裏切りの姫
「お…まえ…テーゼ、か…?」
「そうですよ、本物のテーゼです。私の愛しの水紫さn」
そう言いながら、こちらに近づいてくる。
「止まれ…俺に近づくな…」
水紫はテーゼの言葉遮り低い声で言った。
「…え?何を言っているんですか?どうし、たんで…すか…」
テーゼは水紫に睨まれ…語尾が小さくなった。
「何があったんですか?まさか、そこの人に何か言われたのですか?」
「い、いや…私は何もしてないよ。う…うん、そうだよね。ね、水紫?」
「うん、アートは何もしてないよ」
「じゃぁ…なんで怒っているのですか…?」
「俺が怒っている理由が聞きたいのか?」
「はぃ…」
「…お前が、魔物が出るような森に何も知らない俺を1人にして、どこか行ったからだろ?お前が渡したものは何だっけ?あの本」
「魔導書です…」
「そう、それ。いきなり渡されてもな、使い方知らないんだよ。意味わかる?俺は魔法が使えなかったらな、今頃は死んでたよ」
「じゃあ、魔法はどうやって覚えたのですか?」
「そこの人が丁寧に教えてくれたよ、発動のし方もな。それに初めてのゴブリン戦でも、横に来てくれて、手を添えてくれた。お前とは違うな?面倒だから帰ったんだろう?」
「ちがいます…。水紫さんは小魔力玉も、自力で出せたぐらいですし、初期魔法も自力で出せるかなって」
「あー、わかったわかった、勝手に期待するのはいいがな、命の危険は期待で対処出来ないだろうが」
「ごめんなさい…」
テーゼは涙を流しながら、頭を下げた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「……………」
あー、この涙が嘘なら、なんだか安い涙だなー。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
水紫は、五月蝿いかなと思いながらも、聞いていた。
「ごめんなさi」
「うん、わかったからさ、もういいから。うるさいし」
「え?」
きょとんと小首を傾げている、テーゼに水紫ははっきりと言った。
「俺は、お前の方には着いて行かない、守りたい人が俺の近くにいたから」
「「え!?」」
俺は、アートの方へ向き、
「うん、俺は、君のことを助けたい」
その言葉で、アートは笑顔になった。
「嬉しい。ありがと、水紫」
「あの、私は…?」
「だから、この人と行くから。お前は来るな」
「えと、え…なんで」
「さっ、行こうか」
そう言って、水紫は手を差し延べた。
「うん、水紫♪」
と、アートは水紫の手を取った。
だが、この世界は水紫の思い通りには事を進めてくれなかった。
「…なたが…」
「あぁ?」
「あなたが…水紫さんを誑かしたんですね!」
テーゼは、水紫と手を繋いでいるアートに向け、ビシィッと指を指した。
「だから、私は何もしてないって、言ってるのに」
「そうだ、この人は何もしてねーよ。それに誰を連れていくかは、俺が決めることだ」
それに、と心の中で呟き続けた。
「お前は、なんとなく信じられない。危険になったら裏切られそうだしな」
水紫は、テーゼの方に向き、手を振った。
「そういうことだ、じゃあな」
水紫はアートの目の前まで行った。そして、軽く怒りで震えているアートを宥めた。
「大丈夫だから、君は何もしてない。おかしいのはあっち、そうだろ?」
「うん…」
ていうより、精神科行ったほうが良いんじゃないか。この世界にあるのかはわからないが。
アートは俯きながら、頷いた。
「俺は気にしてないからさ、元気出して、ね?」
「うん!」
アートは先程までとは違って元気に頷いた。
「水紫、早く行こう?」
「あぁ」
だが…ここで行かせてくれないのが、テーゼだ。
「…待て、そこの人!水紫さんは渡しませんよ?」
「だから!」
「待て!」
今にも、飛び出しそうなアートを片手で制し、何かに齧り付いた。
それは先程アートが解体し、武器に変えた素材の残り物だった。
ブチャァブチと嫌な音を響かせながら、水紫は口の中のものを、懸命に噛んだ。
「ちっ、くそっ硬いし、不味いな」
水紫は地球で食べた肉と比べた。そして、この肉は相当不味いことを知った。
…さすがゴブリンの肉だ……
「……ッ!?」
水紫の体は刹那、動きを止めた。そして…
「アァァァァ!」
「男…まさか!」
「アガァ、グゥゥ」
突然、絶叫を上げた。
苦しみながら、水紫は地面を転がった。唐突に頭の中で、
『固有スキル…喰らう者が追加されました』
と、無機質な声が響いた。む…ステータスか、久しぶりだな。
『お久しぶりです』
だが、そんな声もあまり耳に入らず。今、追加された固有スキルというものは何だろう…と考えていた。
そして…喰らう者…?
「グアァァ!!!?!」
考える余裕も無いほどの痛みが身体中に広がる。
「お、おい!何これすげぇ体が痛くな…るじゃないか…」
「だから、少し前に行ったよね!?食べると自分の体が傷付くって」
アートは、先に注意したことを水紫が一切の躊躇いも無く、行動に移したことに驚いたようだ。
「グァァ…ハァ…ハァ」
と、息をついた。どうやら、痛みはなくなったようだ。
「…ステータス」
水紫 18歳 Lv.5
天職 職業
体力:250
筋力:170 +10
耐性:150
敏捷:160
魔力:230
魔耐:130 +10
技能:ステータス展開 言語理解 アイテムボックス 魔力操作
スペル:スラッシュ
ユニークスペル:ホロウ、エスケープ
固有スキル:喰らう者
「…何だこれ」
ホロウ:自分と対象四人までに向けている視線を任意で見えなくする。視線を移させる。固有詠唱
エスケープ:自分と対象四人までを安全地帯までに移動することが出来る。ルートの下位の固有詠唱。
喰らう者:魔物肉を取り込むと、魔物の分のステータスを最大限に上昇させる。
魔力操作:自分の魔力を操ることができる。
なぁ、ステータスさん?この追加された固有詠唱ってさ。完全にプレゼントだよな?
『はい、お気に召しました?』
あぁ、こっちの世界に来てから一番か二番目に嬉しいよ。
『そこは素直に一番って言ってください』
おーけー、次からはそうすることにするよ。
さて、目の前の厄介事を片付けるか。
この魔法があれば、アートと一緒に、こいつから逃げることができるな。
(アート…今から俺は魔法を使うから。出来るだけ、驚かないでくれ)
(分かった)
「…ホロウ」
…俺の姿は消えてない…だが、テーゼの様子はおかしかった。
そりゃ、そうだ。アートを残し、俺の姿が突然テーゼの視界から消えたのだから。
「な!?どこへ行ったんですか?水紫さん!」
どうやら、初めて使う魔法は成功したようだ。まぁ、大体は失敗しないようだが。
水紫は次に、発動させる魔法を、続けて、紡ごうとした。だが…
「…水紫さんは、逃げるんですかぁ?」
「……どういうことだ…」
「だけど、残念でした。水紫さんの魔法には驚きました。まさか、魔王の娘である、私の目を欺くことが出来るとはね」
「待て!魔王だと!?死んだんじゃなかったのか?」
「はい、死ぬわけ無いじゃないですか。魔王ですよ?」
「ちっ…勇者の話も嘘か。俺を連れ出すための嘘か…だが、そんなことはどうでもいい…逃げるとするぞ」
「私は水紫さんが逃げないように、1つカードを切らせてもらいますね。出てきてください」
パチンッと指を鳴らした。
「?」
テーゼが合図をしたら空間は、少女が出てきた時と同じように再び穴を開けた。
「この人を見たら、水紫さんはきっとびっくりしますよ」
中から出てきたのは、機械的で感情なんてものは見えない少し背の低い女の子…。だけど、俺は、この顔をよく知っている。感情が無くても分かる。
「……奏瀬?」
魔王の娘だから、姫。
王様の娘ですから。