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悲鳴


「よっ、ほっ」


 大きく振るわれた斧を屈んで躱し、立ち上がり様に繰り出したアッパーカットが、リザードマンの顎を打ち砕く。顎から全身を突き上げられ、爬虫類を模した身体が宙に浮く。そして地を離れ、無防備となった胴体へ、容赦のない回し蹴りがめり込んだ。

 その上半身と下半身を分かつような強烈な蹴りが致命傷となり、リザードマンは弾けるように消滅する。

 そうして着地すると共に、また次の標的を定めて風上後輩は駆ける。獣人の身体能力は伊達ではなく、まるでそこに重力がないかのような機動力で次から次へとリザードマンを撃破している。

 風上後輩は、思った以上に戦闘に長けているようだった。


「結構やるな。弟とは大違――いっと」


 横方向から振り下ろされた斧を、後ろに一歩下がることで躱す。目標を失った斧は俺の目の前を通過して地面に落ち、俺はその隙を突いて反撃に出る。下がった足を軸に回転し、遠心力を剣に乗せてリザードマンの首を刎ね飛ばした。

 ごとりと、爬虫類の生首が落ちる。それは即死判定となり、残された胴体も消滅する。


「人が喋ってる時に攻撃するなっての」


 そう独り言を呟きつつ、周囲を警戒する。

 一体、こちらに向かって駆けてくるリザードマンがいた。そいつの相手をしようと剣を握り直したところ、だが、それは無意味に終わる。リザードマンが俺の間合いに入る前に、撃ち抜かれたからだ。蒼白く色付いた氷の魔法に。

 撃ち抜かれた身体は、その瞬間から凍てつく。鱗の表面を走るようにして氷は広がり、総てを覆い尽くすと一体の氷像が出来上がった。そしてそれは間もなく、音を立てて自壊する。


「これで一通り狩り尽くしたみたいだな」


 今のが最後の敵だったようで、もう俺達の周りにリザードマンはいなかった。

 こうなってしまうと、しばらく時間をおかないと再出現してくれない。今日の所はこれで終わりだ。三人いると、終わりもその分はやくなる。一人で狩りをしていた時とは大違いだ。


「さて、どれくらい稼いだかなっと」


 今宵の戦果を確かめるため、そのことを頭に思い浮かべた。

 ゲーム時代は画面に表示されていた項目を見れば、一目で分かることだったけれど。現実世界ではそうは行かない。体力ゲージやアイテム一覧、ステータス、装備品などなど。そう言った項目は、すべて脳内に思い描くことで理解できる、ということになっていた。

 理解できると言っても、なんとなく体感や直感に頼っている部分が大きいのだが。


「んー……十五万か。そっちは?」

「あたし、二十万っス」

「私は十万円。上々ね」


 この三人の中で一番リザードマンを倒していたのが風上後輩だ。次いで、俺。怪姫月はヴァンパイア・オリジンの一件で得た金がまだ余っていたからか、積極的に倒そうとはしていなかったみたいだ。


「……まぁ、いいか」

「大上先輩。なんでちょっと物足りなさそうなんスか。一晩で十五万も稼いでおいて。世の中の働くサラリーマンが聞いたら怒るっスよ」

「実際のところ、何にお金を使っているの? 結構な大金が、短い間で消化されていると思うのだけれど」

「べつに大したことには使ってない。ちょいと占有欲とか収集欲に負けてるだけだ。株とかFXにどっぷりって訳じゃあないんだから、心配いらねーよ」


 いくら面倒臭がり屋な俺でも、それで金を稼ごうとは思わない。常にモニターを監視し続ける人生なんて真っ平だ、御免蒙る。それは至福の時とは、もっとも縁遠い所にあるモノだ。


「そう言えば、いま何時だ?」

「午前零時を少し過ぎた所ね」

「意外と早く終わったな。夜食にも手を付けてないし」


 やはり三人だと効率がぐっと良くなる。良すぎて予定が狂うくらいだ。


「せっかく集まったのに、なんだか帰るのが勿体ない気分っス」

「と言っても、特にすることもないしな」


 けれど、一応、自由に動ける夜は、今夜が最後となる。この後、しばらくは夜に活動できない。あの迷惑なPK集団がこの街を訪れ、そして去るまでの間は夜遊びも一切できなくなる。そう考えると、俺も帰るのが惜しくなってきた。


「んー……」


 そう、つらつらと考えていると、静寂の中で微かに悲鳴のようなモノが響いた。


「なんだ? 今のは」

「女の人の悲鳴? だったっスよね……今の」

「この近く……あちらから聞こえて来たわね。あんな人気のない場所で悲鳴、ね」


 聞けば聞くほど、考えれば考えるほど不自然の一言に行き着く。女性が誰かに襲われている? モンスターにか、それとも人にか。もしかしたらプレイヤーかも知れない。プレイヤーがプレイヤーを襲っている可能性だって十分に有り得る。

 PK集団が、すでにこの街に入り込んでいても可笑しくはない。


「……怪姫月、風上後輩を頼む」

「どうする気?」

「すこし様子を見てくる。それで警察を呼ぶべきならそうするし、そうでなけりゃあ……」

「そうでなければ?」

「その時、考えるさ」


 どの道、何もせずに帰るという選択肢は俺にはない。

 正直なところ、判断しかねている。この一件は果たして俺の心に尾を引くものを残すのかどうか、ということを。俺は善人じゃあない。大きすぎる声に耳を塞ぎ、小さすぎる声を聞かなかったことにする男だ。俺が耳を傾けるのは、手が届きそうな中くらいの声だけ。

 しかし、その基準は自分でも可笑しいくらい曖昧である。

 だから、確かめなければならない。先の悲鳴が大きすぎる声なのか、それとも中くらいの声なのか、ということを。でなければ、きっと今後の至福の時に差し支える。いい加減、自分の性格が嫌になりそうだ。


「大上先輩」

「なんだ? 風上後輩」

「……気を付けて」


 風上後輩が珍しく、しおらしい。

 悲鳴で不安になったのかな。


「あぁ、行ってくる」


 携えた剣を鞘に押し込んで、悲鳴がした方向に爪先を向けた。

 そうして背の高いフェンスを越えて、そう遠くないはずの女性の元に向かう。進路の先には、長細い煙突が幾つか見えた。煙は出ていない。もうすでに機能はしていない、廃れた工場が目の前に広がっている。

 悲鳴は、あの何処かで発せられたものだ。


「大事にならなきゃいいが」


 見渡しの良い錆び付いたトタン屋根の上に立ち、周りの様子を窺った。

 明かりが一つもない、月明かりだけが頼りの薄暗い夜の工場。目視だけでは、人の影を捉えることが出来ない。だが、微かに音が聞こえていた。剣と剣がぶつかり合うような、甲高い金属音。それは誰かと誰かが戦っている証拠だった。


「あっちか」


 息を潜め、足音を殺し、抜き足差し足忍び足でゆっくりと音源へと近付いていく。

 こうして戦闘音がするということは、すくなくとも悲鳴を上げた女性は一般人ではないはずだ。戦っているのなら、女性はきっとプレイヤーである。

 今日はどこの狩り場もプレイヤーで一杯だった。俺達のように、穴場を探して人気のない所に向かうプレイヤーも多数いただろう。そこを狙った奴がいた。襲いかかった奴がいた。

 ならば、その相手は、悲鳴をあげる原因となった人物は、現状考えられる限りPK集団である可能性が高い。


「顔、隠しておいたほうがいいな」


 様子を見るだけに止めるにしても、参戦して加勢に入るにしても、PK集団に顔を見られることは避けたい。なので、脳内にアイテムを思い浮かべ、音源に辿り着く前に具現化する。

 そのアイテムの名前は詐欺師の仮面という。これを装備している間は顔が隠れるのは勿論のこと、面識のあるNPCから初対面として扱われるようになる。ちなみに主な使用用途は、ショップが提供する試供品の二重取りや、関係が悪化したNPCとの再取り引きなどだ。

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