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第三十二話:ギルドの判断

 ギルドの一室は無機質な金属の壁に囲まれ、ひやりとした空気が漂っていた。

 健志郎はパイプ椅子に座らされ、ただのサラリーマンとして、目の前に立つAランク探索者・リンと対峙していた。彼女の背後には屈強なギルド職員が二人、腕を組んで立っている。まるで罪人扱いだ。


「二条健志郎さん。単刀直入に聞きます。あなたは一体、何者です?」


 リンの声は、氷のように冷たく、一切の感情が削ぎ落とされていた。

 彼女は、健志郎の前に一枚の報告書を置いた。そこに記されていたのは、ギルドの最新技術が叩き出した、動かぬ証拠だった。


「先日の、学園祭襲撃事件。我々ギルドは、現場で規定値を大幅に超える、二つの高エネルギー反応を観測しました」

 リンの指が、報告書の一点を指し示す。

 

「一つは、ゲートから現れた、災厄級モンスター『ゴブリン・ジェネラル』。Bランクの探索者が十人がかりでも倒せるかどうかという、規格外の存在です」

 

 そして、彼女の指は、もう一つのデータへとスライドした。

 

「そして、もう一つは……あなたです」


 健志郎の心臓が、大きく跳ねた。

 

「そのエネルギーの波長は、以前、桜ヶ丘ダンジョンで観測された謎の波長と、完全に一致しました」

 リンの目が、鋭く健志郎を射抜く。

 

「ギルドは、あなたが何らかの特異な能力を持つ、極めて危険な一般人であると、そう断定しています」

 尋問が、始まった。


 リンは自らのスキル『獣の嗅覚』を使い、健志郎から漂う、微かだが明らかに異質な「力の匂い」を感じ取っていた。インクを極限まで水で薄めたような、捉えどころのない、しかし確かな存在感。

 

「あの状況で、あなたは娘さんを守り、生き残った。ただの偶然や、火事場の馬鹿力で、ゴブリン・ジェネラルが引き起こした惨状から、無傷でいられるはずがない」


 健志郎は、サラリーマン人生で培った全てのスキルを総動員した。彼は、ただただ怯え、娘の身を案じる、しがない父親を完璧に演じ続けた。

 

「わ、私に力などありません……! 本当に、必死だっただけで……! 娘を守りたい一心で……。火事場の馬鹿力だったのかもしれません……!」

 

 その声は震え、目には、恐怖と混乱の色を浮かべている。


 しかし、『影の偽装皮膚』でガントレットを隠してはいても、観測されたエネルギー反応という、動かぬ証拠を前に、その言い訳は、あまりにも苦しかった。


「火事場の馬鹿力……ですか」

 リンは、冷ややかに呟いた。

 

「あなたの言う『馬鹿力』は、Bランク探索者十人分に匹敵するエネルギーを放出するようですね。そんな一般人が、この世に存在すると?」


 健志郎は言葉に詰まった。冷や汗が背中を伝う。

 業を煮やしたリンは、ついに、最後のカードを切った。

 

「……分かりました。あなたがそう言い張るのであれば、仕方ありません。次は、あなたの娘さんからも、詳しく話を聞かせてもらうことになります。彼女なら、何か知っているかもしれませんからね。父親の、秘密の力について」


 その言葉に健志郎の表情から、演技のメッキが剥がれ落ちた。


 動揺。それは、怒りでも、恐怖でもない。自分のせいで、愛する娘が、この冷たい部屋に呼ばれ、尋問されるかもしれないという、父親としての純粋な恐れだった。

 

「そ、それだけは……!娘は、何も知りません!どうか、あの子だけは巻き込まないでいただきたい!」


 健志郎が、涙ながらに懇願した、その時だった。

 部屋のドアが静かに開き、ギルドの幹部職員らしき壮年の男が入ってきた。彼は、健志郎とリンに、一枚の書類を見せる。

 

 そして、ギルド上層部による最終判断を、冷徹に、そして事務的に通告した。


「二条健志郎。ギルド上層部の判断が下った」

 壮年の男の声が、部屋に響く。

 

「探索者登録もなしに、これほどの高エネルギー反応を示す者を、我々ギルドとしては、社会に放置しておくことはできない。それが、スキルを持たない、ただの中年の一般人であるのなら、尚更だ。その存在そのものが、計り知れないリスクとなる」


「よって、あなたを、ギルドの管理下に置く。そして、その能力の全容が解明されるまで、我々が指定する施設に、事実上、監禁させてもらう」


 それは、釈放ではなく、管理という名の捕獲宣言だった。


 健志郎の頭の中が、真っ白になった。

 家族の元へ、帰れない。友里の顔も、凛の顔も、もう見ることができないかもしれない。

 

「そ、そんな……! 待ってください! 私には、家族が……!」


 しかし、彼の悲痛な叫びは、無情にも無視された。

 背後に立っていた二人の職員が、健志郎を押さえつけ、首筋に強力な麻酔薬を注射された。

 

「やめろ! 離せ! やめ……ろ……」

 抵抗も虚しく、健志郎は、そのまま部屋から引きずり出されていく。


 薄れゆく意識の中、すれ違いざまにリンの顔が見えた。彼女は、何も言わず、ただ、複雑な表情で健志郎を見つめていた。


 健志郎は、家族の元へ帰ることも許されず、そのまま、ギルドの冷たい廊下の、さらに奥深くへと、連行されていく。



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