魔王子の来訪。その後。
宥めるようにフードを被った頭を撫で、エリルは「泣くでない」と諭す。
「エリル、様……申し訳ありません」
ポロポロと涙を流し、赤い目が歪んで瞼を伏せる。
「僕、この森から出たくないんです……本当は。だって、上手く立ち回れる自信がない……此処なら貴女の役に立てるけど、きっと外では役に立てないです」
「こりゃ!」
ペシリ、と項垂れる彼の頭を叩〔はた〕いて、彼女は彼の被るフードを取り払った。
「馬鹿者っ」
「え、エリル様……」
目の前に輝く黒い瞳が、まっすぐにシエンを映す。吃驚して、ポカンとなった間抜け顔が彼女にも見えているのだろう。
「勘違いをするな! 謝るのは妾の方じゃ、今回のことは妾の 勝手 なのだ。本当なら一人で里帰りしてもよいのだが、皆にお主を紹介しときたくての」
「……僕、を?」
「そうじゃ」
ウフフ、と嬉しそうに頷いて、「これでも王族の娘だからの」と胸を張る。
「契りを結んだ相手がいる、と伝えておかねば見合いの話が引っ切りなしに届いて難儀なんじゃ」
「見合い……」
「まあ、会えば大抵断ってくるがの。妾は人間とはソリが合わぬゆえ」
艶然と微笑んだエリルを、強く抱き寄せてシエンは「駄目だよ」と首筋に鼻先をくっつけた。
「エリル様、僕らの種族は番いを巣から出すことをあまり好みません。束縛するみたいで嫌だけど、我慢できない……貴女が他の雄〔おとこ〕と会う、なんて!」
ギュゥゥゥ、と力強く抱きしめる。
「シエン、妾を殺す気か?」
『 殺したく、ない 』
長く、白いグネグネとした体を彼女に巻き付けて波立たせ、彼は苦しげな思念で答えた。
「お主を紹介すれば、父母も納得しよう? 平気じゃ、妾の親はお主を気に入る……たぶん、妾よりも愛らしいと喜ぶであろ」
ひんやりとした低温の白い頭部を撫でて、丸く可愛い顔を掌に包む。
『でも……』
つぶらな赤い目が懐疑的に曇るのを強引に口づけて、エリルはシエンに「察しが悪いのう」と呟いた。覚えの悪い子供を諭す母のようだが、そうではない。
『えっ?』
「妾を押し倒すトコロじゃ、ココは」
『はぅっ! ……そう、なのですか?』
「うぬ。彼奴〔あやつ〕に三日後と言ったではないかえ? 察せよ、時間がない、早くせよ! 妾を欲求不満にする気か!!」
焦れた彼女は蛇行する胴に跨がって吠え、困った彼は『も、申し訳ありません!』と頭を垂れて謝った。
三日後、曇天のような空の下(魔界〔こちら〕では晴れてる日の方が珍しいので、特に不吉というワケではない)、王城にやってきたエリルはツヤツヤと晴れやかな表情で出迎えた相手に微笑んだ。
傍らに立つフードを目深に被ったシエンは、彼女の背中に隠れ周囲を警戒している。
バチバチと爆ぜる空気は、独占欲の現れだろうか? 以前にも増して激しく反応している。弱い魔族なら即座に滅しそうな、物騒な代物だ。
ゲンナリ、とした魔王子キラがのちに「何をしたらああなるのか、考えるのも苦痛だな」と語ったのだが、それはまた別の話――。
また、近いうちに小話追加できるようにしますが、追加できるまで ふたたび 完結扱いにいたします。ご了承ください。
また、お会いできますように。