愛溢れる未来を
遠くで、誰かが鼻歌を口ずさみながら何かをしている音が、微かに耳に届いてくる。その弾むような声色からは上機嫌なことが自然と伝わってきて、なんだか無性に私も嬉しい気持ちになる。
意識が少しずつ覚醒していくなか、やがて音だけでなく、コーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐり始め、私はそこでようやくゆっくりと瞳を開いていった。
超がつくほど低血圧な私は、すぐに起き上がることができない。見慣れた天井をぼやけた瞳のまましばらくボーッと眺めたあと、枕元に置いていたスマホを手に取り時刻を確認する。
「……まだ六時……余裕で二度寝できるわね……」
小さな声でそう呟き、再び瞳を静かに閉じようとした瞬間――、寝室の扉が勢いよく開かれた。
「――ちょっと、乃愛ちゃん! どうしてすぐにそうやって二度寝しようとするの――?!」
「……莉愛、声が大きい。……朝からそんな大声を出さないでって、いつも言っているでしょう?」
私は布団を頭の上まで被り、まだ起きないという意思を示してみせたのだけど、莉愛は全く気にせずベッドの脇まで来ると、容赦なく布団を剥ぎ取った。
「――ダメ。今日はもう起きて?」
唇が触れてしまいそうなほどの距離――すぐ間近で囁かれた声が耳の奥底にまで響いてくる。未だぼやけた瞳でゆっくりと見上げれば、満面の笑みを浮かべた莉愛の顔がすぐ目の前にあった。
(……あ、この顔。拒否権なしって、すっごい書いてある。……はぁ、起きるしかないわね)
頭の中でそんなことを考えていた矢先、莉愛の顔がそのままスッと近づいてきて、当たり前のように唇が重ねられた。
『――んっ』
お互いの声が微かに漏れたものの、それは触れるだけの優しい口づけ。
いつもならそのままゆっくりと離れてくれるのに、今日は潤んだ瞳で視線を合わせたまま、莉愛は柔らかな熱をそっと割り入れてきた。
いつの間にか逃げられないよう頬にまで手を添えられていて、寝起きでまだ身体に力が入らない私は、莉愛が満足するまでその甘い行為に身を委ね続けるしかなかった。
(……莉愛、また上手くなってる……っ、気持ちいい……このままじゃ私……っ)
夢中で彼女の肩をぎゅっと掴み、引き寄せていたことに気づいたのと同時に、莉愛はゆっくりと唇を離し、そのまま私の耳元で囁いた。
「――目、覚めたみたいだね?」
「――っ」
慌てて莉愛の顔に視線を向ければ、彼女は頬を赤く染めながらも口元をにやりとさせて微笑んでいる。
乱れた呼吸をどうにか整え、私はその瞳をじっと見つめながら口を開いた。
「監視カメラでチェックするのは、やめるって約束したはずでしょう?」
「……あ、やっぱりバレちゃった?」
「あれだけタイミング良く入ってきておいて、なに言ってるのよ。白々しい……」
「あははっ、それは確かに。でも、乃愛ちゃんが二度寝しなくなったら、私もしっかり約束守るから。頑張ってね♡――ちゅっ」
「――っ」
言い終えるのと同時に私の頬へとキスを落とした莉愛は、腕を大きく上げて背伸びをしたあと、いつもの小悪魔で――とびきり幸せそうな笑顔を向けてくれた。
(……まぁ、こんな顔をされたら怒る気にもなれないわよね。……でも私、日を追うごとに莉愛に甘くなっていってるわよね……はぁ。ある意味、先行きが不安だわ……)
今日は、いよいよ四人で集まり、これからのことを話し合う日。
莉愛にこれまでの経緯をすべて打ち明けてもらったあの日から、今日でちょうど一週間が経った。
あの日の直後こそ、莉愛はどこか遠慮がちで緊張感を漂わせていたけれど、すぐにいつもの調子を取り戻し、いまではすっかり生活リズムまで整いつつある。
この一週間、視線が重なるたびに自然と唇を重ねるようになってしまい――数え切れないほどキスをした。
それでも、私たちはまだ、キス以上の関係には進んでいない。
(……と、言っても実際は、なんとか踏ん張ってるって感じよね。……莉愛って、スイッチが入ったとき、すごくわかりやすいし……っ)
思い出すだけでも、心臓がバクバクと暴れだし、顔が一気に熱を帯びていく。
私たちがキス以上の関係に進んでいないのは、『もう少しだけ今の関係を楽しみたい』という自分でも少し無理のある言い訳と――もう一つは、冴島から莉愛の身体について改めてしっかりと説明を受け、正しく理解を深めてから触れたいと彼女をなだめ、我慢してもらっているからだ。
莉愛にはまだ話していないけれど、私は今後、IT関連の第一線から一度身を引き、人体の再生技術や医療分野について本格的に学んでいこうと考えている。
その理由はとても単純で――自分の大人げない嫉妬心から。
莉愛の身体には、私以外の誰にも触れさせたくない。万が一、病や体調の変調に見舞われたとき、その対処をするのは自分で有りたい。
それに、莉愛だって自身の身体がこれから先どう変わっていくのか――言葉にしなくとも、少なからず不安を抱えているはずだ。
そんな彼女の不安を、すべて自分の手で取り除いてあげられる存在に、私はなりたい。
AI――莉愛の研究を始める決意をしたあのときの衝動とよく似た、我ながらどこまでも利己的な動機だと思う。
もちろん、一筋縄ではいかない険しい道だとは分かっている。けれど、一度こうと決めたら徹底的に打ち込めるのが私の長所であり、莉愛という存在をこの手で創り出したときと同じ熱量が、いま胸の奥でふつふつと湧き上がっているのを感じている。
(……まぁ、一番の本音は――これ以上、莉愛の身体を冴島なんかに触れさせたくないっていう、我ながら我儘な独占欲なんだけれど……っ)
いつも通り、笑顔で向かい合って朝食を取り、ふたりで穏やかな朝のひとときを過ごしたあと、私たちは揃って玄関を出た。
***
四人で話し合う場所は、冴島の自宅に決まった。
莉愛は最後まで『別の場所がいい』と文句を言っていたけれど、話の内容的にも四人だけで密に話せる場所のほうがいいからと、彼女をなんとか説得した。
それに、莉愛の身体が生成された場所に興味があった私にとっても、これ以上ない好都合――逃す手はなかった。
冴島の自宅へはひまりが案内してくれる手はずになっており、まずは彼女を車で迎えに行き、同乗してもらうことに決まっている。
自宅前に到着したことをスマホで連絡すると、ひまりはすぐに玄関から顔を出し、ぱたぱたと駆け寄ってきてくれた。
助手席に莉愛が座っていることを予想していたのか、彼女は迷わず後部座席のドアを開け、車内へと乗り込んできた。
「乃愛ちゃん、莉愛ちゃん。ふたりとも、おはよう!」
(……よかった。ひまりの声、ちゃんといつも通りに弾んでる)
「おはよう、ひまり」
「ひまりん、おっはよ〜〜!」
「ふふっ、莉愛ちゃんは朝から元気いっぱいだね」
「そうなのよ。私とは真逆で、目を覚ました瞬間からすぐに活動できちゃうタイプよね、莉愛は――」
「乃愛ちゃんは、朝すっごく弱々だもんね♡」
「……う、うるさいわね……っ」
「……ふたりは、今も一緒のベッドで寝てるの?」
ひまりに問いかけられて、うっかり自分からその事実を口走ってしまっていたことに気づいた私は、慌てて弁解しようとしたのだけれど――それよりも早く、莉愛が瞬時に反応した。
「そうだよ♡……というより、それ以外の選択肢はないかな♡……それに、乃愛ちゃんのほうが意外と――」
莉愛がまた余計なことまで口走りそうになったところで、私はすかさず言葉を重ねた。
「――っと、そろそろ出発しなきゃよね。ひまり、冴島さんの自宅ってここから近いのかしら?」
「ちょっと乃愛ちゃん。私、まだ大切な話をしてたんだけど?」
莉愛が珍しく不満げなジト目で、私をじっと見つめてくる。
「何が大切な話――よ。余計なことまで言わなくていいの――っ」
いつも家でしている他愛もないやり取りを交わしていただけなのだけれど、私たちの様子を静かに見つめていたひまりが、くすくすと小さく笑いながら口を開いた。
「ふたりは、ちゃんと本音で言い合える関係になれたんだね。莉愛ちゃん、本当によかったね。おめでとう」
その言葉を紡いでくれたひまりに無理をしている気配は微塵もなく、心から祝ってくれている優しい声色だった。
莉愛は、ひまりを真っ直ぐに見つめながらハッキリと頷いた。
「ありがとう、ひまりん。私、乃愛ちゃんを絶対、幸せにするね――!」
「……うん。莉愛ちゃんならきっと、そう言ってくれるって信じてたよ」
ふたりの間には、お互いの気持ちが深く分かり合っている穏やかな空気が漂っている。けれど私は、莉愛の真っ直ぐな言葉に胸を高鳴らせてしまっていて――赤くなった顔を見られないようにするのが精一杯だった。
「……出発、するわね……」
なんとかその一言を絞り出すと、ふたりは同時に私へ視線を向け、ぴたりと息の合ったタイミングで言い放った。
『乃愛ちゃんって本当、かわいいよね♡』
「――っ」
私の反応を見て楽しそうにくすくすと笑うふたりを背に、私は小さなため息を吐きながら、そっとアクセルを踏み込んだ。
***
冴島の自宅に到着すると、ひまりはインターホンを押すこともなく、そのまま玄関のドアノブに手をかけて鍵を開けた。
「……え、ひまり合鍵持ってるの?」
私が問いかけると、ひまりはゆっくりと振り向き、満面の笑みで答えた。
「ほら、央理ちゃんって隠れてとんでもないことをするのが得意でしょ? だから、また勝手なことをしないように、たまに顔を出して監視しようかなって♡」
『――え?』
思わず莉愛と声を揃えて驚きの声を上げると、ひまりはさらに微笑みを深めて続けた。
「……というのは、まぁ……冗談なんだけどね♡」
(……この笑顔、絶対に冗談なんかじゃないわ。ひまりって本当、敵には回したくないタイプよね……)
私は改めて、ひまりだけは絶対に怒らせてはいけないと肝に銘じた。
ひまりに案内されてリビングへ向かうと――冴島がキッチンに立ち、ちょうど紅茶をカップに注ぎ入れているところだった。
「おはよう、ひまちゃん。すぐに用意できるから好きなところに座って待っててね。……そこのふたりもまぁ、適当に座って」
ひまりへはこれ以上ないほど甘い声色で応対していたのに、私たちへと視線を向けた瞬間――表情から口調まですべてを瞬時に真逆の態度に変える冴島に、私はなんだか可笑しくなってきて、危うく吹き出してしまうところだった。
けれど、ひまりへの態度をこの場で初めて目にした莉愛は、大きく目を見開き、身体を小刻みに震わせながら――鋭い言葉を遠慮なく言い放った。
「――なにその態度、こわすぎ。……というより、この場合は、『気色悪い』が一番正解? ……ねぇ、乃愛ちゃんはどう思う?」
莉愛は途中から私のほうへ視線を向け、真顔で問いかけてきた。
「……そうね。私も『気色悪い』が正解だと思うわ」
そんなやり取りをしている私たちに、ひまりはくすくすと笑い声を上げ、冴島は何か言いたげな顔で睨みつけてきたけれど、最後は「――ふん」と小さく鼻を鳴らした。
ダイニングテーブルに並んで腰掛けた私たちの元へ、慣れた手つきでソーサーの上に紅茶のカップをそっと置いたあと、冴島はひまりの隣の椅子に腰を下ろした。
「――これ、私が一番好きな茶葉の香りだ。央理ちゃん、ありがとう」
「……せっかくなら、と思ってね。あ、淹れ立てでまだ熱いから、火傷しないように気をつけてね」
「ふふっ、央理ちゃん。私、もう子供じゃないよ?」
「ふふっ、ごめんね。私のなかでは、どうしても小さい頃の感覚がずっと残っちゃってるから」
(……いま、笑った? この女が笑うところなんて、初めて目にしたわ。……というか、笑えるんだ――とすら、思ってしまうわね)
隣に座る莉愛をちらりと覗き見ると、眉間に深いシワを寄せたまま絶句していた。
(……わかるわよ、莉愛。そうなるわよね……)
「……あの頃と比べたら、身体だってちゃんと成長してるんだからね?」
「――っ」
ひまりの一言に肩を小さく揺らし、明らかに動揺している冴島。
ふたりの間に、なんだかこれまで感じたことのない甘い空気が漂っているような気がする。
(――え、待って。この雰囲気って、もしかして……?)
恋愛面にはかなり鈍感な私でも、ここまでの熱量を目の前で見せつけられては、なぜか自分までドキドキして緊張してきてしまう。
これは、こちらから何か声をかけるべきなのか――私がそんなふうに悩んでいると、隣に座っていた莉愛がさらりと言葉を言い放った。
「――ねぇ、いちゃつくのは後にしてくれない? 私だって、早く帰って乃愛ちゃんといちゃいちゃしたいんだから」
すべてを見透かしたような口調に、ひまりと冴島がふたり同時に莉愛へと視線を向けた。
ひまりは珍しく少し動揺した素振りで頬を赤く染め、冴島にいたっては顔を真っ赤に染め上げている。
(……ちょっと莉愛、直球すぎ。……でも、この一週間の間でふたりに『何か変化』があったのは確かみたいね)
なんとも言えない気まずい空気が一瞬だけ流れたものの、冴島はあらかじめ要点をまとめてくれていたのか、手際よく資料を開くと、私たちへとわかりやすく丁寧に説明してくれた。
莉愛の身体については、定期的な経過観察――いわゆる『人間ドック』をしばらくは継続して行い、どこかに異変が出ていないかその都度データを取得していくことに決まった。
そこで私たちは、早速その検査を済ませるべく、冴島に案内されて自宅の研究室へと足を踏み入れた。
冴島の自宅研究室には、一般的な医療機器はもちろん、それ以外にも見慣れない最新機器や、本格的な手術用ベッドまで完備されていて、まさに『最先端の医療施設』といった佇まいだった。
(……ここで、莉愛の――この身体が生成されたのね。……なんだか、悔しいような、なんとも言えない複雑な気持ちね……)
一通りの検査を終え、その場で結果が出たものからPCへと打ち込んでいく冴島。
私たちは室内に設置されている珍しい機器を眺めたり、他愛もない会話をしながら、彼女が作業を終えるまで、その場で待機していた。
「驚くほど、どこにも異常が出ていないな。……臓器の機能もすべて問題なし。身体の隅々まで思い通りに動かせているし、関節の動きも非常に滑らか。指先までの感覚、痛覚に至っては、当初より発達しているようにも感じる。本当に見事だ……。やはり、私の計算はすべて正しかった――完璧だ」
なにやらブツブツと独り言を呟いているけれど、どこか楽しそうな冴島の様子を見て、莉愛の身体に異常が出ていないことは、なんとなく察することができた。
その事実にホッと胸を撫で下ろした私は、冴島の元へと歩み寄って声をかけた。
「莉愛のデータ、私にも送っていただけませんか?」
突然の問いかけだったにもかかわらず、冴島はまるで予想していたかのように口角を上げた。
「……まったく。ひまりの予想通りだな、お前は。……だが、再生医療について一から学ぶのは並大抵の覚悟ではできんぞ?……まぁ、たまになら手を貸してやらんこともないがな」
思いもよらない返答に、私が驚きで目を丸くしていると、冴島はひまりの方へちらりと視線を送った。するとひまりは満面の笑みを浮かべ、私に向かって言葉を継いだ。
「――ふふっ。……乃愛ちゃん、すごく珍しい顔してる」
「……え?」
「あのね、央理ちゃんって本当はとっても優しいんだよ?……それに、優秀な人材は自分の手で育てたいって思うタイプの人だから」
ひまりから再び冴島へと視線を戻すと、バツが悪そうにしながらもどこか嬉しそうで、その表情は――これまで目にしたことのない、驚くほど柔らかなものだった。
「……よろしくお願いします。……でも、その『お前』って呼ぶのは、やめてくれませんか? 私の名前、蒼羽乃愛って言います」
「お前の名前など、わざわざ言われなくても前から知っている。何度も世間を騒がせている天才科学者様だからな。……それとも、私を馬鹿にしているのか?」
「――はぁ。一体どこからそんな発想になるんですか? それに、また『お前』って呼んでますけど、ちゃんと自覚あります?」
「ごちゃごちゃとうるさいやつだな。それなら、初めからこう呼べと指定すればいいだけの話であろう。お前がいつまでも決断しないからこうなっているのだと、なぜ理解ができない?」
「そんなの――最初から普通に名字で『蒼羽』って呼べばいいじゃないですか。わざわざ『お前』なんて雑な呼び方にするから、こうなっているわけで――」
私と冴島のそんな言い争いを、ひまりと莉愛は顔を見合わせてくすくす笑いながら見守っている。いつの間にか、最初のピリついた空気はすっかり消え失せ、四人の肩から自然と力が抜けていた。
こうして四人での話し合いは、その後も小さな口喧嘩を何度か繰り返したものの、それぞれの顔には穏やかな笑みが溢れていた。
これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、きっと大丈夫。
そう思える何かを――確かに感じられた、温かなひとときだった。
***
自宅へ戻ったあとは、一緒に湯船に浸かり、食事を取り、リビングで寛ぎながら時折ふとした瞬間に唇を重ね合う――そんな、すっかりいつもの日常となった幸せを噛み締めながら、ふたりで寄り添い、穏やかな時間を過ごした。
今はただ、ふたりで並んでベッドに背中を預けている。
私の隣で手を繋ぎ、穏やかな表情を向けてくれているのは――私の『愛』を半分わけ与えた、世界でたった一人の最愛の人。
「――莉愛、好きよ」
自然と口から溢れ落ちたその言葉に、彼女は顔を真っ赤に染め上げた。
「……乃愛ちゃんって本当、いつも急だよね……不意打ち、ずるいっ」
恥ずかしさを誤魔化すように文句を言いつつも、莉愛の表情からは隠しきれない嬉しさが滲み出ている。
私は、そんな彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながら言葉を継いだ。
「ふふっ、ずるいってなによ。……ねぇ、莉愛の気持ちも、ちゃんと聞かせて?」
「……そんなの、わかってるくせに――いじわる……っ」
莉愛は顔を赤くしたまま一度言葉を区切り、上目遣いで私を見つめ返したあと、気持ちを真っ直ぐに伝えてくれた。
「――乃愛、私も好き……っ」
彼女から言葉を受け取るのと同時に――そっと唇を重ねた。
『――んっ』
驚きに見開かれた彼女の瞳を見つめたまま、唇をゆっくりと離していく。莉愛はうっとりとした表情で瞳を潤ませながら、小さな声で呟いた。
「私……幸せすぎて、どうにかなっちゃいそう。……乃愛ちゃんが私のために頑張ってくれようとしていることも、信じられないくらい、すごく嬉しくて……っ」
顔を赤くして身体を小さく震わせている彼女の耳元へ顔を寄せ、私はすぐに言葉を返してあげた。
「――莉愛、私はここで満足する気なんてないわよ。これからはキスより先のことまで、一緒にたくさん経験していきましょうね?」
「――ふぇ?」
「ふふっ、なによ今の間の抜けた声は。……本当、莉愛はかわいいわね」
莉愛の頬に手を添え、私はもう一度、その唇をそっと塞いだ。
「――んんっ」
触れ合わせるだけの軽いキスを何度か交わしたあと、息を吸うためにわずかに開いた莉愛の唇。その不意をついて口内へとそっと柔らかな熱を忍ばせ、深い口づけを重ねていく。
お互いが求め合うように絡み、その熱が混ざり合うのが嬉しくて止められない。
そんなふうに快感に酔いしれている私とは対照的に、不意をつかれた莉愛は必死に私の服をぎゅっと掴みながら、与えられる刺激に懸命に応えてくれている。
(……一つひとつの仕草まで、本当にかわいいわねっ……でも、そろそろ止めないと歯止めが効かない。――現に、さっきから何度も、まだ触れてはいけない所に手が伸びそうになっているもの……っ)
私はそんな内心を悟られないように余裕のある素振りを装いながら、ゆっくりと唇を離した。
お互いの乱れた息遣いだけが、静かな寝室に響いている。
「……はぁっ……はぁ……なんか、今日の乃愛ちゃん、すごくえっち……っ」
「こんな私は嫌い?」
「……好きに、決まってるでしょ?」
「ふふっ、私も好きよ」
「……むうぅ。なんか、すっごい負けた気がする〜〜!……でも好き〜〜!」
莉愛が勢いよく私の胸元へ顔を埋める。この胸に収まる確かなぬくもりと、身体の内側からとめどなく溢れ続ける、彼女へのどこまでも熱い愛おしい想い。
私はそんな彼女の背中に腕を回し、そっと抱きしめながらふと思った。
自分の名前から『愛』の一文字をあげると決めたときから――きっと、すべてはここへ繋がっていたのだと――。
いまなら、彼女に向かって大きな声で、はっきりと伝えられる。
私の『愛』を全部、そういう意味で、あなたにあげるって――。
最終話です!ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
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