三角共依存
「それで、何で俺を探してたの?」
「何でって、食べ終わったらお前居ねーし、兄貴は密談中だろ?
話し相手が居ないと暇じゃねーか」
健十郎をさっさと撒いて、話の続きを聞きたい。
「本当は俺が居なくて心細かったとか?」
「ばっ、馬鹿言うんじゃねーよ!」
「えっ……図星だったんだ……」
「俺がお前を好きとかキモい事を……」
「じゃあ、嫌いなの?」
「だっ、誰もそんな事言ってねーだろ!?」
ぷふっ。可笑しな奴。少し笑ってしまったじゃないか。
その慌て具合がそうだと言ってるんだよ。
「何を騒いでるんだ?」
「ひゃっ!?」
変な声を出してしまった。
冷たく湿った何かが肩に触れ、視認できていなかったが故に拒絶反応を示したと思われる。
飛び上がった俺は。哲さんが部屋の入口を塞いでいた俺の背後から声を駆けて来たと認識する。
「哲兄!」
俺のリアクションはスルーし、兄弟に抱きついた。
触感がモロに伝わるのは良くないな。
体温を整える意味でも、服がほしいと強く思った。
「大丈夫なのか? 何かされなかった?」
「あぁ、全く問題ない」
過保護か……。気持ちは分からなくはないが、血の繋がりは羨ましく思う。
「悪いが、少し1人になってくるから」
「まさか、自殺するんじゃ……」
「ははは。この愚弟と違ってそんな愚かな事はしないよ」
俺の心配を軽い笑い声で一蹴し、抱きついていた俺の親友を子供をあやすように撫でる。
「ちっ、ちげーよ! あれは、その、一杯一杯だったから……」
「分かってる。俺が居る内は絶対守ってやるからな」
ポンと健十郎の背中を押し、俺の方へと数歩歩かせた。
足を骨折している健十郎を支えるために、意図はないだろうが俺は足止めされた。
健十郎が振り向く時には既に背を向けた哲さんの姿は壁で見えなくなっている。
「どう思う?」
「どう思うって、何が?」
「何か抱え込んでないと良いけど……」
「俺にそんな事分かるわけねーだろ」
確かに、俺も健十郎の事を分かりきれていなかった。
これからも分かりきれるか正直自信がない。努力はするつもりだ。
「でもまぁ、ちょっとだけ辛気臭かった気はするかな」
辛気臭いだって?
鼻をヒクヒクしているくらいだから、雰囲気の方ではなく臭いで判断したんだろう。
それでも、俺が杞憂ではないと思い込むには十分な後押しだった。
「俺、ちょっと外出てくるから」
健十郎を座らせたと同時に告げた。
「何をしに?」
「何でもいいでしょ?」
「ダメだ。俺も行く」
骨折し、しかも支えも手伝いもなく立とうとしている。
「心配症だな。誰も居なかったら哲さんが心配するよね?」
無理だと思うからこそ、立ち上がろうとする健十郎の両肩を押さえ込む。
「じゃあお前も此処に居ろよ」
立ち上がるのは諦めるものの、俺の健常な方の腕をかなりの握力で握ってきた。
「バナナの葉を集めて服を作らないと、風邪引くでしょ?」
俺だけが履いている深緑色のズボンを示し、注意を逸らす。
「……分かったよ。でも2人で心中してたら絶対恨んでやるからな?」
「あははっ。それは絶対にないよ!」
「冗談じゃないからな!?」
「分かってるって。そのまま健十郎にも言っておくよ。勝手に自殺しないでね?」
俺は言い残して家屋から出る。
ぐうの音も聞こえなかったので、ついてきはしないだろう。
ついてこようにもあの足では無理だろうからな。
哲さんはっと……。
「えっ!?」
丁度村の門から森へと歩いて行く所だった。
裏門か……。いや、それよりも何故森に入っていく?
血が繋がっているだけあって、行動もそっくりだとでも言うのか?
俺は近い将来心労でで倒れるかもしれないな……。
心をもっと強く保たないとダメだな。
強くなりすぎて鈍感にならない事だけは気をつけたいな。
自分への決意と共に、哲さんへの尾行を……。
「何処へ行くというの?」
門を出た途端に声をかけられた。
村長狼が門に凭れながらこっちを見ている。
「何処って……」
「巨体くんを追いかけるんだね?」
分かってるなら何故止めた? 俺は言いはしないが、脳内ではその疑問で渦巻く。
「誰だって1人は怖いだろうね。でもね? そんな時でも1人になるべき時はあると思うんだ」
「それが心配なんだよ」
「それはどういう感情なの?」
「どういうって、心配してるんだから」
「愛情? それとも友情?」
その2つでいえば友情に近いと思う。
「即答できないなら追いかけるのは止めた方が良いと、ポクは思うんだ」
「どうしてお節介をするの?」
「キミ達はまだ3人で依存しあってるから複雑さがまだ残ってると思うんだ。
でもね? 1人でも居なくなったら完全な共依存になっちゃうよ?
もう周りが全く見えない、この自然界で生き残るには相性が悪すぎるんだよ」
「それでも、俺は……」
「聞き分けがないんだね。ポクは止める事を諦めるよ。
でも、忘れちゃダメだよ? 文明社会とそうでない事の差をね」
彼は懐かしそうに、請い願うように、森を見つめている。
「そこから真っ直ぐ行くと良い。決して寄り道してはダメだよ?
ポク達の縄張りから外れちゃうと、守り切れないからね」
「分かったよ」
大分時間を取られてしまった。哲さんの姿は見当たらない。
雨で音は聞こえないが、真っ直ぐでいいんだな?
振り向いても、狼は追いかけてくる気配は微塵もなさそうだ。
見晴らしが悪いという点で良い事が一切ない森へと、再び俺は足を踏み入れる。




