いて記憶してやろう、などと思ってしまう。

「まあ割とよくある話なんだけどね。小さい頃に父親が死んで、といっても顔も覚えてないくらいに小さい頃だったんだけど、母親の再婚相手が結構大きめの商家でね。その再婚相手があたしのことを……ってやつだよ」

「えーと、嫌われて爪弾きにされていた、とかですか?」

「残念、完全に逆なんだなこれが。それも割と最悪な方向に」

 リュネットの口調は相変わらず気楽な感じだったが、さすがに衝撃を受けたらしいリュネットが息を呑む音が聞こえてきた。

「で、あたしは逃げ出したってわけ。ところがあの男、単にあたしにご執心ってのもあったけど、それ以上にあたしに逃げられたことで商売上の信用に大きな傷が付いちゃったらしくてさ。商会の力を駆使してあらゆるルートから追っ手がかかって、あたしも必死に逃げ隠れするしかなくなっちゃって」

「よく逃げ切れましたね……」

「ほんとにね。当時あたしは十一歳で、背はその頃から高かったから年上に見られたりしたけど、温室育ちのひょろっとした小娘だったからね。生きるためにいろんなことをやったなぁ……身体だけはどうしても売れなかったけどね」

 グローリアが大きく動いたのだろう、ざっぱーん、と飛沫の上がる音が響き渡る。

「だけど、いつまでも逃げ続けてばっかの生活はどうしても嫌だったんだ。でも、あの男は商いの世界じゃかなりの実力者で、国境の一つ二つは越えて影響を及ぼせるくらいにヤバい奴だったからね、単に遠くに逃げるだけじゃ十分じゃなかったんだ」

「私はあまり商売の世界は詳しくないので……大きな商会といえば、それこそ誰でも知ってるようなところしか知らないですね。レミング商会、ストライフ商会、バハーリア商会……」

「二番目が正解だよ。ちなみにレベッカ・ストライフってのが法的なあたしの本名ね。これ名乗るの八年ぶりだなぁ」

 リュネットの言った通り、ストライフ商会はそれこそ名前くらいは誰でも知っている。もちろん俺でも知っている。そんな商会の手の届かないような場所など、それこそ言葉も通じないほど遠くの国にでも行かない限り存在しないだろう――もしくは、今俺たちのいる魔境くらいか。

「でも、そんな巨大商会のトップにも弱点はあった。一つは騎士で、もう一つは一流の魔法使い。そういう相手には、あの男は昔からひたすら機嫌を損ねないように、ひたすらへこへこ媚びへつらってたんだよ」

「……確かにいかに大商人といえども、騎士や魔法使いを相手に権勢を振るうのは難しいでしょうね」

 これまたリュネットの言う通りだ。騎士は商人相手であれば合法的に無礼討ちができることになっているし、魔法使いと諍いを起こした挙句に“行方不明になった”豪商の数は、過去十年間に絞っても両手の指では数えきれないだろう。

「それに、あたしを追ってくるような奴は、基本的に善意で動いているような連中ばかりなんだよ。親に心配をかける放蕩娘を連れ戻して和解の手助けをしてあげる、みたいな美しい仕事だと思ってやがるんだ」

「なるほど……その程度の薄っぺらな善意では、人生破滅の危険を冒してまで騎士や魔法使いに喧嘩を売れるはずがありませんね」

「そういうこと。それであたしは、最初は魔法使いを目指したんだよ。ところが困ったことに、身元を隠して魔法が学べるような場所なんてほとんど見つからなかったんだよね」

「そうですね……私の場合も、後見人がいなければ魔法学院には入れなかったと思います」

「で、仕方がないから本を買って独学で頑張ってみたけど、もうちんぷんかんぷんでさ。あたしってこんなに頭悪かったっけって本気で絶望したよ。何とか当てずっぽうでやってみようとして、派手に暴発させて三回は死にかけた」

「……どこから突っ込んだらいいんでしょうか」


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