プロローグ
あいつから「お見合い写真を撮ってくれ」なんて頼まれた時のことは、よく覚えている。
いや、正確に言うと「ブスに撮ってくれ」だ。お見合い写真をブスに撮ってくれ。この「ブスに」の三文字が大事だ。付くか付かないかで、仕事の難易度が別次元のように変わる。俺はあの時、それをつくづく理解らされたねぇ。腹掻いて寝転がってた暗室に、いきなり乗り込んできた女が、開口一番「ブスに撮って」って言うんだ。なんだそりゃ、まあ適当に撮りゃいいか、楽な仕事だ、なんならそんなもん、自分で撮りやがれ――って思ったのを覚えてる。
楽じゃなかった。ぜんっぜん楽じゃなかった。
いろいろ試したよ。変な照明で撮ったり、わざとピント外したり、変顔させたり、まあ思いつく限りのブス条件を全力投入して、写真のセオリーあっちに投げ捨ててさ。理論上はブスに撮れるはずなんだ。理論上は。
ところが、撮るたびに妙にきれいに写っちまう。
撮ってる最中、ふと爺ちゃんのことを思い出したりしてな。ガキの頃にアトリエで聞いた声が、指に染み込んでるみたいだった。やめてくれ爺ちゃん、今はその正しさが邪魔なんだって。
で、あいつ・・・澄は澄で、まあ、いろいろだったね。最初は「もっとひどく撮ってよ!」って怒ってたのが、だんだん黙りこんでさ。そのうちモニターの中の自分を覗き込んで「・・・誰、この子」なんて言い出すんだ。お前だよ。お前以外の誰だっていうんだ。
でもまあ、わかる気はしたよ。あの写真に写ってたのは、確かに、普段の、綺麗を背負った春日澄じゃなかったしね。でもブスを造った春日澄でもなかった。というか、何かの為の春日澄じゃなかった。
そんなドタバタ悪あがきをして、必死こいて写真をでっち上げて先方に送りつけてみりゃあ、結局あっちが「縁談の形の前に、実際にお会いしたい」つって強引に会いに来ちまうんだ。世の中ってのは上手くいかないもんだ。
ところがまあ、実際に会ってみたらその嶺さん・・・藤堂嶺ってんだけど、これが結構いいヤツだったんだわ。澄なんて、実物見たこともないのに、「ヒヒジジイ」呼ばわりとかしてたんだぜ。そりゃ澄からすりゃ歳は離れてっけど、ジジイ呼ばわりするほどじゃねえと思うぜ。
実際には気のいい兄貴って感じのひとでさ。しかも向こうも向こうで、縁談なんか押し付けられて困ってた口だっていうんだから笑っちまうよな。俺たちの努力ぜんぶ、何だったんだって。
その後、嶺さんにはいろいろ世話になってる。会うたびに「うちの新人の宣材撮ってよ~」ってねだられるようになっちまったのは、ちょっと、ま、アレだったけど。
・・・おっと、いや、こんな話聞きたくもなかったかな、くだらない話を聞かせちゃったか。
ところで君はさ、今日は一体どうしたの。こんなとこで何してるの?
ヒマこいてるなら、そこのスタジオで茶でも飲んでいくかい?




