33 好き勝手できるのもここまで
謁見の間にて、私兵から城の騎士たちに引き渡されたナーシャは国王の前に引きずられ、床に膝をついていた。
ジェイロとミラベルは国王の近くに立っており、蔑むような目でナーシャを見下ろしている。
ウェンデル家で大切にしているという体裁を取り繕わないのかという疑問がわくが、それはすぐに他ならぬジェイロの言葉で理由が判明した。
「陛下、我が妹は魔王によって洗脳されているのです。今は奴隷による精神操作で無力化していますが、それを解けば魔王を擁護することを口にするかもしれません」
「暴れる可能性もあるのですわ、お父様! ですから騎士たちにしっかり拘束しておくようにと指示を出しましたの」
(よく口が回るものだと感心してしまうわ)
以前までのナーシャなら、ショックで言葉を失っていたことだろう。
だが今のナーシャは彼らの茶番を冷めた心で見つめている。
こんな人たちに縋ろうとしていた過去の自分があまりにも滑稽だと思えるほどに。
「ふむ。時にミラベルよ。この娘を最初に見つけたそうだな。甘えたなお前をウェンデル家に嫁がせて心配していたが、しっかり役に立てているようで安心したぞ」
「ふふ、運がよかったのですわ。でも、おかげでジェイロ様のお役に立ててわたくしも嬉しい!」
「そうかそうか。夫婦仲も良好なようでなによりだな!」
はっはっは、とご機嫌な様子で笑う国王を前に、一体ジェイロはどんな気持ちでいるのだろうか。
ナーシャには二人がとても仲の良い夫婦には思えないのだが、ミラベルは嬉しそうにジェイロにしなだれかかっている。
(私を捕らえたことで夫婦仲が良くなったのかしら。複雑な気分だわ)
複雑なだけで、彼らに対して何かを思うわけではない。
ナーシャのことだけでなく、魔族に対しても人扱いをしない彼らに同情の余地はないのだ。
これから起こることで、彼らの仲が険悪になったとしても。
「しかし、ずいぶんと痛めつけられているようだが、それも魔族にやられたのか。非道なことを……。確認を終えたらすぐに手当てをしてやらねばな」
「陛下のご温情に深く感謝いたします」
一方で、ナーシャは国王に対してほんの少しだけ希望を見出していた。
魔族を奴隷にしている時点で許せないのだが、国王の言動をみるに本気で魔族が非道な者たちだと思い込んでいる節がある。
(交渉の余地はありそうだけれど……表向きにそう言っているだけの可能性もあるわ。いざという時にどうでるかしら)
希望といっても、国王に期待しているわけではない。
魔族との戦争だけは回避しようと動いてくれるかもしれない、という希望だ。
全ては、彼らの反応次第。
ナーシャはひたすらその時を待った。
「テイムという公爵家としてはあるまじきギフトを得た我が妹ですが、ようやく国のために役立つことができます。魔王の洗脳さえ解ければ、妹も喜んで尽くすことでしょう」
ジェイロがまたしても出まかせを口にした瞬間。
「ほう。ウェンデル小公爵はずいぶん面白い話をしているな」
謁見の間に、どこからともなく声が響く。
ジェイロやミラベル、国王はもちろん、近衛騎士たちもざわついて警戒態勢をとった。
「先ほどから好き勝手な出まかせばかり言うではないか。人間の王よ。こちらの話も聞くのが筋というものではないか?」
「っ、魔王……!?」
周囲のどこを見回しても声の主の姿は見えない。だがその正体をジェイロは声で気づいたようだ。
そんな人間たちの慌てふためく様子が面白かったのだろう、魔王はクツクツ笑いながら姿を現した。
いや、最初からそこにいたのだ。
姿を消していただけで、ずっとそこに。
ナーシャのそばに、魔王はいた。
「百歩譲って僕の話は聞かずとも良い。だが、ナーシャの言葉は聞くべきではないか? 王よ。そなたはナーシャ本人が喜んで国のために働くと言うのを聞いたのか?」
完全に姿を現した魔王に対し、近衛騎士たちの剣が一斉に向けられる。
しかしそれも一瞬のこと。魔王がひと睨みしながら指をぱちんと鳴らすと、向けられていた剣が一斉に根元から折れ、床にガランガランと音を立てながら落ちていった。
「陛下! 魔王の戯言に耳を貸してはなりません! 妹は洗脳されているのです。魔王にとって都合のいいことしか言いません!」
目を白黒させている国王へ、ジェイロはこの期に及んでまだ好き勝手なことを叫んでいる。
魔王がいい加減、我慢の限界だという雰囲気を察知し、ナーシャはそっと彼の腕に手を置いた。
アルテムは困ったようにチラッとナーシャを見ると、痛ましげに顔を歪めてから再び口を開く。
「またしても愉快なことを。洗脳されているのだとしたら、いくら僕をテイムしていたとしても無意味だな? かわいそうに。ナーシャはこの国の役に立てぬのでは?」
すぐに暴れださないだけよかったが、声には嘲りと怒りの感情が隠しきれていない。
このままだと、またしてもジェイロが余計なことを言い、ついにアルテムも力業に出てしまうだろう。
そう考えたナーシャは、アルテムの腕に手を置いたまま一歩前に出た。
「陛下。私は魔王に洗脳されてはいません。お兄様……いえ、ウェンデル小公爵に洗脳されていました。それも、魔族の奴隷を使って。心当たりがおありですよね?」
ナーシャの可憐な声は決して大きな声ではなかったが、妙に謁見の間に響いた。




