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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
定常台風
86/87

致死率

鬱蒼(うっそう)と茂っているために外からは全く分からなかったが、直進すると遺跡が見えてきた。

以前襲われた場所とは少し違い、王宮?のような大きな建物も見える。

もちろん輝かしさは風化によって微塵もなく、過去の繁栄を示すに留まっている。

舗装されてはいるので比較的歩きやすいが、(こけ)やら()が滑りそうな位大量に繁殖していた。


白や茶色の小さな山があちこちにある。

その内の1つに近づいてみると……生物の骨だった。

瓦礫の山を形成する程積み重なり、一種の墓場と化している。


頭部と思われる頭蓋骨を取り上げてまじまじと見つめる。

一体どれくらい昔のものなのだろう?

(もろ)くなっており、既に綺麗な白さは失われていた。

「人間のじゃないな」

此処(ここ)で見かけた狼という生物のように、牙が有り口が飛び出している。

憑かれたくはないから、そっと壊さないように元の位置に戻し、王宮らしき巨大建造物に向けて歩み出す。


直ぐに山の特徴に気づく。

どの山にも同じような骨が有り、それぞれの山には似た骨が絡み合っていた。

何よりも、王宮らしき建物へと向かうに連れて、狼と推定される頭蓋骨は人間の物へと変化していっている。


「……この島で起こった歴史?」

こんな事をしている場合じゃなかった。

両耳に手を当て、良くなった耳の感度を更に上げる。


ザァァァァァ……。


しかし雨音でしか鼓膜は揺れない。

「やっぱり無理か……」

哲さんなら何処(どこ)へ行く?

俺ならば……。雨宿りも出来そうで息苦しくない所、最も大きいあの建物だな。

王宮らしき建物へと向けて再び歩み出す。


城下町のような石畳を歩き王宮へとやってくると、更に大きいと感じた。

昔からこのレベルの技術があったのだろうか?

関心を他所に、中からは微かに非自然物の音が聞こえてくる。


音源を探しに中へ入ると……コレでもかという程の、昔は遺体だったであろう骨の山だった。

彼等には既に表情や知識を語る事は叶わず、専門知識のない俺では怒った事を知る術はない。

音を出さないようにというだけでなく、埋もれてしまいたくないがためにそれらを避けて進む。



可怪(おか)しい。骨の山を一周りしたのに音源が見当たらない。

何処(どこ)からも同じくらいの音量で聞こえるという事は……、山の中か?

狼という可能性もあるから、細心の注意は忘れない。


抜き足差し足で登り始める。

「ぐずん……」

誰かの鳴き声がはっきりと、それも断続的に聞こえてくる。

やはりこの中で間違いはない。僅かに登頂への意欲が上がった。


山は特に大きな音もなく、砂の如く崩れていく。

ごめんなさい。悪気はないんだ……。

今は亡き者を越えていく後ろめたさと、これ以上誰もこうはなって欲しくない願いという2つの雑念のせいで、滑って大音量を叩きだしてしまった。


滑る字の如く、骨の川が雪崩を起こす。

ガラガラガラという音が静まった後は先程以上の静けさに包まれてしまった。

確実に気づかれただろうな。

こうなってしまえば隠密する意味は全く無い。


「誰だ」

哲さんの敵意有る声が木霊する。耳の良くなった今の俺には心にまで(つんざ)くように痛かった。

「俺だよ……。飛鳥だよ?」

「……健もそこに居るのか?」

「居ないけど……、居た方が良かった?」

「いや、居ない方が良かった」


居ない方が良かったってどういう意味?

泣いていた理由も聞かないといけない。

今度は滑らないように登り切ると、哲さんは骨の山に囲まれた盆地の中で(うずくま)っていた。

それも体育座りという、強さの欠片もない姿で。


「どうして来た?」

「心配だから……」

「俺としてはお前達の方が心配なんだが……」

「心配してくれるのは嬉しいよ? でも、ちゃんと言って欲しい」


哲さんは顔を上げずに、それでいて返答もくれない。

「健十郎が辛気臭いって言ってたよ。隠してても(いず)れバレるよ?」

それでも哲さんは何も答えない。

「じゃあ話を変えるね? キョウケンビョウって何?」

尚も無言だが、一瞬だけ反応した。


「教えてくれないと分からないよ?」

「教えたらお前達が辛くなる……」

「痛み分けって知ってる?」

「……あぁ」

「じゃあ1人で抱え込まないでよ。健十郎みたいに勝手に逝かないで欲しい」


(ようや)く哲さんが顔を上げた。

目元は赤く、少し鼻水も出ている。表情は哲さんのものではなく、哲くんのものだった。

その光景に、俺は既視感を覚える。俺の中の出来事そのものだ。


「哲……くん?」

「呼び方はどっちでも良い。お前の方がよく(わか)っているだろう?」

そうだね……。

「俺は狂犬病にかかったそうだ」

「そう、らしいね……」


言い辛そうで、言いかけては(のど)を通って何度も戻っていく。

言えるタイミングで言わせよう。()かすのは良くないからね。


「狂犬病……特に犬や狼が持っているウイルスに感染する事らしい……」

確かに哲さんは腕を噛まれている。痛いのかは分からないが、擦っている。

俺も健十郎も、幸い殺傷されてはいないから大丈夫だろうけど……。

「その病気は……治るんだよね?」

返事は返ってこない。

「でも、今は平気そうに見えるよ?」

「今は、な」

「そもそも何で狼の言う事なんか信じるの?」

「奴らは元人間だった種属だ。それは間違いない」

それは……。来た道を思い出せば否定する方が難しい。


「症状は?」

「風邪によく似た症状などから始まって、精神錯乱を経て昏睡状態になる」

「植物状態……?」

「そこからほぼ確実に死ぬ……そうだ」

開いた口が塞がらない。こんな場所で治療は不可能。

もしそうなら、不可避じゃないか。


「な、何か方法があるはずだよ……。そ、そうだ! 石碑。石碑に何か書いてあるかも……」

「お前は帰れ。少し1人にして欲しい……」

「でも……」

「良いから帰れ」

その怒鳴り声は山を崩すかと想うほど大きかった。

そんな哲くんの顔は、俺より年下を思わせる泣き顔だった。


心配で心配で、声もかけずただ近くで見守っていた。

帰りはしないが近付きもしない。そんな曖昧な距離で。


「ほっとう、どうしたらいいんだよ……」

余計な行動が更なる悪化を招く。きっと言動もそうだろうと思い、声をかけられずに居る。

「俺が守らなきゃならないって言うのに……」

死が確定しているのなら無理な話だ。

「僕はまだ死にたくない……」

記憶が混濁し、一人称が一定にならない。

「守って死ねるなら……なんて思ってたのに……」

大粒の涙が大の男からこぼれ落ちる。それでももらい泣きはしない。

泣いている暇が無いというよりも、最早慣れてしまったからだ。

「それどころか俺がお前達を殺すかもしれないだなんて……」

再び身を縮めて体育座りの膝に顔を(うず)める。


「もし殺されても恨まないから……」

「そういう問題じゃない。僕は辛いのは嫌だよ……」

多重人格化しつつあるのだろうか。2つの文章が交互に流れてくる気がする。

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