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第三十六話:おっさんとAランク探検者の密約

 羽衣ダンジョンでの「テスト」を終えた健志郎は、桐生から「ギルドからの次の司令を待つように」と、事実上の自宅待機命令を下され、一時的に解放された。

 

 ギルドの装甲車が彼を降ろしたのは、自宅から少し離れた路上だった。監視されている。その事実を理解しつつも、久しぶりに吸う自宅周辺の空気は、彼のささくれた心をわずかに癒した。


 玄関のドアを開けると、深夜にもかかわらず、リビングの明かりがついていた。

 

「あなた……!」


 ソファでうたた寝をしていた妻の友里が、物音に気づいて飛び起きた。その目には、安堵と、深い心配の色が浮かんでいる。

 

「どこで、何を……。会社から、よく分からない連絡があったきり……」

「すまない。心配かけたな。ちょっと、急な出張でな。もう大丈夫だ」


 健志郎は、それ以上を語らず、妻を優しく抱きしめた。この温もり。この匂い。失いかけて、初めてその本当の価値を知る。彼は、家族との束の間の平穏を、心の底から噛みしめていた。


 

 翌日。

 健志郎は、何食わぬ顔で、久しぶりに会社へと出社した。

 

 急な長期欠勤。普通なら、上司からの厳しい叱責は免れない。彼は、頭の中で何度も謝罪の言葉を練習しながら、重い足取りでオフィスへと向かった。


 しかし、彼を待っていたのは、予想とは全く違う反応だった。

 

「おお、二条! 大変だったそうじゃないか!」


 部長が、満面の笑みで彼の肩を叩いた。その態度は、叱責どころか、畏敬の念すら含んでいるように見える。

 

「いやはや、君がそんな国家機密レベルのプロジェクトに協力していたとは、夢にも思わなかったよ! ギルドの方から、くれぐれも君のことは他言無用にときつく言われていてね。うん、心配いらん!今回の欠勤は、もちろん特例として処理しておくから、気にせず仕事に戻ってくれたまえ!」


 健志郎は愛想笑いを浮かべながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 

(ギルド……。一組織に過ぎないはずのギルドが、民間企業の人事すら、こうも簡単に動かすのか……)


 その異常なまでの権力に、改めて得体の知れない疑問と恐怖を抱いた。


 

 その日の仕事帰り。

 健志郎が疲れ切った体で会社を出ると、ビルの入り口の柱に、一人の女性が寄りかかって彼を待っていた。

 私服姿だが、その鋭い佇まいは隠せない。Aランク探索者、リンだった。

 

「……何の用かな」


 健志郎は、警戒心を最大限に高めながら、当たり障りのない口調で尋ねた。

 

「内密に、あなたに話があるの」


 リンの真剣な表情。それは、健志郎に断るという選択肢を与えなかった。


 二人は、近くの雑居ビルにある、居酒屋へと向かった。



 個室に入り、形ばかりのビールが運ばれてくる。

 その静寂を破ったのは、健志郎の方だった。アルコールが入ったわけでもないのに、これまでの鬱憤が堰を切ったように溢れ出したのだ。

 

「おかしいじゃないか! 法治国家のこの日本で何の罪もない人間を、ろくな証拠もなく監禁するなんて! あなたたちは、自分が何をやっているのか、分かっているのか!」


 それは、家族と引き離された賢志郎の本心の叫びだった。


 その言葉に対し、リンは、表情一つ変えずに、静かに衝撃的な事実を告げた。

 

「ギルドは、立法、司法、行政の外にある。そういう、超法規的な組織よ」

「な……!?」

「十年前、世界中にダンジョンが出現した時、政府は既存の法体系では対処できないと判断した。だから、政府直下の組織として、ギルドが設立された。モンスターから、国民を守るためにね。でも……」


 リンは、そこで言葉を切ると、ビールを一口飲んだ。

 

「十年経った今、その力関係は完全に逆転した。ダンジョンから得られる資源、モンスター素材から生まれる新技術……それらを独占したギルドの権力は、今や、政府すら超えている」


 リンによると、現在のギルドは、わずか七人のSランク探索者を頂点とした、絶対的な階級社会だという。彼らの決定は、総理大臣の命令よりも重く、誰にも覆すことはできない。


 そして、彼女自身も、その歪な組織のあり方に、強い不満と疑いを抱いているのだと静かに語った。

 

「今のギルドは、腐ってる。正義のためじゃない。自分たちの権益を守るためだけに動いている。私は……Sランクになって、ギルドの中枢から、この組織の真実を知りたい」


 その内容に、健志郎は言葉を失った。目の前の少女が、ただのギルドの尖兵ではないことを、初めて理解した。

 

 リンは真っ直ぐに健志郎の目を見つめた。彼女のスキル『獣の嗅覚』が、目の前の情けないおっさんが、計り知れない何かを秘めていると、強く訴えかけていた。

 

「私の勘は、外れない。あなたには、何か特別な力がある。ゴブリン・ジェネラルと対峙し、羽衣ダンジョンでミノタウロスを退けた、あの『幸運』は、ただの偶然じゃない」


 そして、彼女は、健志郎にとって、あまりにも突拍子もない提案をするのだった。


 

「私と一緒に、Sランク昇進試験を受けなさい」

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 いきなり北朝○みたく拉致監禁するし、なんかこの組織から「ゲ○以下の臭いがプンプンするぜェーーッ!!」なのは気のせいか?……と思ってたらやっぱり腐敗してたんですなぁ。 健志郎さんが家族を…
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