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「公爵家の面汚し」と捨てられた令嬢は孤高の魔王をテイムする  作者: 阿井りいあ


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32 耐えに耐える時間


 ナーシャの予想通り、それから丸一日が経過するころ半地下の部屋から連れ出されることとなった。

 この時、ナーシャは精神干渉の魔法をかけられていないため、自らそのように振る舞う必要がある。


 乱暴に腕を引かれても、ジェイロの前に立たされても、陛下の御前であっても。


 何があってもただひたすら人形のように振る舞うためには、相当な覚悟と勇気が必要だった。


(私のせいで作戦が台無しになることだけはしたくないわ!)


 目を閉じると、アルテムとのたしかな繋がりを感じる。ヤキモキしているのだろう彼の思いが伝わって、ナーシャはそれだけで勇気がわいた。


(怖くない。なにも怖くないわ)


 自分に言い聞かせることで、体の震えを抑える。

 気づかれてはならない。陛下の前へ行き、アルテムたちが作戦を決行するまでは。


 ウェンデル家の、新しく雇われただろう私兵たちに囲まれながら、ぼんやりした様子を装って歩く。

 黙って指示に従っていれば、私兵たちもわざわざナーシャを拘束しようとはしなかった。それが救いだ。

 もし腕でも掴まれていたら、その瞬間わずかにビクッと震えてしまったかもしれない。


 ウェンデル家の玄関ホールまでやってきたが、まるで初めてきた場所のような感覚だった。

 正確に言えば幼い頃、まだ半地下に閉じ込められる前には何度もこの場所を通ったのだろうが、あまりにも遠い記憶だ。

 なんの感慨もなく、それが余計に寂しさを増す。いますぐ魔王城に帰りたくなったが、きっと今日ですべての決着がつく。今ががんばりどころだ。


 ウェンデル家やこの国との関係を断ち、その後は何の憂いもなく、魔王城でみんなと平和に暮らせる日々が待っていると信じて。


 玄関扉の前では、ジェイロとミラベル、そして護衛が二人立っていた。

 ミラベルはジェイロの腕に寄りかかるようにしがみついており、うっとりと恍惚な表情を浮かべている。


 一方、普段であれば鬱陶しそうな様子を隠そうともしないジェイロがそれを振り払うことなく、黙って好きなようにさせていることから彼もまた上機嫌だということが伝わってきた。


「まぁ、みすぼらしいこと。そんな姿で陛下の御前に立つつもりかしら」

「ふん。我が妹は恐ろしい魔王の下で酷い目にあっていたのだ。この姿こそがその証拠。すぐに着替えさせるわけにはいかない」

「ふふっ、それもそうですわね。さすがはジェイロ様ですわ!」


 ナーシャは、自分が蔑まれることには慣れている。


「本当に魔王というのは恐ろしい存在ですのね。世のため人のため、存在を許してはなりませんわ! どうにか討伐できませんの?」

「魔王の支配ももう終わる。なぜならナーシャは魔王をテイムしたのだからな。魔国は我らウェンデル家の手中にある」

「素敵っ! 魔族は全員奴隷にしてしまいましょう。そうしたら安心で安全な世界になりますわ。ふふっ、わたくしたちは国中から感謝されますわね!」


 しかし、魔王を悪く言われること、魔族に対する酷い扱いを口にされるとどうしても怒りが込み上げてきた。


(だめ、我慢。我慢よ。どうせその通りにはならないもの)


 こんなにも怒りを覚えるのは初めてだ。

 辛い境遇、酷い扱いを受けていた頃でさえ悲しむことはあれど怒ることなどなかったというのに。


(大切な人を悪く言われるのが、こんなにも腹立たしいなんて知らなかったわ)


 そう考えると、普段からナーシャに何かある度に騒ぐアルテムの気持ちがわかろうというものだ。

 大事な人を傷つける存在を許せないと思う気持ちは、人間も魔族も同じなのかもしれない。


 アルテムや、魔王城で仲良くなった魔族たちのことを思い、ナーシャは怒りの気持ちが落ち着いていくのがわかった。


「今から王城へ向かう。お前たちはこの女を監視しながら後ろの馬車でついてこい」

「はっ」


 どうやらジェイロやミラベルとは別の馬車に乗るようだ。

 ナーシャとしても、願ってもない。二人と同じ空間にいるのが耐えられないのはこちらも同じだった。


 先に屋敷の外へ向かうジェイロたちの背を見ながら、ナーシャは私兵に促されぼんやりした足取りで馬車に乗り込んだ。


 ◇


 王城はとても煌びやかだ。全体的に明るい造りで、飾られた調度品やカーテン、絨毯などいたるところで高級感が漂っている。

 塵一つ許さぬといった清潔感に、一歩足を進めるごとに緊張してしまう。


 魔王城もまた同じ城だというのに、あちらは荘厳ながら素朴な雰囲気も併せ持っている。

 少なくとも今感じているような緊張感はなく、ナーシャは魔王城のほうがずっと好みだ。


 単純に、自分の立場と周囲の人々の雰囲気でそう感じるだけかもしれないが、常に腹の探り合いをしているような人間の王侯貴族より多少乱暴でも裏表なく本音を語ってくれる魔族のほうがずっといい。


 つくづく、生まれる種族を間違えたのではないかと思ってしまうほどだ。


(アルテムと最初に会ったばかりの時はあんなに他の魔族も怖かったのに)


 結局のところ、環境というのは人が作るものなのだ。

 どんなに贅沢な暮らしをしていても、悪意を向けられてばかりの場所では心休まらないし、その逆も然り。


 きっかけは魔王のテイムだったかもしれないが、心地好い環境を作ってきたのはナーシャ自身なのだ。

 そして、その環境を確実に手に入れるために、今は戦わねばならない。


 これからナーシャはジェイロや国王を騙し、裏切る。魔国に寝返るといってもいい。

 そもそもこの国のほうが先にナーシャを見限ったのだから裏切るもなにもないのだが。


(生きるために狡い手を使うのも、卑怯なのも。全て魔族らしいことだもの。問題ないわ!)


 たとえ身体は人間でも、今のナーシャの心は間違いなく魔族と言えた。


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