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71.失意

 どん底まで落ちた気分と同じように肩を落として、恋歌は小百合の家の戸を開けた。

「ごめんっ」

 戸を開けるのと同時に頭を下げる。

「失敗しました」

 そして、下を見たまま、状況を端的に報告した。

 吸血鬼が現れる夜を迎え、出島まで行って、吸血鬼を倒す方策をタダの一つも聞き出せずに帰って来たのだ。「炎」が吸血鬼に対する武器であることがわかっているとはいえ、更なる一手を持てなかったことは痛い。

 それに対して返って来たのは。


「……」

 返ってきたのは沈黙。


「……」

 恋歌がそっと頭を上げると、家人を縄で縛って立てこもっていた美雪は、戸を不意に開けられたことに凍りつき、短刀を手にしたまま硬直していた。

「……美雪?」

「……一言言ってから開けてよ。誰かと思ったじゃない」

「あー、ごめん」

 恋歌はもう一度頭を下げた。

 真面目な美雪は、こうして刀を握りしめたまま、本気で人質を見張っていたのだろうか。

 そちらの担当であるはずの高村晋輔は姿が見えなかった。

「晋輔は?」

「さあ。さっき出て行って、それっきり。あんたを迎えに行ったんじゃないの?」

「え?会わなかったけど」

「じゃあ、すれ違いになったのかしら」

「……そうかな」

 疑問には思ったが、深くは考えなかった。


 逃げる可能性はある。


 高村晋輔は吸血鬼に狙われていない。敵討ちという面では善次郎を倒す必要はあったが、それを諦めてしまえば、敢えて吸血鬼になど関わる必要はない。

 殺せない鬼を相手に分の悪い戦いを挑む必要はないのだ。

 おそらく善次郎も自分から好んでこの真面目な若侍を狙いに現れることはないだろう。

 敵討ちを諦め、恋歌を見捨てて、諸国をさすらうという道もないではない。敵討ちの旅にでた者として、紛れもなく失敗の結末だが、死よりはましだ、と逃げる道を選ぶこともできる。

 とはいえ、それができるくらいなら、彼も今頃長崎になどいないのだろう。出島でキリシタンについて聞いて回ろうという遊女に協力しようとはしないだろう。

 彼は逃げることができる。だが、恋歌は、高村晋輔が逃げ出した、という可能性については全く心配していなかった。



「で、失敗したって?」

 緊張が解けたのだろう。美雪は短刀を下ろし、恋歌のもたらした失意の報告にも、大きく驚きを示すことなく、問いかけてきた。そうは言っても、出島に公然と入れる立場を手に入れた恋歌が望む知識を得られなかったとは予想外だったようで、眉をひそめて、困惑を示してはいた。

「なんで?」

「教えてくれなかったのよ、出島のオランダ人」

「なんで?」

「小百合が言うには、貿易をする方が利益が大きいから、だって」

「そんな……っ」

「で、娘はどうしたんだした」

 今度こそ驚く美雪の声に被せるように、怒った声が問いかける。

「小百合は、カヒタンのそはに残りました。自分の意志で残ったんだから、問題ないと思うけど」

「本当だろうな」

「もちろん」

「そうか。……なら、いい」

 小百合の父親は、それ以上問い直すこともなく、頷いた。

「お前が帰って来たのなら、もう、人質は要らないだろう。縄を解いてくれていいんじゃないか?」

「……そうだね。美雪、縄、切っちゃって」

「わかった」

 高村晋輔の縄の縛り方は、かなり容赦がなく、その縛り目はきつく、容易には解けそうにない。

 刃で切るにも、密着した肌を傷つけそうで、美雪は苦労しながら、夫婦の縄を切り落とした。

 高村晋輔を伴って小百合が入ってきたのは、ちょうどその時だった。


 先に入ってきたのは小百合だった。

「信じられない」

 と、戸を開けながら、小百合は吐き捨てる。

 何故か美雪がつぶやいた。

「あんたたち、意外に似てるのかもね」

「……まあ、驚かせてごめん」

 仕方がないので、恋歌は改めて謝る。

 美雪が何を言っているかわからずに、小百合は父親に言った。

「信じられないわ。こいつ、いきなり出島に忍び込んできたのよ」


 小百合の長めの話(もっとも、そのかなりの時間が高村晋輔への悪態で占められていたが)が終わると、その父親は笑い出した。


「やるなあ、あんちゃん」

 高村晋輔に他意のない笑顔を向ける。

「オランダ人相手にてめえのほしいものを勝ち取るとはたいしたものだ」

 痛快そうに笑い、だが、そこで笑みを窄め、細めた目で恋歌を見た。


「だが、うちの娘を巻き込んだことは許せないな」

「……はい」

 恋歌は頷く。

 自分たちが捕らえられても小百合を巻き込むつもりはなかった。彼女の両親を人質にとって強制したのだ、とハッキリ言うつもりだったし、それは小百合の家を調べれば簡単にわかることだ。

 それでも、小百合が手ひどい仕打ちを受ける可能性は皆無にはならない。

 まして、現実には、出島に吸血鬼が現れたのだ。下手をすれば、小百合も鬼に殺されることもありえた。

 巻き込まなかった、などとは、絶対に言えなかった。

「すみませんでした」

 恋歌は深く頭をさげた。


「おう」

 蘭学者にして小百合の父親は気さくに頷く。

 まるで怒ってなどいないかのように。だが、もちろん、そんなわけはなかった。

「お前はきちんと謝罪した。よし。謝罪は受け取ってやる。だが、許せないこともある。俺はともかく娘を巻き込んだことだ」

「……はい」

「お前たちが勝つことは、祈っててやる。だが、もうお前の力になることはせん。

今晩、そいつはまた現れるんだな?じゃあ、なんとしても今夜そいつを倒せ。俺は腹を立てた。だからお前に協力はしない。

 ただ、無責任にお前の健闘を祈っている。

 わかったか?」

 彼は尋ね、恋歌は唇を引き締めて頷いた。

「はい。どうもすみませんでした」

 どんな言い訳をしようと、恨まれるのはやむをえない。

 彼女たちは脅迫者だったのだ。


我が家のパソコンを直せずにいます。

主に経済的な理由で。

実家のパソコンを使ったり携帯で打ち込んだり。


ペース回復は当分難しそうです。

見捨てずにお付き合いいただけると嬉しいです。

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