第10話
現在は『天国板』と名称を変えているが、それにしても何をする板なのかわからない。そもそもデフォルトの名無しすら決まっていないのだ。まずは板の自治スレで詳細を確かめる他ない。スレを開くと、FOXという運営コテが説明をしていた。これによると、トーナメント以前のVIPのようにクオリティが高くて面白いレスを取り戻すべく、自己判断で勝手に作ったのだという。板ってこんな簡単に作っていいもんなのか。だから住民も当然のようにVIPPERばかり。やっちまった感が否めないが、まずはデフォルト名無しを早急に決めなければなるまい。そこで、1人の名無しがこんなスレを立てた。
『>>5に書かれた名前が名無しで決定』
まさかの安価スレである。そして、5レス目に書き込まれた名前がこちら。
「田中」
天国板の名無し、田中に決定。
「田中wwwwwww」
「バカじゃねーのwwwwwっうぇwwwwwww」
「うはwwwwwクオリティタカスwwwwwww」
住民も困惑しつつ笑いが止まらない。こんな決め方をした板は俺の知る限り、後に先にも天国板だけだ。大方は歓迎ムードであったが、やはり気に入らない者もいて、すぐに天国を罵倒するスレが立った。
「こんな板必要ねぇよボケ!」
反骨の田中に対し、他の田中がすぐにレスを返す。
「そうだね」
他の田中達も続けて書き込む。
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
この四文字が永遠と書き込まれていく。誰一人として、全く欠ける事なく。
「なんだよお前ら、それしか言えねぇのwwwwwww」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
全盛期のVIPでも一人くらい煽りレスを入れるだろう。しかし、この四文字以外の書き込みはスレ主だけ、という異常事態が続いていった。楽しそうなので俺も『そうだね』とレスしておいた。
「何だよおまえら!何か言えよ!気持ちわりぃよ!」
スレ主もだんだん怯え出す。それでも田中達は隊列を乱さない。
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
ホラー映画さながらに、50レスを越えても『そうだね』以外の発言は全く書き込まれない。
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
「もういい加減にしてくれ!もういいから!おまえらの好きにしろ!」
「そうだね」
「そうだね」
「そうだね」
こうして反骨の田中は恐怖のあまり逃げ出した。張本人が消えたにも関わらず『そうだね』の流れは最後まで途切れず、100レスを超えた辺りでそのままスレは落ちてしまった。俺はこの流れを見て、どこか懐かしい気持ちを覚えていた。最近のVIPで頻繁に起こっていた、スレ主のワガママに付き合う自己中心的なスレにすっかり馴染んでしまい、みんなで1つのスレを盛り上げる感覚を忘れてしまっていたのだ。ここなら以前のVIPを再現できる。この板をもっと盛り上げて2ちゃんねる内で1番活気のある板にしたい。そう思って俺は正式に、天国板の住民になろうと決心した。これからは田中になるのかぁ、と思っていた矢先、またまた田中の1人がスレを立てた。
『天国板の初コテです!よろしく!』
なんやと。スレを覗くと、スレ主以外にも様々なコテで溢れかえっていた。これはスレの流れからなのだろうか。俺も豚長で適当にレスをする。
「別の所で使ってたコテだけどよろしくー」
特に反応なし。他のコテも自己紹介的な文だけで、雑談する流れにはならない。このままコテとして過ごすのも悪くないが、まだどんな板なのかもわからないので一旦保留。しばらく田中で楽しむことにした。
それから1週間も経つと、板の方向性が根付いてくるようになった。まず、ネタスレはネタスレでも大喜利的なネタスレが大半。VIPのように厄介な突撃はせず、かと言って安価スレで◯◯を実行、なんて事もしない。意味のない事を田中が立て、他の田中達が調理する。ただただスレで遊ぶのだ。例えば、『外を歩いてたら雪が降ってきた』というスレタイで『夏なのにね』と1レス目に書いてあったとしよう。2レス目の田中が、『こんにちは、真夏のサンタクロースさん』なんて事を書き込むと、3レス目の田中が『婚約指輪をプレゼントしにやってきたんだ。去年のクリスマスに渡しそびれてしまったからね』と、恋愛ストーリー仕立てにしてしまう。すると、4レス目以降から素敵な恋模様が展開されていくのである。2レス目に『異常気象だ!』と書かれれば槍が降るし、『さむいよー』と書かれれば海が氷になってしまう。『つまんねぇよ』と煽ったところで『じゃあ雪だるまを作ろう』と書かれれば、たちまちメルヘン異世界の完成だ。VIPPERとはまた違ったクオリティの高いスレばかりで、糞スレを見つける方が難しかった。『うんこは苦くて美味い』という本当に糞みたいなスレもあるが、これは後に天国板の代名詞的なスレとなる。どういうスレかというと、1レス目に先述したレスが書かれており、その後に『うんこは苦くて美味い』と続く事もあれば『たしかに』なんて反応が続く場合もある。実にくだらないスレなのだが、これが無いと寂しいと言われるまで定期的に立ち続けるようになった。今でも理由はよくわからん。なにせ田中だし。1ヶ月も経つと『w』を全く使わない、というより使ってはいけない雰囲気となった。大喜利なのに『w』を使って笑わせようとするのは如何なものか、という意見が突出した結果である。そのうち『ワロス』まで絶滅していき、淡々とネタ作りに参加する田中達、という構造が完成。天国板はお笑い芸人みたいな板へと成長していった。こんな感じで、俺は天国での生活を田中のまま満喫して過ごすのであった。
VIPの方はというと、新規が増えたとはいえ、まだまだそのクオリティは健在なのでちょいちょい覗いていた。そんな中、1度だけパートスレの住民になったことがある。『妹「お兄ちゃんに言わなアカンことがあるんよ」』みたいなスレタイだった気がする。気がする、というはつまり、思い出がほとんど無いのだ。ざっくり内容を説明すると、『GK』というコテが実の妹と一線を越えた関係になるのか、というのをワクテカしながら楽しむスレ。あ、ワクテカはワクワクテカテカの略です。電車男のようにGKがスレに1日の出来事を報告するブログ形式で、GKが来るたびに『おかえり!』だの『どうしたあぁぁぁ!?』などとレスを付けながら楽しむ。妹さんの立ち振る舞いや発言がむず痒くなるほど可愛らしく、我々スレ住民達はことごとく萌え殺されていた記憶がある。なんかすげー楽しそうでしょ。でも覚えてないんだなぁ、これが。しかもこのスレで俺は『隊長』を名乗っていたのだ。なのに思い出が全く無いってのはどういうこっちゃ。いま振り返ってみると、あれは釣りの一種だったのかもしれない。電車男の真似して有名になりたかったのかもね。ちなみに、このスレは3ヶ月も立たないうちにどういう訳か終了していた。未だに謎は深まるばかりである。
こんな感じで田中になったりVIPPERになったりして、私生活では相変わらずまどか様に萌え萌えきゅんきゅんしていた。恋模様は依然として変わらず平々凡々と日常が過ぎていき、あっという間に夏休みを迎えた。そしてこの時、『のんびり規制』と呼ばれる、VIP史上最悪の規制が始まった。板全体の合計で300程度しかスレ立て出来なくなってしまったのだ。つまり、安価スレや釣りスレ等のネタスレが気軽に立てられない。さらに、テレビドラマで電車男の放送がこの夏に始まり、2ちゃんねる全体に新参者がバンバン流れてきたのである。当然これに付随して、VIPPERは今まで以上に増え続ける。さぁ、こうなると板はどうなるか。見渡す限りの馴れ合いパートスレ、ゲーム実況スレ、謎の犬猫癒し画像スレに料理の献立スレ等々。スレタイに星マークまで付いていやがる。
はっきり思った。なんだ、この板は。
これがVIPと呼べるのか。否、これはVIPではなく、馴れ合いカテゴリーに属するリア充的スイーツ(笑)板である。当時の俺はこの手の板が大っ嫌いだった。笑いの要素がどこにも無いし、そもそも2ちゃんねるというのは殺伐としてイキリあってるぐらいが丁度良かったんじゃないのか。これじゃVIPはおろかただの雑談掲示板じゃないか──。こうなると以前のようにVIPを楽しむ事はできない。完全に失望してしまった俺は、身も心もVIPから離れようと決心した。そして、これを期に2ちゃんねる内でコテを名乗ってやろうと思い、豚長として生活することを決心した。だからと言って天国板で特にコテ宣言をする事もなく、田中と同じようにネタスレを楽しむ日々を送るようになっていった。そしてここまで書き忘れていたが、のんびり規制が始まった頃には天国板はコテで溢れかえっていた。どれくらい溢れていたかというと、田中とほぼ同等かちょっと少ないくらい、と書くとその多さがちょっぴり体感できるだろうか。有志の田中が天国のコテをまとめたスレを立てた事があったのだが、1人1人のコテを改行しながら羅列して、確か5レス以上かかったと思う。ここまで多いのに万遍なく田中達に馴染んでいたのも、恐らくネタスレが成せるものなのだと思っている。
そして、豚長はついに実況板にも現れる。言うまでもなくこの年は高校最後の夏休みなのだが、大学に行くつもりはさらさら無く、受験勉強も特にしていなかった。なので遊び放題だったのだ。何を実況していたのかと言うと、NHK高校総体の陸上競技。これまた言うまでもなく、JK目当てである。あと、これは、言わない方が、いや、言わざるを得ないっスね、もう一つの目的は、陸上部の可愛いマネージャー探し。…まどかさんの影響だよ!言わせんな恥ずかしい変態糞豚野郎が。NHK実況スレで『あの子は細いけど違う』だの『巨乳だから却下する』だのと下衆なレスをしていたところ、ある1人の名無しからレスが来た。
「あたし、あなたのこと知ってるかもしれない」
はぁ!?!?!?!?!?!?
俺は理解しようと頭の中で即座に計算した。
高校総体の陸上実況。まどかさん。2ちゃんねるのこと話した。本人。うひゃー!!
なんて単純な思考なんだろう。
『俺を知ってる奴、ちょっと来い』というスレを立て、ワクワクしながらその子を待ち続けた。




