獣人
夜となり、俺達は当初の予定通りにコンビニの前で落ち合った。
「風上後輩。一つ聞いても良いか?」
「はい、なんでしょうか? 大上先輩」
「普段その格好で出掛けてるのか?」
見慣れた学生服ではない、見慣れない私服姿の風上後輩を、今日初めてみた。
普段からだらしなく学生服を着崩していたので、その私服姿にも予想がついていたのだけれど。実際に現れた風上後輩は、俺達の想像の上を行っていた。
ホットパンツにヘソ出しのTシャツは、肌色の面積が多すぎる。
「なにか可笑しいっスか?」
「いや、可笑しくはないんだが……なぁ?」
「そうね。男性である迅にしてみれば、目のやり場に困りそうね」
直視するのも憚られるし、露骨に目を逸らし続けるのも面倒だ。
本人は何とも思っていないみたいだけれど、少々危機感がなさ過ぎるように思える。俺は目のやり場に困る程度で済んでいるが、風上後輩の同級生諸君がこれを見てしまうと、色々と大変なことになりそうだ。良くも悪くも、高校生には刺激が強すぎる格好だ。
「えー。でも、この格好が一番、着ていて楽なんですよ。無駄な装飾とかヒラヒラとか、余計なモノが何も付いてなくて身軽ですし」
「あなたの場合、余計なモノが付いていなさ過ぎるのが問題だと思うわ。スタイルも良いことだしね」
たしかに。
「まぁ、いいさ。風上後輩の格好も慣れてしまえば問題ないだろ。目のやり場もちょうどいい落とし所が見付かるさ」
「早く見慣れて下さいね。あたし、こう言う楽な服しか持ってないんで」
すこしは怪姫月を見習ったらどうだ? と口にしかけて呑み込んだ。
怪姫月は白を基調とした清楚な衣服を纏っている。この清楚感を三分の一でも見習ってくれれば俺も困らなくて済むのだけれど。怪姫月は怪姫月であって、風上後輩は風上後輩だ。あまり口うるさく言うのも鬱陶しいだろうし、面倒がないうちに口を噤んでおこう。
「よし、それじゃあ夜食を買って、向かうとしよう」
話に一段落がついた所で、俺達はコンビニで食料調達を済まし、そこから移動を開始した。生身の身体のままある程度まで進み、人気と防犯カメラのない場所でキャラクター化する。そこからは例の如く屋根の上にまで上がり、月明かりに身を晒した。
「予想はしていたけれど。露出度がそんなに変わらないな」
キャラクター化した風上後輩の格好は、私服姿とそれほど変わらないモノだった。
「まぁ、でも、今のあたしは獣人ですし。肌の露出自体はそんなにないっスよ」
獣人。ストレージ・オブ・ロストワールドに存在する種族で、文字通り獣と人が合わさったデザインをしている。頭部には獣の耳が、口には牙が、四肢には爪が、尻には尻尾が生えている。
その関係で獣の毛も生えており、露出していた肌はかなり隠れていた。だが、それは腕や足に限ったもので、それ以外は人間と変わらない。露出度が低くなっても、健全な姿と言い切ることは難しかった。
「それ、本来の耳はどうなっているの?」
「あるっスよ。ほら」
風上後輩が髪を耳にかけると、たしかに人間の耳が変わらずそこにあった。
「耳が四つになる訳か」
「でも、特に違和感はないっス。ちょっと音に敏感にはなりますけど」
時たまにぴくりと動く獣耳。そこへと伸びる、怪姫月の手。
「あっ、やあっ」
その手が獣耳に触れた瞬間、予期せぬ反応が返ってくる。
いつもの浅く響く声が跳ね上がり、おおよそイメージと真逆な声音が聞こえて来た。聞いたこっちがびっくりする。触った本人である怪姫月も俺と変わらないようで、伸びた腕が縮んでいた。
「もぉー、ひどいっス。あんまりっス」
両耳を両手で押さえ、風上後輩はしゃがみこんでいる。
「ごめんなさいね。気が付いたら手が伸びていて」
「むぅー……」
風上後輩はふくれっ面をしつつ、けれどなんとか機嫌を直して立ち上がった。
しかし、怪姫月もかなり突っ慳貪な感じがなくなって来た。あの日から、もう何日も経っている。それなりに心の整理もついたんだろう。周りを拒絶する理由も今はない。こうして後輩と戯れるのも、ごく自然なことになりつつある。
吸血鬼に歪められていた歯車が、ようやく噛み合って来た。
「それで、これから何を狩りに行くんスか? ナリキン?」
「それも良いが、ちょっと待ってくれ」
手元にミニマップを表示し、周りの様子を探って見る。
「あー……無理だな。人が多すぎる」
ミニマップの表示範囲内に、青い点がうようよと動いていた。
この分だと、此処以外も同じようにプレイヤーで溢れているに違いない。俺が以前、ナリキンことコガネモチという名前のゴブリンを狩った所も、おそらく人で一杯になっていることだろう。
「あちゃー。あたし達、来るのが遅かったみたいっスね」
「みんな考えることは同じ、ということね」
嵐がくる前に蓄えを作ろう。PK集団がこの街にやって来る前に、一稼ぎして置こう。
そう考えるのは、どこのプレイヤーも同じ事だった。近くにサイコパスがいるかも知れない状況下で、馬鹿正直にモンスター狩りをするプレイヤーなどいないということだ。完全に、出遅れてしまった。
「縁日に車で出掛けたら、どこの駐車場も満車だったって感じだ。どうしたもんかね、この状況は」
「日を改めるっスか? 危険度は増しますが」
「得策とは言えないわね。それに今日これなら、明日もよ」
プレイヤーに話しかけて場所を譲って貰うか? 怪姫月と風上後輩が頼めば、頷くプレイヤーも多いだろう。だが、それは人を出しに使っているようで、なんだか気が進まない。かと言って日を改めるのも面倒だ。面倒臭すぎる。
「仕様がない。人がいない場所を探すか」
「当てはあるの?」
「幾つか穴場っぽい所を知っている。そこがダメなら、今日はお開きだな」
「人がいないことを切に願うっス」
人のいない狩り場を求めて、ミニマップに表示された青い点の隙間を縫うように移動を開始する。俺を先頭に二人が後に続く形で屋根の上を駆け抜け、まず第一の穴場に向かう。だが、そこにも先客がいたようで、俺達はあえなく他の場所へと進路を切り替えた。
そうして第二、第三と空振りに終わり、続く第四の穴場にてようやく空いた狩り場を確保することが出来たのだった。
「これでやっと狩りが始められるな。正直、今日はもうダメかと思ったよ」
「かなり移動して来ましたからね。此処に辿り着いただけで、ちょっとした達成感があるっス」
市街地の外れにある立ち入り禁止区域。天高く聳え立つ鉄塔の麓にあるそこは、背の高いフェンスによって四方を仕切られている。何か特別な用事でもない限り、一般人は近寄りもしないこの場所は、ゆえに知る人ぞ知る隠れた狩り場だった。
「ここにはどんなモンスターがいるの?」
「あぁ、それは――」
そいつの名前を言おうとした時、まさにそのモンスターが上空から振ってくる。
月明かりに照らされて闇に浮かぶのは、浅黒い緑色をした鱗だ。不気味な光沢をもつそれをびっしりと身体中に生やし、ぎょろりとした丸く大きな瞳で俺達を睨んでいる。その脚ではない右の腕には両刃の斧を、左の腕には無骨な手甲を装備している。人のように量の足で立つ、二足歩行の爬虫類。
そいつの名前は、リザードマン。
「見ての通りだ。敵はでっかいトカゲ」
「うっわー、結構グロいっスね。デカい爬虫類って」
「私、変温動物はあまり好きになれないわ」
そう言いつつ、俺達は各々の得物を携えて臨戦態勢に入る。
キャラクター化し、獣人となった風上後輩の武器は己の拳だ。獣人と言う種族の戦闘スタイルは、主に近距離戦闘がメインで肉弾戦が得意である。その高い身体能力を生かして敵の懐に入り込み、一気に攻撃を叩き込むのが基本だ。
ちなみに剣で攻撃した際に起こる流血ダメージのように、打撃で攻撃した際には打撲や骨折のダメージを与えることが出来る。
「よし、それじゃあ気合いを入れて戦うとしようか」
リザードマンは、斧と手甲を摺り合わせて火花を散らしている。獲物の前で舌舐めずりをするように。
互いに戦いの意志があり、準備も用意も済んでいる。戦いの火蓋は、静かに切られた。




