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23.処分

 楼主は怒っていた。控えめに言っても、彼は激怒していた。竹の棒で打擲された回数と痛みが、恋歌にそれを否応なしに教えてくれた。

「何故だ。何が気にいらん。お前には何でも好きにさせてきたはずだ」

 好きにさせてもらったら、恋歌が今頃こんなところにいるはずがないのだが、楼主はそうは思わなかったようだ。

「踊りも、茶も、すべてお前には覚えさせた。どれもただじゃないんだぞ。高い金払ってまで覚えさせたのは、お前が丸山で一番きれいな顔をしていたからだ。そのお前を丸山一番の太夫にしようという俺の思いやりが何故わからないんだ」

 何故、それを思いやりと呼べるのかが恋歌にはわからなかった。もっとわからないのは、何故自分が怒られるのかだ。

「あたしが悪いんじゃないわ」

 楼主よりも先に綾羽の顔色が変わった。恋歌の目の上の傷に薬を塗っていた少女は、恋歌と一緒に自分まで殴られるのではないかと怯えていた。

 罪もないカムロまで込み、怯えさせていることに気づいて、恋歌は彼女にだけ聞こえるように小声で謝った。

「ごめん」

「いえっ」

 カムロは恋歌が驚くほど大きな声で返事をする。少女は恋歌のことも怯えているようだった。

 あたしが一体、なにをしたっていうの?

 恋歌はため息をつきそうになったが、振り下ろされた竹棒が恋歌の吐息を止めた。

 昨夜、打擲は何度も受けた。あの暗い地下の一室で、何度も叩かれた。その度に悪態を吐かれながら。もちろん、楼主も遊女の看板である顔を傷つけるような真似はせず、身体を痛めつけた。女の腹を蹴るなど論外だが、遊女は受胎能力を期待されていない。

 やがて、怒りに任せた悪態を残し、楼主はひとりで部屋を出た。

 恋歌は動かなかった。痛みと悔しさにまみれ、恋歌はその場で横になった。疼痛と屈辱にまみれ、恋歌は眠った。

 今朝目覚めたとき、昨夜で折檻は終わったのだと思っていた。

 しかし、楼主の部屋に呼ばれた恋歌は、楼主の手に握られた竹の棒を見て、自分の考えが甘かったことを知った。

 鳴り物入りで突き出し(新人遊女の最初の客への紹介)された太夫が、二度も床入りを失敗している。最初の客はお尋ね者だった。討手の乱入で廓は大騒ぎになったが、それはしようがない。

 そもそも、そんな男を選んだ楼主にこそ責任があるし、楼主自身、それを自覚していた。

 むしろ、恋歌が手を着けられる前でよかったと廓の連中は自分を納得させていたらしい。 だが、そんなことが二度も重なれば頭にもくる。それは恋歌にも理解できる。

 昨夜、廓全体が飛び上がるほどの悲鳴が聞こえて皆が中庭へと顔を出したという。

 すると次々と雨戸が落ちてきて、それを落としたのは泉華楼一番の太夫だった。それだけでもみっともない話なのに、またもや一人の客が失踪し、今度は一人が殺された。すべて恋歌絡みでだ。廓の客を何人も失った上に、あろうことか恋歌は顔に傷をつけられた。

 当然関係者は夜のうちに取り調べられたが、美雪と恋歌の二人はすぐに帰された。

 当初は、当然の動機がある高村晋輔が籐衛門を殺したのだとも考えられたが、そうでないことは素人にもわかった。籐衛門の首はへし折られており、掴んだ手の痕がくっきりと残っていた。その痕は高村晋輔の小さな手とは明らかに異なり、しかも、籐衛門は片手で絞め殺されていたのだ。なにより、廓の連中が駆けつけたとき、高村晋輔は意識を失っていた。

 まだ、調べを受けてはいるが、彼もすぐに解放されるだろう。

 あたしが悪いんじゃない、と恋歌は言い、それが正しいことは楼主の頭でもわかるはずだと恋歌は思った。

 が、納得してもらえるとは、恋歌本人でさえ思えない。

 カムロが離れ、傷の手当が終わったことを告げた。 出ていっていいと言われ、少女は明らかにほっとした様子で部屋を出ていった。

 カムロは怯えていた。楼主は怒っている。恋歌は両方だ。だが、喜びを隠そうともしない奴がいる。

 遣り手のサキの口元はほころんでいた。

 楼主の打擲がとりあえず終わったと思った彼女はよっこいしよ、とかけ声をあげながら立ち上がった。

 遣り手とは遊女の管理、監督を行う女で、普通は老いた遊女などがなる。サキもかつては少しは名の知れた太夫だったらしいが、今はただの陰険な老女に過ぎない。

「この傷は治りませんね」

 サキはきつい口臭を恋歌に吹きかけながら、その傷口を覗き込んだ。

「これは駄目。もうこの顔じゃ太夫は務まりません」

 楼主ではなく、恋歌に宣告するように彼女は言った。

「小さな傷だわ」

 鏡で自分の顔を既に見ている恋歌は反論する。が、大きな声ではできない。昨日までなら、恋歌は泉華楼一番の遊女だったから、多少のわがままは言えた。遣り手も気に入らないことがあっても、廓一番の太夫には簡単に手を出せなかった。だが、今日からはそうはいかないかもしれない。

「こんなの化粧すればわからない。どうってことのない傷だわ」

「そうだな」

 楼主もそれだけは認めた。もちろん、その後には逆接の接続詞が続く。

「しかし、それは並の遊女ならの話だ。お前はそうじゃない。しかも、お前には悪い噂が広まった。ぞっとするような噂だ。もうお前を一番に抱きたいという奴はいまいよ。並の遊女なら、そんな小さな傷はどうってことはない。だから、お前は今日から並の遊女になれ」

「今までみたいにわがままを言っても許されるなんてことはなくなるよ」

 嬉々としてサキが言う。もう遠慮なんてしないと言っているのだった。

「降格だ、恋歌」

 楼主は、恋歌の新しい地位を宣告した。

彼女は太夫の地位を剥奪された。

 自分の肩がびくっと震えるのが、恋歌にはわかった。サキが歓ぶのがわかっても、止めようがなかった。

「いきなり?それはないよ」

 恋歌はせめてもの抵抗を口にした。

 だが、楼主は首を縦には振らなかった。

「わからないのか?これは温情だぞ」

 どうしてそれを温情と呼べるのか、恋歌にはわからない。

 それでも、楼主の出した結論を自分には覆しようがないことはわかった。

 サキのにやにやとした笑顔が、恋歌の失意に拍車をかけた。


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