表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔王を倒したガチムチ聖者、召喚された日に戻される 〜リストラ帰りの三十歳、能力そのままで現代を生き直す〜』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/27

第27話 青い看板

 鳴瀬律が残したレシートの裏には、短い言葉しかなかった。


《北側アーケード 青い看板 夕方に鳴る》


 住所ではない。


 店名でもない。


 ただ、場所の匂いを言葉にしたようなメモだった。


 敦はそれを、何度か読み返した。


 北側アーケード。


 青い看板。


 夕方に鳴る。


 分かるようで分からない。


 だが、鳴瀬が嘘をついているとは思えなかった。


 逃げたい。


 関わりたくない。


 登録されたくない。


 それでも、あの少女のスマホを伏せた。


 針を浮かせた。


 嫌そうな顔で助けた。


 ああいう人間は、面倒だ。


 そして、放っておきにくい。


 追いかけない。


 それは、鳴瀬律を追跡しないという意味だった。


 だが、鳴瀬が残した場所を確認しないという意味ではない。


 少女の搬送と端末保全が済み、商店街組合と警察への事前連絡が入った時点で、橘は北側アーケードの確認を決めた。


 商店街の近くに停めた黒い車の中で、橘は紙の地図を広げた。


 大型画面はない。


 タブレットも使っていない。


 黒玻璃堂の時ほど過敏になる必要はない。


 それでも、今回の相手は画面と回線に絡む。


 最初は紙で見る。


 それが橘の判断だった。


「北側アーケードに、青い看板は四つあります」


 橘が赤いペンで印をつける。


「青葉モバイル修理。青井薬局。青空学習塾。あと、商店街の無料Wi-Fi案内板」


「無料Wi-Fiの案内板」


 敦はその言葉に、少し反応した。


 鳴瀬が言っていた。


 本体は商店街の無料Wi-Fiの看板に寄生している。


 橘も同じ印を指す。


「三上さんのログでも、無料Wi-Fi側に不自然な接続履歴があります。ただし、証拠としてはまだ弱い」


 車内スピーカーから三上の声が入る。


『通常の広告配信や見守りアプリ通信に混ざっています。表から見ると、地域見守りサービスの通知に見えるんです』


「見守りサービス」


 敦は眉を寄せた。


 さっきの少女が言っていた、頭に音が響く感じ。


 鳴瀬の言う探知針。


 それが見守りという言葉の皮をかぶっている。


 嫌な組み合わせだった。


『ただ、配信先が変です。端末の位置や年齢層だけでなく、反応の揺れを拾っているように見えます』


「反応の揺れ?」


『普通の言い方をすれば、アプリに対する操作反応です。でも、そこに説明しにくい偏りがあります。特定の端末だけ、通知後に異常な再接続をしています』


 橘が短く言う。


「能力者、あるいは能力者に近い反応を示す人を拾っている可能性」


『まだ仮説です』


「仮説として扱います」


 橘は紙にそう書いた。


 敦は車の窓から商店街を見た。


 昼の賑わいはまだ残っている。


 だが、夕方に近づくにつれて、人の流れが少し変わってきた。


 学校帰りの学生。


 買い物を終えた主婦。


 自転車で通り抜ける会社員。


 それぞれがスマホを持っている。


 ポケット。


 鞄。


 手の中。


 画面。


 通知。


 音。


 黒玻璃堂とは違う。


 鏡も、映写機もない。


 けれど、今の世の中では、画面はどこにでもある。


 敦は小さく息を吐いた。


「また、見るな聞くなですか」


 橘が地図から目を上げる。


「今回は少し違います。見てはいけない画面ではなく、反応させてはいけない通知です」


「余計に嫌ですね」


「はい」


 真壁が運転席で腕時計を見た。


「夕方まで、あと三十分」


「現場を見ます」


 橘は地図を畳んだ。


「ただし、鳴瀬律が来る可能性があります。接触しても、追い詰めないでください」


「了解です」


 敦は頷いた。


「逃げたい人を押さえつけるのは違う」


 橘が少しだけこちらを見る。


「はい。ただし、逃げることで誰かが危険になる場合は止めます」


「そこは分かってます」


 黒い車を離れ、三人は北側アーケードへ向かった。


 北側は、昨日見た南側より少し古い。


 シャッターの下りた店もある。


 天井から吊るされた旗は色褪せ、ところどころ蛍光灯が切れていた。


 それでも、人はいる。


 八百屋の声。


 自転車のベル。


 揚げ物の匂い。


 店先のラジオ。


 普通の商店街だった。


 その普通の真ん中に、青い看板があった。


《まち見守りWi-Fi》


 白い文字。


 青い背景。


 子どもと老人のイラスト。


 安心。


 安全。


 地域。


 そういう言葉が、看板の端に並んでいる。


 敦はその前で足を止めた。


 嫌な感じがある。


 黒くはない。


 冷たくもない。


 だが、耳の奥を細い砂でこすられるような感覚。


 青白いノイズ。


 看板の裏側。


 アーケードの柱。


 古い電源ボックス。


 そこから、細い線がいくつも伸びている。


 通行人のスマホへ。


 商店のレジ横の端末へ。


 近くの防犯カメラへ。


 そして、まだ何も知らない人のポケットへ。


 敦は低く言った。


「ここですね」


 橘も看板を見上げる。


「見た目は普通です」


「中身は普通じゃないです」


「鳴瀬さんの言う匂いが分かりますか」


「匂いというか、耳の奥が嫌です」


「記録します」


「それは記録してええやつですか」


「感覚情報として」


 橘が紙に書く。


 その時、真壁が一歩横へ動いた。


 敦も気づく。


 看板の向かい側。


 閉店した金物屋のシャッター前。


 灰色のパーカーの男が、缶コーヒーを片手に立っていた。


 鳴瀬律だった。


 こちらを見るなり、嫌そうに顔をしかめる。


「ほんまに来たんか」


 敦は少し笑った。


「紙、投げたやん」


「勝手に読むなとは言ってへん」


「めちゃくちゃ読ませる書き方でしたよ」


「知らん」


 鳴瀬は缶コーヒーを飲み、青い看板を睨んだ。


 目の下の隈は、昼より少し濃く見える。


 また寝ていないのだろう。


 橘が一歩前へ出る。


「鳴瀬さん。協力を求めます」


「嫌です」


「では、情報提供だけでも」


「もっと嫌」


「理由は」


「言うたら巻き込まれる。書かれる。登録される。終わり」


 鳴瀬は早口で言った。


 だが、逃げない。


 この場にいる。


 それが答えでもあった。


 敦は聞いた。


「夕方に鳴るって、何が鳴るんですか」


 鳴瀬は商店街の奥を見る。


「チャイム」


「商店街の放送?」


「それに混ぜて、スマホが鳴る。普通の帰宅確認通知みたいに見える。でも、反応したやつだけ針が刺さる」


「反応したやつ」


「画面を見たやつ。音に引っかかったやつ。あと、俺みたいに匂いが分かるやつ」


 鳴瀬は自分のひび割れたスマホを見せた。


 画面には、ひびの向こうに細い波のようなものが揺れている。


「俺の端末は餌にもなる。だから寄ってくる」


「危ないんちゃいますか」


「危ないで」


「何で来たんですか」


「来んかったら、誰か刺さるやろ」


 鳴瀬は、当たり前のように言った。


 敦は返事に困った。


 面倒な男だ。


 やはり、放っておきにくい。


 橘の端末が震えた。


 三上からだ。


『橘さん、十七時に商店街放送があります。地域見守りアプリの帰宅通知も同時刻に設定されています』


「止められますか」


『商店街放送は組合に連絡中です。ただ、アプリ側の通知は外部サーバー経由で予約されています。今から完全停止は難しいです』


 鳴瀬が横から言う。


「止めても、鳴るで」


 橘が見る。


「なぜ」


「もう看板側に残ってる。予約だけやなくて、ここが勝手に鳴らす」


 三上の声が少し硬くなる。


『看板側に独立した送信機があるということですか』


「専門用語は知らん。匂いはそこ」


『匂いでは位置が分かりません』


「上。青い板の裏。右から二番目のネジの奥」


 沈黙。


 三上が少し遅れて言った。


『……商店街設備図では、そのあたりに古いメンテナンスボックスがあります』


 鳴瀬は鼻で笑った。


「ほらな」


『まだ確認段階です』


「固いなあ」


 空気がまた険しくなりかける。


 橘が静かに割って入った。


「三上さん、設備図とログ確認を継続。鳴瀬さん、現場で見えている異常だけを伝えてください。判断はこちらで預かります」


 鳴瀬は嫌そうに肩をすくめた。


「はいはい」


「返事は一回で結構です」


「怖」


 真壁が看板の下に立つ。


「外すか」


 橘は首を横に振った。


「まだです。商店街組合の許可と警察立会いが必要です」


 鳴瀬が舌打ちする。


「その手続き待ってる間に鳴る」


「だから、鳴る前に被害を抑えます」


 橘は敦を見る。


「龍宮寺さん、周辺の人へ薄い守りを。音と通知の意味を鈍らせる形で」


「はい」


 敦は胸の前に手を置いた。


 強くは出さない。


 商店街全体を白く染めれば、それ自体が騒ぎになる。


 だから薄く。


 通行人の耳。


 ポケットのスマホ。


 看板と人の間。


 そこへ、白い膜を低く広げる。


 空気が少しだけ柔らかくなる。


 店先のラジオの音が、意味を失うほどではない。


 ただ、耳の奥へ刺さる部分だけを鈍らせる。


 鳴瀬が目を細めた。


「それ、さっきより広いな」


「人が多いので」


「雑やけど、やっぱ優しいな」


「褒めてます?」


「半分」


「もう半分は」


「怖い」


 敦は少し黙った。


 鳴瀬は笑っていなかった。


「白い力って、きれいすぎると逆に怖いねん。隠れる場所がなくなる」


 その言葉は、少し胸に残った。


 白い力は守る。


 癒す。


 祓う。


 けれど、影に隠れて生きてきた人間には、眩しすぎるのかもしれない。


 敦は白い膜をほんの少しだけ薄めた。


 鳴瀬が少し驚いた顔をする。


「何で薄めたん」


「隠れる場所、少し残した方がええんでしょう」


 鳴瀬は、露骨に困った顔をした。


「そういうの、ほんまやめて」


「何で」


「次も助けなあかん気になる」


「もう来てるやないですか」


「うるさい」


 その時、商店街のスピーカーから短い予告音が鳴った。


 ぴん、ぽん。


 夕方の放送が始まる合図。


 敦の耳の奥に、青白いざらつきが走る。


 鳴瀬が顔を上げた。


「来る」


 商店街に、ゆるい音楽が流れ始めた。


 普通なら、子どもの帰宅を促すだけの音だ。


 けれど、その奥に別の音が混じっている。


 聞こえるのではない。


 刺さる。


 同時に、近くを歩いていた何人かのスマホが震えた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 全員ではない。


 見守りアプリを入れている端末。


 以前この無料Wi-Fiに接続した端末。


 近距離の案内通知を拾った端末。


 そういうものだけが、反射的に画面を光らせている。


 敦の白い膜が震えた。


 針が来る。


 青白い細い線が、看板の裏から伸びる。


 スマホへ。


 目へ。


 耳へ。


 反応の強い人間を探すように。


 敦は歯を食いしばる。


 全部焼けば、商店街中の端末に影響が出る。


 人に刺さった部分を焼けば、頭や記憶に触れるかもしれない。


 浮かせてから切る。


 黒玻璃堂で覚えた手順。


 鳴瀬が動いた。


 ひび割れた自分のスマホを高く掲げる。


 青白い針の何本かが、通行人ではなく鳴瀬の端末へ向きを変えた。


「おい!」


 敦が叫ぶ。


「餌になるな!」


「他に早い方法あるか!」


 鳴瀬の顔色が一気に悪くなる。


 自分の端末を囮にしているのだ。


 針が鳴瀬の手首へも絡もうとする。


 敦はすぐに白い膜を鳴瀬の周囲へ寄せた。


 強すぎない。


 彼の隠れる影を消さない。


 けれど、針が肉へ刺さらないように支える。


 鳴瀬が歯を食いしばる。


「白いでかい人、今!」


「浮いてるやつだけ焼きます!」


 敦は指先に白い光を集める。


 鳴瀬のスマホへ向かった針。


 通行人の端末から浮いた針。


 人に刺さる前の針。


 それだけを、細く焼く。


 白い光が走る。


 青白い針が、次々にほどける。


 看板の裏で、何かが小さく震えた。


 鳴瀬が呻く。


「まだ本体残ってる。看板の奥、鳴ってる!」


 真壁がすでに動いていた。


 商店街組合の担当者が駆けつけ、橘が短く説明する。


 警察官も到着する。


 必要最低限の許可が、その場で取られる。


 真壁が脚立を押さえ、組合の担当者が看板横の点検パネルを開けた。


 中には、古い通信機器に混じって、小さな黒い箱が取り付けられていた。


 黒玻璃堂のものとは違う。


 古い呪物ではない。


 市販の機器に、何か薄い金属の札のようなものが貼り付いている。


 青白いノイズは、そこから出ていた。


 橘が言う。


「現物確認。証拠保全優先。龍宮寺さん、機器は壊さず、外へ伸びている針だけ処理できますか」


「やります」


 鳴瀬が青い顔で言う。


「左側。札の端から伸びてる。機械の芯ちゃう。貼ってるやつや」


 敦は黒い箱を見る。


 確かに、機械そのものではない。


 その表面に貼られた薄い札。


 紙ではない。


 金属でもない。


 それが、通信のふりをして針を伸ばしている。


「見えました」


 敦は白い光を細くした。


 機械は焼かない。


 記録は残す。


 黒い箱も残す。


 ただ、札から人へ伸びる青白い針だけを、根元で焼く。


 白い光が、点検パネルの中を走った。


 札がびくりと震える。


 針が一斉に引き戻されようとする。


 鳴瀬が叫んだ。


「逃がすな! 引いた先に記録残る!」


「三上さん!」


 橘が端末へ声を飛ばす。


 三上の声が即座に返る。


『ログ、取っています。今の引き戻しで接続先が一つ見えました。大阪市内、レンタルサーバー。事業者名は偽装の可能性あり』


「十分です。龍宮寺さん、切ってください」


「はい」


 敦は白い光を握り、針の束を根元で焼いた。


 青白いノイズが、ふっと消える。


 商店街の音楽が、ただの音楽に戻った。


 通行人のスマホは、普通の通知画面を表示している。


 誰かが首を傾げる。


 誰かが画面を閉じる。


 誰も倒れない。


 誰も引きずられない。


 看板の裏の黒い箱は、無言で残っていた。


 橘が息を吐く。


「一次被害なし。機器確保準備」


 鳴瀬は、シャッター前に座り込んだ。


 顔色が悪い。


 ひび割れたスマホを握る手が震えている。


 敦は近づき、膝をつく。


「大丈夫ですか」


「大丈夫に見える?」


「見えません」


「正直か」


 鳴瀬は乾いた笑いを漏らした。


 敦は手をかざそうとして、止めた。


「触っていいですか。治すんじゃなくて、頭のざらつきを少し落とすだけ」


 鳴瀬は嫌そうに顔をしかめた。


「白いの、苦手やねんけど」


「薄くします」


「……薄くなら」


 敦は鳴瀬の肩に触れない距離で、白い力を薄く広げた。


 治癒ではない。


 浄化でもない。


 ノイズに削られた神経を、少しだけ休ませるような力。


 鳴瀬の呼吸が、ゆっくりになる。


「……腹立つぐらい楽になるな」


「それはよかったです」


「礼は言わんで」


「はい」


「言ったら、次も頼みそうになる」


 敦は少し笑った。


「それでもええですけど」


「よくない」


 鳴瀬は顔を背けた。


 橘が近づいてくる。


「鳴瀬さん。事情聴取ではなく、医療確認を受けませんか」


「嫌」


「では、休憩場所だけでも」


「嫌」


「食事は」


 鳴瀬の反応が一瞬だけ遅れた。


 敦は見逃さなかった。


「飯、食べてへんのですか」


「食べた」


「何を」


「缶コーヒー」


「それは飯ちゃう」


 鳴瀬はむっとする。


「カロリーある」


「真壁さんに怒られるやつです」


 真壁が横から短く言う。


「怒るぞ」


「何であんたまで乗ってくんねん」


 鳴瀬は本気で嫌そうにした。


 その表情に、少しだけ年相応の疲れが見えた。


 橘は静かに言う。


「近くの店で食事をしましょう。記録は最低限。名前は、今は音だけ。住所は聞きません」


「信用しろって?」


「信用するかどうかを、今ここで決めなくていいと言いました」


「ほんま嫌な言い方するな」


「必要なので」


 鳴瀬は黙った。


 しばらく、商店街の奥を見る。


 さっきまで青白い針が飛んでいた場所。


 今はただ、夕方の買い物客が通っている。


 その普通の景色を見て、鳴瀬は小さく息を吐いた。


「三十分だけ」


「分かりました」


「紙に書くな」


「食事場所と時間だけ記録します」


「それも嫌や」


「安全確認に必要です」


「……嫌なぐらい現実的や」


 鳴瀬は立ち上がった。


 ふらついたところを、敦が手を伸ばす。


 鳴瀬はその手を見て、少しだけ迷った。


 そして、掴まなかった。


 自分で立つ。


 だが、逃げもしなかった。


 敦は手を下ろす。


 それでいいと思った。


 無理に掴む必要はない。


 逃げ道を塞ぐのではなく、戻ってこられる道を残す。


 たぶん、この男にはそれが必要だ。


 橘の端末に、三上から新しい連絡が入る。


『橘さん、黒い箱の接続先から、似た通信が複数出ています。市内だけで、少なくとも六か所』


 橘の表情が硬くなる。


「六か所」


『はい。ただし、全部が起動しているわけではありません。今回のものは、試験運用に近い可能性があります』


 鳴瀬がぼそりと言った。


「六で済むなら、まだましや」


 敦が見る。


「もっとある?」


「匂いは薄いけど、伸び方が嫌や。誰かが能力持ちを探してる。集めるためか、売るためか、知らんけど」


 売る。


 その言葉に、敦の腹の奥が冷えた。


 黒玻璃堂は、人を観客にしようとした。


 今度は、能力者を探している。


 登録でも保護でもない。


 もっと嫌な目的で。


 橘が短く言う。


「特殊事案係として調査します」


 鳴瀬は笑った。


「ほら、始まった」


 敦は鳴瀬を見る。


「始まる前に、飯食べましょう」


「何でそこに戻るん」


「腹減ってると、悪い方に考えるんで」


 鳴瀬は一瞬、呆れた顔をした。


 それから、小さく笑った。


 本当に小さい笑いだった。


「白いでかい人、変やな」


「よく言われます」


「ほんまに言われてそう」


 商店街の弁当屋は、まだ開いていた。


 油の匂いがする。


 揚げ物の音がする。


 普通の夕方が、少しずつ戻っている。


 敦は青い看板をもう一度見た。


 針はもう伸びていない。


 だが、黒い箱は証拠として残り、接続先も一つ見えた。


 完全な勝ちではない。


 けれど、誰も席には座らされなかった。


 誰も針に引かれなかった。


 鳴瀬も、逃げずに飯へ向かっている。


 それなら、今日のところは十分だ。


 敦はポケットの中のレシートを指で確かめた。


《北側アーケード 青い看板 夕方に鳴る》


 その言葉は、もうただの予告ではない。


 新しい道の入口になっていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ