8. 脱獄
《憑依》で奪った番兵ロスゲスの体を用いて、フォードは牢獄を駆け抜けた。
右手に冥王臓剣、左手にロスゲスの長槍を携え進撃する。
「なんだ?」「ロスゲス! ロスゲス! おいっ!」
「なにをして――うあああああっ」「なんだこいつ! おかしな剣を――ぐはっ」
立ち塞がる番兵は、一刀のもとに斬り捨てる。
冥王臓剣は、素晴らしい切れ味だった。番兵が槍で持って突き掛かるが、その槍ごと斬り捨て、盾をかざそうものならその盾ごと両断する。
防御、受け流し、そんなものは冥王臓剣には通じない。
悪霊から授かりし魔剣は人智を超えた威力。幾多の番兵が床に倒れ、血の海に沈んでいく。
基本的にはその階層にいる番兵を斬り捨てて、フォード本体と入れ替わっての進撃だ。
魔剣『冥王臓剣』やロスゲスの長槍で安全路を確保した後、フォード本体を下層への階段前まで運び、下層に降りたならロスゲスで存分に進撃、という流れだった。
「乱心したか、ロスゲスっ!」
番兵の中でもひときわ巨躯の大男が、第六層への階段前で立ちはだかる。
「死してその罪を償うがいい! はああああああっ!」
一気呵成に戦斧で攻め掛かる巨漢だが、ロスゲス(フォード)が、冥王臓剣を一閃させると、戦斧が半ばから断ち切られた。呆然とする巨漢の隙を突くようにして、ロスゲス(フォード)が超速の槍を叩き込む。
「ぐああああああっ!?」
巨体があっけなく吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、昏倒する巨漢を見てエリゼーラが笑う。
〈ははははハハハハっ! 良いぞ! 良いぞ我が契約者よ! 素晴らしい進撃ぞッ!〉
「お褒めに預かり光栄です。次は六層ですね」
奇声を上げて踊りかかってきた番兵二人を魔剣と長槍でなぎ払いながら進む。
吹き矢で奇襲する番兵は長槍を投げて迎撃した。
倒した番兵の長槍を持ち上げ、さらなる進撃。
怒号が聞こえた。これまでで一番激しい怒気だ。
前方、紋様が彫られた長剣を持つ番兵の目がロスゲス(フォード)を射抜く。
[愚か者に天罰を。我に雷霆の力を。我は願う。天帝の一撃を――『シュラークヴォルト』!]
「おっと、《魔術》の祝詞ですか」
瞬間、番兵の長剣から凄まじい雷撃が、通路を焼き焦がした。
とっさにロスゲス(フォード)は横に飛んだが、長槍に辺り粉々に砕けて四散する。
激しい《雷撃》の魔術だ。直撃すればフォードの命すら危うい。
「雷ですか。なかなか強い――、っ!」
体勢を崩したロスゲス(フォード)を囲い込むように、五人の番兵が現れ殺到する。
ロスゲス(フォード)は冥王臓剣で撫で斬りにするが長剣の番兵から再び祝詞。
[愚者よ死せよ。浅ましき者へ洗礼を。滅びの雷に焼かれよ――『ヴォルトサークル』!]
ロスゲス(フォード)の頭上に光の円環が生じ、二度、三度、四度、ロスゲス(フォード)を付け狙うように放たれる。
必死でロスゲス(フォード)はかわすも、その度に雷撃がかすり、体に激痛や痺れが走る。
「むっ――」
さらに、増援と思しき番兵が四人突っ込んきた。
二人は冥王臓剣で斬ったが、残り二人にはかわされた。ロスゲス(フォード)の剣閃を避けると同時、短剣を投げ、ロスゲス(フォード)の胸へ深く突き刺した。
「ぐうっ」
長槍を投げ一人を片付けるも、再びの、雷撃。
[愚か者に天罰を。我に雷霆の力を。我は願う。天帝の一撃を――『ヴォルトシュラーク』!]
「ぐっ、ううううっ!」
ついに雷撃がロスゲス(フォード)を捉えた。全身を焼き焦がすような電撃と壮絶な痺れ。
それでもロスゲス(フォード)は剣を杖に立ち、進撃を試みようとするも、全身が動かない。皮膚は焼けただれ、呼吸はろくにできず、ロスゲス(フォード)の口からおびただしい血がこぼれた。
「当たったぞ! 仕留めろ!」「野郎、ぶっ殺してやる!」
番兵たちが取り囲んでくる。フォードは悪霊王に、ささやいた。
「げほっ、ロスゲスの体は、もう持ちそうにありませんね」
〈ならば捨てれば良かろう。代わりはいくらでもある〉
フォードはロスゲスを諦め、『煙』の状態になった。
満身創痍のロスゲスが再び雷に打たれる直前、すぐそばにいた短剣使いに取り憑く。
その短剣使いの体を、乗っ取る。
【ベルド 二十三歳】
腕力:低い 俊敏:中 知性:低
特技:短剣術 投擲術
装備:鋼のダガー 拘束の麻縄 鎖帷子 レザーブーツ
おぼろげだが、ロスゲスの時のように、憑依先の情報が頭に流れ込んでくる。
短剣使いベルドの特技は、短剣と投擲だ。フォードは、ロスゲスを倒し油断している近くの番兵へ突っ込み、短剣を一閃。
「なに!?」
まさか仲間が襲ってくると夢にも思わなかったのだろう。棍棒を使っていたその番兵は、何がなんだか解らぬまま、ベルド(フォード)に短剣を刺され倒れ伏す。
「何をしている!」「狂ったか!」
「武器を降ろせ! ロスゲスは倒したんだぞ!」
よもやロスゲスの中に、別の人物が憑いていた等とは夢にも思うまい。
ベルド(フォード)は当惑する番兵を相手に、次々と短剣を振るっていく。
まさかの同士討ちに倒れていく番兵。
動揺が困惑を生み、まるで案山子のようだ。容易く倒す。
一人逃げようとしたが、短剣を投擲し仕留めた。
予備の短剣を構え、残る強敵、雷撃使いの番兵へと、ベルド(フォード)が振り向く。
[ぐっ、愚者よ死せよ。浅ましき者へ洗礼を。滅びの雷に焼かれ――]
「遅いですね!」
ベルド(フォード)の投げ放った短剣が、雷使いの腕に刺さる。
魔術具たる長剣を取り落とした。これで魔術は使えない。仕留める。最後に残った短剣をベルド(フォード)が構える。
だが、雷使い以外にも番兵がいたのだろう。真横から、ベルド(フォード)は攻撃を受けた。吹き矢による攻撃だ。ベルド(フォード)の右腕に細い針が刺さった。
体がうまく動かない。毒が塗られているのだ。それも即効性だ。体の感覚が徐々に希薄になり、持っていた短剣を取り落とす。
「く――毒とは」
雷使いの番兵が、長剣を拾い上げ、睨みつけてくる。
「はあ、はあ、よくもやってくれたな。ベルド、貴様どういうつもり――」
だが、たとえ体が毒に侵されようと、フォードには無意味である。
ベルドの体が使えないと判断したフォードは、彼の体を捨て、再び『煙』になった。
完全に油断している雷使い――その体に、取り憑く。
奪い取った雷使いの体は、なかなか強いようだった。
【ラッスラ 二十一歳】
腕力:中 俊敏:低 知性:中
特技:長剣術 長槍術 短剣術
装備:サンダーブレイド レザーアーマー コボルトの皮ブーツ
「ふふふははははっ!」
「な、なんだ!?」
吹き矢使いが、突然笑ったラッスラ(フォード)に驚く。
番兵ラッスラはもうフォードの支配下である。その長剣も、その武器に宿る力も、全て思うがまま。当然、散々苦しめられたその雷の魔術も、行使が可能となる。
[愚か者に天罰を。我に雷霆の力を。我は願う。天帝の一撃を――『ヴォルトシュラーク』]
「なん――やめっ、ぐあああああああっ!」
《雷撃》の魔術をまともに受け、焼き焦げた体の吹き矢使いが倒れ伏す。
紫電まとう長剣、サンダーブレイドを、残る番兵にも振ってみせた。
仲間が乱心したという事実。ラッスラの武具の強さ。そういったものがフォードに危なげない勝利をもたらした。
全ての番兵が電撃に焼かれ、あるいは体を斬られ、地に付している。
ラッスラ(フォード)は残心のため、サンダーブレイドを軽く振り回した。
が、どうやらその長剣は、魔術具としては粗悪品だったようだ。
ラッスラ(フォード)が鞘に収めようとすると、バンッという音を立てて砕け散った。
「……数回限りの魔術しかできない安物でしたか」
〈また新しい剣を得れば良かろう。ぬしの前では強者も、障害も、無いも同然。名だたる名剣や、宝剣を、ぬしは容易に手にできるのだ〉
「正直盗人は好きではありませんが、この監獄にはお世話になりました。お礼に宝の一つや二つは貰っていきましょう」
鞭打ちや過剰な拷問を忘れない。
フォードは、ラッスラの体を使い、宝物庫を襲撃することにした。
「うわっ、何だ!?」「しゅ、襲撃だっ!」「やめろ、俺は味方だ――ぐおっ」
見張り兵の体を乗っ取り、番兵を討ち、宝物庫を開けて中の宝剣や霊剣、金銀財宝、持てるだけの物を持って行った。
全てが終わり惨状を監獄長が知った時、すでにフォードはガルグイユ監獄から遠く、西方の街道へと逃げおおせていた。
【フォード 十七歳 探索者 ランク銅 レベル39】
クラス:双剣使い
称号:『最愛の人を亡くした者』 『克己者』 『悪霊王の契約者』
体力:384 魔力:369 頑強:375
腕力:381 俊敏:397 知性:415
特技:双剣技Lv12 短剣術Lv9 投擲術Lv12
固有特技:『悪霊王の憑依術』Lv1
装備:冥王臓剣 囚人服 旅のマント
持ち物:金貨十八枚 銀貨四十八枚 銅貨百十六枚 氷剣フロイラス 霊剣レックナーハ ベルーダナイフ 斬剣竜の血液 マダラオオグモの霊糸