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#33

 突然の大爆笑に、俺とリュネットはぎょっとしてそちらに視線を向けた。

 すると、いつの間にそこにいたのか、というほど近くで、グローリアがものすごい表情で笑っていた。おそらくあの巨大トカゲの返り血と思われるどす黒い液体を浴びて笑うその姿は、もはや壮絶としか言いようがない。

 その隣では、ディーノがリュネットに背を向けて縮こまっている。

「す、すみません、盗み聞きする気も覗き見する気もなかったんですが、その、全然気づいてくれないし、声をかけるタイミングもわからなくて……」

「なるほどねぇ! 子供の頃の罪悪感が、キミをそこまで必死にさせてるわけだ! あっはっはっはっはっはっはっは!」

「ちょ、ちょっとグローリアさん! そこ笑うところじゃないでしょう!」

 ディーノが必死に窘めるが、グローリアは全く耳を貸そうとしない。

 一方で、リュネットはまさに“この世の終わり”といったような表情で、呆然とその場に座り込んでいる。

「大量虐殺犯として火あぶり! 今時火あぶりって! どんだけなんだよ! ぶはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「何てこと言うんですか! グローリアさんがリュネットさんのことを好きじゃないのは知っていますけど、だからっていくらなんでもこれはないでしょう!」

 というディーノの反応は、ある意味まっとうな反応だろう。リュネットは既に目の焦点が合っていないが、よりによって一番知られたくないであろう相手に知られた上に大爆笑までされているのだから、こうなってしまうのも無理はない。

 しかし一つ確信できることがある。ディーノもリュネットも、グローリアという人間の本質を全く知らない。知らないからこそこんな常識的な反応をしてしまうのだ。

 グローリアはひとしきり爆笑した後、くるりとリュネットに背を向けた。

「というわけで、あたしは行かせてもらうよ」

「ど、どこに行くっていうんですか!?」

「この状況でどこに行くかだって? 決まってるじゃないか」

 ディーノの問いに、グローリアは笑顔を――恐ろしいほどに爽やかな笑顔を浮かべて答えた。

「その村の連中を今から皆殺しにしに行くんだよ」

「うりゃっ!」

 事前にこっそり先回りしていた俺は、ここぞとばかりにグローリアに薬玉を投げつける。薬玉は狙い通りグローリアの胸当てに当たって破裂し、辺りに白い粉を煙のように撒き散らす。

「げほっ、げほっ、げほっ、おいピエトロ、一体何のつもり……」

 そこまで言いかけたところで、グローリアの身体から力が抜けて、がっくりと膝をつく。

「いやまあ、あんたが言いそうなことが予想できたから、ちょっと頭を冷やしてもらおうと思ってな」

 今投げた薬は一種の鎮静剤のようなもので、普通なら咳き込むほどに吸えば意識を失っても不思議じゃない代物だが、それでも膝をつく程度で済んでいるというのは、よほどの度を越えた怒りで興奮が頂点に達していたのだろう。

 一体何が起きているのか理解できず、揃って目を丸くしているディーノとリュネットに向かって説明する。

「グローリアは、歪んだ正義が何より許せない主義なんだよ。特に、抵抗できない相手を一方的に犯人に仕立て上げて私刑にかけるみたいな、いわゆる魔女狩り的なやつなんかは最高に最悪だ。それこそブチ切れて何しでかすかわからないくらいにな」

「どうしてピエトロはあたしの邪魔をするんだ? 教会はあの手の蛮行を放っておくつもりなのか?」

 鎮静剤が効いているとはとても思えないほどの殺気を、グローリアは笑顔で放ちながら俺に訊ねてくる。

 しかし、教会を持ち出されると答えに困る。もちろん、教会の戒律はその手の私刑を一切認めていないが、それで実際に被疑者が殺されたとか本人による告発があったとかでもない限り、積極的に異端審問官が動く案件でもないし、そうだったとしても最初にすることは司法権を持つ領主に適切な対応を促すことくらいだ。

「よく落ち着いて考えろよ。あんたがやろうとしていることは、結局その村の連中がやろうとした私刑と同じことだろ? 許せないのはわかるけど、連中と同じレベルにまで落ちてどうするんだよ」

「だったら……だったらピエトロは、そいつらがのうのうと生きていて構わないとでも言うつもりなのかい? 一人放り出されたリュネットがいまだに苦しんでるっていうのに?」

「それは……」

「あの村には、もう誰も住んでいません」

 リュネットがかすれた声で呟く。

「私が魔法学院の初等科を卒業して高等科に入学した時、そのことを書いて手紙に送ったんです。そうしたら、その一か月後には全員が村を捨てて逃げてしまったそうです」

 思わず唖然とする俺たちに向かって、リュネットはわずかにではあるが微笑んで見せてきた。

「だから、今からグローリアさんが行ってももぬけの殻ですので、血なまぐさい虐殺劇とか起きたりしないので安心して下さい」

「うわぁ……自分たちで処刑しようとしておいて、相手が力を手に入れたとわかったらビビって逃げるとか……うわぁ……」

 グローリアが本気で引いているが、この様子ならとりあえず鎮静剤が切れても再び飛び出して行くようなことは無いだろう。

 俺がほっと一息ついたところで、グローリアは思わぬことを言い出した。

「ところでリュネット。あたしはまだキミのことを許してはいないよ」

「……もしかして、最初に会った時に魔法をかけたことをいまだに根に持っているのですか?」

「キミは一体あたしのことをどれだけ陰険な奴だと思ってるんだ……そうじゃなくて! キミは確か、目的地を探知するとか何とか言って出て来たんじゃなかったかな?」

 グローリアの指摘に、リュネットの言葉と動きが止まる。

「それがどうして、こんなところでのんびり露天風呂になんか入っちゃってるのかな? ん?」

「……それは、その」

「あたしも入らせろ!」

 まさかのグローリアの一言に、リュネットは目をこぼれんばかりに見開いた。隣では何を想像したのかディーノがいきなり卒倒してしまったので、慌てて俺が身体を受け止める。

「トカゲの返り血は浴びるし、斜面を滑り落ちて泥だらけになるし、なんか変な粉まで振りかけられるし! そんなあたしを差し置いてのうのうと一人で風呂に入るなんて許さん! そこで待ってろ!」

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