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第八話:ゴブリン部隊(パーティ)

 暗い通路の向こうから響いてくる、統率の取れた足音。

 健志郎の背筋に、ひやりとしたものが走った。先ほど倒した一体のゴブリンとは、明らかに練度が違う。これは、組織された「部隊(パーティー)」だ。


 退くべきか?

 

 いや、と健志郎は首を振った。左腕のガントレットが、もっとエサをよこせと、飢えた獣のように脈打っている。そして何より、彼の内には今、二種類の「影」が渦巻いていた。


 スライムの『弾力性』と『粘着性』。

 ゴブリンの『筋力』と『棍棒の硬度』。


(組み合わせるんだ……!)

 

 健志郎は、咄嗟に『影の具現化シャドウ・クラフト』を発動した。

 彼の頭に浮かんだのは、サラリーマンなら誰もがお世話になる、あの道具だった。会議で使う、伸縮自在の指示棒。そして、プレゼンで使う、レーザーポインターの光。


(リーチが欲しい。そして、相手の動きを止めたい)


 イメージは固まった。

「硬くて、伸びて、くっつく鞭」を!


 健志郎の左腕で、ガントレットが黒い光を放つ。手の甲から、影がインクのように溢れ出し、みるみるうちに形を成していく。

 

 それは、柄の部分は硬質で、先端に向かうにつれてしなやかになる、一本の黒い鞭だった。長さは二メートルほど。そして、その先端には、スライムの粘性を凝縮したかのような、小さな球体がついていた。


『シャドウ・ウィップ』。健志郎が名付けた、初めての複合クラフト武器だ。


 その武器が完成したのと、通路の角から敵が姿を現したのは、ほぼ同時だった。

 現れたのは、三体のゴブリン。

 

 先頭に立つ一体は、他よりも一回り体が大きく、ボロボロの革鎧のようなものを身に着けている。その目には、明らかな知性と、統率者としての威圧感が宿っていた。リーダー格だ。

 

 その後ろに控える二体は、それぞれ棍棒と、錆びた短剣を手にしている。彼らは、健志郎を見ると、キーッと威嚇の声を上げたが、リーダー格が手を上げると、ぴたりと動きを止めた。見事な連携だった。


 リーダーゴブリンが、顎で健志郎をしゃくり、何かを命じる。

 左右の二体が、挟み撃ちにするように、じりじりと距離を詰めてきた。


(まずい、囲まれる……!)

 

 健志郎は、とっさにシャドウ・ウィップを振るった。

 ヒュン、と風を切る音を立てて、黒い鞭がしなる。健志郎は、右側から迫ってくる棍棒持ちのゴブリンの足元を狙った。


 鞭の先端が、ゴブリンの足首に巻き付く。

 

「グェ!?」

 ゴブリンは、足にまとわりつく粘着質の物体に驚き、体勢を崩した。


(いける!)

 健志郎は、鞭を引いてゴブリンを転ばせようとした。しかし、ゴブリンの踏ん張りの方が強く、びくともしない。

 

 その隙に、反対側から短剣持ちのゴブリンが、鋭い突きを繰り出してきた。


「うおっ!」

 

 健志郎は、咄嗟に体をひねってそれをかわす。頬を、錆びた刃がかすめていった。数本の髪がはらりと落ちる。

 冷や汗が背中を伝った。やはり、素人の悲しさか、武器を使いこなせていない。


(落ち着け、俺。リスク分析だ)

 

 健志郎は、サラリーマン思考を叩き起こす。

 敵は三体。リーダーは後方で指示。前衛二体を、同時に相手にするのは不利だ。まずは、数を減らす。ターゲットは、動きを封じた棍棒持ち。


 健志郎は、鞭を引くのをやめ、逆に腕を前に突き出した。

 すると、シャドウ・ウィップは、彼の意思に応えて、柄の部分からさらに影を伸ばし、まるで槍のように硬質化しながら、棍棒ゴブリンの胸を貫いた。

 

「グギィッ……!」


 ゴブリンは、驚いた表情で顔で自分の胸を見下ろし、そのまま黒い塵となって消えていった。


 一体、撃破。

 しかし、安堵する暇はない。

 

 リーダーゴブリンが、仲間をやられたことに激昂し、雄叫びを上げて、自ら突進してきたのだ。そのスピードは、他のゴブリンとは比べ物にならない。


 健志郎は、残る一体の短剣ゴブリンを鞭で牽制しつつ、リーダーとの距離を取る。

 リーダーは、健志郎の周りを回り込み、死角を狙おうとフェイントをかけてくる。その動きは明らかに戦闘に習熟していた。


(こいつ、強い……ぞ!)

 

 健志郎は、鞭を振るって応戦するが、リーダーはそれを紙一重でかわし、じりじりと距離を詰めてくる。

 そして、ついに懐に入り込まれ、強烈な拳打を腹部に受けた。

 

「ぐぼっ……!」


 息が詰まる。数歩後ずさり、壁に背中を打ち付けた。


 リーダーゴブリンは、勝利を確信したかのように、ニヤリと汚い歯を見せ、とどめの一撃を放とうと拳を振りかぶった。

 もう一体のゴブリンも、好機とばかりに短剣を構えて突進してくる。


 絶体絶命。

 その時、健志郎の脳裏に、あるアイディアが閃いた。

(スライムの『弾力性』……ゴブリンの『筋力』……そうだ、あれが使えるかも!)


 健志郎は、とっさに左腕のガントレットを、自分の目の前の地面に叩きつけた。

 そして、心の中で叫ぶ。

 

(クラフト!『シャドウ・クッション』!)


 ガントレットから、大量の影が溢れ出し、地面に直径一メートルほどの、黒いゲル状の塊を創り出した。

 それは、リーダーゴブリンが拳を振り下ろすのと、短剣ゴブリンが飛び込んでくるのと、ほぼ同時だった。


 ボヨンッ!!――


 黒いクッションは、二体のゴブリンの衝撃を、驚異的な弾力性で受け止めた。そして、トランポリンのように、二体の体を天井に向かって勢いよく跳ね返したのだ。

 

「「グェ!?」」


 ゴブリンたちは、なすすべもなく宙を舞い、天井に頭を強打して、無防備なまま落下してくる。


 健志郎は、この千載一遇の好機を逃さなかった。

 彼は、硬質化させたシャドウ・ウィップを槍のように構え、落ちてくる二体のゴブリンの心臓を、正確に貫いた。


 ダンジョンに静寂が戻った。

 健志郎は、ぜえぜえと荒い息をつきながら、その場にへたり込んだ。体はボロボロで、脂汗が止まらない。しかし、彼は勝ったのだ。


(喰らえ……)

 

 彼は、残った気力を振り絞り、『影の吸収』を発動した。

 三体のゴブリンの、濃密な影が、渦を巻いてガントレットに吸い込まれていく。力が、体の隅々まで満ちていくのを感じた。


 ふと、健志郎は、リーダーゴブリンが消えた場所に、何か小さなものが落ちているのに気づいた。

 それは、ボロボロの革をなめした、小さな袋だった。

 中には何が入っているのだろうか。

 健志郎が、その袋に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。


 ダンジョンの入り口の方から、けたたましい警告音が鳴り響いた。

 

『緊急警報! 緊急警報!ダンジョン内に、規定レベルを超える高エネルギー反応を確認! 中にいる人は、至急退避してください! 繰り返します』


 健志郎は、はっと顔を上げた。

 

(高エネルギー反応……?まさか、俺のことか!?)

 

 警告音は、鳴りやまない。このままでは、ギルドの人間が調査に来てしまうかもしれない。


(どうする? 俺!)


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