不治の病
「なぁ教えてくれよ。俺のどこに問題があったんだ?」
「そんな事聞かれても……」
「確かにかなり無鉄砲で図々しかったが、たったそれだけでこれなのか?」
健十郎と大差ないから、確信はないけど俺的には許容範囲内だと思う……。
「もっと真面目に、思いやりのある人になるから、命だけは取らないでくれよ」
俺に命乞いされても、施しようがないんだよ……。
「よしよし」
俺はつい抱きしめ、背中を撫でてしまった。
「何してんだよ」
「えっ? 何って…、あやす…みたいな……」
顔を上げずに怒ってくるが、突き放したりはしてこない。
脈絡なく、逆に抱きつかれた。それもコレでもかという程全力で。
俺の喉に哲さんの肩が食い込み、更には胸を圧迫され呼吸困難に陥る。
「く、苦しい……」
「僕だけだなんて許せない……1人じゃ寂しい……」
俺の声は届かず、何故か首元に手が当てられ、締められる。
窒息する。殺される!?
片手で藻掻いても全く歯がたたない。
「俺の人生はもう終わったんだ。一緒に楽になろうぜ」
巻き添えなんてゴメンだ。弱点……何か弱点を探さなければ。
必死の余り、男の大事な所を蹴りあげてしまった。
哲さんは悶え苦しみ、そのおかげで苦しみから開放される。
溺れるのとは違った意味で苦しかった……。
「し、死ぬなら1人で勝手に死んでよ」
咄嗟の事で、考えていなかったはずの言葉が出てしまった。
殺されても恨まないとか抜かしておいてこの様だ。酷く自分が嫌いになる。
「それがお前の本性か」
しまったと思ったのも束の間、僅かながらも怒りが込み上げ始める。
「生きたいと思う事の何が間違ってるっていうの?」
「そしてこれが俺の胸の内だ。誰かに救いを求めてみても、もう届かない」
気の抜けた声に、それ以上怒る気力は起きなかった。
そもそも希望なんて最初から無かったんだから、もうこれが普通なんじゃないかな。
そう思えば、一瞬一瞬に幸せは未だ残っているように見えてくるよね?
「俺は戻るよ。哲さん“達”も早めに戻ってきてね」
項垂れる哲さんを置き去りにして撤収を始める。
「この事は健には絶対に……」
「言わないから」
先に言っておこう。
「後々健十郎に言われるのもあれだから、ちゃんと自分で言ってよ?」
「……あぁ」
本当に分かってるんだか……。
山を滑り降り、広間から外へ出ると雨が吹き付けてきた。
「だから行くべきじゃないって言ったのに」
門の時と同じで、出口からは見えない位置で入口に立っていた。
「こうなるって分かってたの?」
「仲が悪くなる気はしてたかな」
「それって殆ど分かってないよね」
「でも外れていないよ?」
「結果論だから」
「それでも直感は大事。生き残るには因果関係よりも、速度と結果が必要」
「ふーん、あっそう」
どうでもいいや。早く帰らないと。
「石碑に寄ってかないの?」
「どこにあるって言うんだよ」
「そこだよ」
指差された所は哲さんが泣きじゃくる建物から一番近い、尚且つ一番小さい……穴?だった。
「それは石碑じゃ……」
「階段を降りるとあるよ?」
確かに近づいてみると、地下鉄駅に繋がる階段のようだった。
じめじめと、それに古くてボロボロになっている階段を下りていく。
「真っ暗で何も見えないんだけど」
「ちょっと待ってて」
パッと明るくなった。
「電気があるの!?」
「それが何かはわからないけど、石碑はそこだよ」
狭い部屋に石碑が並んでいる。1つだけ大きさが違う石碑があるな。
「読める……」
文字は壁にも描かれ、所々には絵も添えられている。
下手くそではあるが、図解の如く親切さを出しているのだろうか?
それとも自分たちの文化を伝承しようとした末路だとでも云うのだろうか。
重要そうな1番大きな石碑はシュトレ=ゴイカバール黒碑とタイトル付けられていた。
中東諸国で、核兵器を用いた2回目の戦争が勃発した。
その戦争をきっかけに各地の構成員がテロを起こし、結果として法治国家の大半が無法地帯化、又は自国の軍による制圧を受ける形となる。
それを阻止するために、我々がアッシュール=バニパルの灯台を、占領に成功しているこの島の山頂に設立しようと思う。
第2世代の放射性物質によって守るという、滑稽さでもってだ。
自国領内に設置しないのは、外国だけでなく自国からも隠匿するためだ。
大海上にある島ほど見つけにくい物はない。
この放射能は電磁波をも帯び、妨害的性質が強い。
灯台が稼働した暁には、あらゆる中から高高度飛行が不可能となる計算だ。
島国を守るだけならこれで十分。その他の国には滅んでもらう事となるだろう。
幸い、この放射能を受けて絶命する事はない。
この島で、お国のために未来永劫管理していく事を、ここに宣言する。
地図には太平洋と呼ばれる海のど真ん中にある島が書かれている。
恐らくこの島の事で、現在地も示されている事だから、俺たちが上陸した場所は南波照間半島だとすぐに分かった。
名前が分かった所で大して意味はないが……。
「何か分かったらポクにも教えてよ?」
「まだ何も」
そう、まだ何も分かってないんだ。治療方法が。
巨大石碑にはめぼしいものはなかった。
主に意志表示や前提となる史実が書かれているのみで、その後の事が一切書かれていない。
小さい石碑にはそれぞれ、サブタイトルがあり、その内容が書かれている。
起動、気候変動、孤立、疫病……
「これだ」
『疫病』
原因不明の疫病が、2種類も発生した。
1つは全く違う種へと変遷していく奇病。まるで伝染するように広がりつつある。
もう1つは発作を起こし、苦しさの余りか凶暴になり同胞にすら牙を剥く。
文字通り感染者は牙を剥いてきた。噛まれた者も時間差で発症する悪質な伝染病だ。
襲いまくった後、電池が切れるように昏睡し、程なくして必ず絶命する。
……。
私の体も体毛に覆われ、爪も鋭くなってきた。
研究の結果、いくつかの事実が判明した。
1つは変遷する対象が狼であるという事だ。この放射能では絶命はしないが、全細胞のDNAが放射能を放つ核に含まれるDNAに変更されるものだったらしい。
今回の場合は灯台の中にその原液があったと推察される。
この事実はどうやら国ぐるみで隠していたらしく、私たちは生贄にさせられたのだと今更ながら気付いた。
2つ目は狼への変遷、言語の退化、記憶の改竄と、症状に個体差はあるもののほぼ例外はないと思われる。
現に、山頂には人間は誰1人確認できず、言葉を失った野生の狼で溢れていた。
人間だったかそうでなかったかは見分ける事もできない。
3つ目は灯台に近ければ変化が速いという事。
調査で近づいたために、周囲より早く毛が生えそろっている時点で疑問の余地は少ない。
4つ目は、皮肉な事に狼になってしまえばもう1つの病は発症しないという事だった。
持参した医学書には狂犬病というものが最も近いと思われるが、若干の相違点も見受けられる以上新種の病の可能性は十二分にある。
5つ目は、事実というのは変かもしれないが、病を治す事は現状不可能だという事。
仮にあったとしても開発する環境が全く整っていない。
この点については最早諦めている。
解決策が無い事が判明してしまった……。
「そんなに愕然とするなんて、何か分かった?」
よく見ると、俺のへたり込む姿が石碑に反射いしていた。




