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5. レミリア

 そこからのフォードは、まさに快進撃であった。


 本来の二刀使いという形に戻った彼は、二つの刃を巧みに操った。

 右手に雷紋剣、左手に奪った短剣。

 時に牽制に短剣を投げ、番兵が怯んだ隙に雷紋剣で斬りかかる。麻痺スタンの効果が相手を無力化する。


 逆に相手に先に発見されれば、雷紋剣を投げて無力化させる。

 単純に刃が二本あるだけの強さではない。今のフォードには斬撃、投擲、牽制、罠作成――様々な戦術をとることが可能なのである。


 特にトラップ作成は便利だった。

 柄と柄を結ぶ六メートルもの髪は、一種のわなとしても活用でき、番兵の脚に引っ掛ける、番兵の頭上に短剣を仕掛ける、相手の手足や首に巻きつけ動きを封じる――など、非常に応用性が高い。

 今もまさに、三人の番兵が向かってきたところを、脚に髪を引っ掛け転倒させたばかりである。

 まさに獅子奮迅。破竹の勢い。フォードは瞬く間に最初の階層を突破していった。


「凄いですわ、フォードさん」


 レミリアの声にもはっきり尊敬がこもっていた。


「いえ。運が良かっただけです。それにまだ先は長いですからね。油断はしないよう」


 そして、もちろんフォードだけが活躍していたわけではない。

 レミリアも奮戦していたのだ。

 彼女は《金剛力珠》による腕力増強――つまり格闘しかできないが、なかなかどうして、筋がいい。


 強面の番兵にも怯えず、真っ向から立ち向かう勇気。

 相手の動きについていき、的確に手を出せるほどの俊敏性。

 フォードが牽制に短剣を投げたとき、呼応して連携する判断力。

 彼女はまだ新米の探索者のはずだが、その容姿といい実力といい、じつに様になっていた。


「くっ、おのれ脱獄とは……がっ」


 フォードの放った短剣に脚をやられ、レミリアの拳を受けた番兵二人が沈む。

 見事な連携である。レミリアが嬉しさのあまりフォードに跳びついた。柔らかい感触に思わずフォードは困る。

 ここまでは上々の進撃である。すでに四層まで突破している。三層までの階段前――ガルグイユ牢獄は一層が出入り口のため、全体の半分近くにまで来たことになる。


「調子良いですね。このまま進みたいところですわね、フォードさん」

「そうですね。レミリアさんとならどこまでも行ける気がします」


 しかし、フォードは三層への階段を進みながら、思案顔で呟いた。


「気になるのは、番兵が増えてきたことですね。早朝といってもさすがに見張りも多くなる。それに見回りの交代が来ないことに疑念も湧く。このまま上手くいくかどうか」


 番兵の各個撃破がフォードたちの狙いだが、さすがに番兵も馬鹿ではない。

 来るべき交代が来ず、またわずかな戦闘音が聞こえれば、警戒心は湧くだろう。夜勤明けの番兵は頭も体も働かず楽に倒せたが、これからはもう順風満帆とはいかない。


「番兵とは危機感を察知する才には恵まれているはずです。感の良い者は異変に気づいているかもしれません。このまま単純に進んでも、おそらく駄目でしょうね」

「では一端、物陰に隠れて様子見はどうでしょう? 確か三層へは別の通路からも行けるはずですわ」

「いえそれでは時間が掛かりすぎます。逆に護りを固められる危険が大きいです。どうしますかね……」


 ふと、フォードの目に、先ほど倒した二人組の番兵が目に入る。

 深緑の皮と綿が組み合わさった服装だ、体格はフォードたちとそう遠くない。

 一つ、閃いた。


「あの、レミリアさん。番兵の服を奪って変装して進みませんか?」

「え?」

「さすがに僕らのこの服では脱走者だと喧伝しているようなものです。服を取り替えて奴らの仲間だと誤認させましょう。もしバレても、一瞬隙ができるはずです」

「まあ、素晴らしい考えですわ」


 またレミリアが跳びついてくる。嬉しい顔をしつつフォードは照れた。

 気絶した番兵の方へ戻り、服を脱がす。男臭い服だが、この際我慢しよう。元着ていたボロ布みたいな囚人服を脱ぎ払い、フォードは番兵服に着替えた。


「あの、フォードさん、あちらを見ていてくださいまし」


 恥ずかしがってレミリアが囚人用のワンピースを脱ぐ。

 回れ右してフォードは視界を変えるのだが、わずかな衣擦れ音が心音を高鳴らせる。

 後ろでレミリアが柔肌を晒している――そう思うと体が熱くなるが、フォードは「ここからが正念場だ」「ここが正念場だ」と自分に言い聞かせ、理性を保った。


「終わりましたわ。少し臭いますけれど」


 粗野な印象の番兵服だが、レミリアが着ると不思議と上品に映った。

 目立つのを防ぐため紐で後ろにまとめた橙髪も凛々しく映る。


「あはは、臭いばかりは仕方ありませんね。街に出たら買い替えましょう」

「うふふ。その時はフォードさん、服を選んでくださる?」

「うーん、僕のセンスで大丈夫ですかね」


 わずかな間だけ歓談し、気持ちを和らげる。

 そして次は三層。中盤である。

 とはいえことさら注意していく必要もない。番兵の服を来たフォードとレミリアに気づく番兵はいなかった。

 物陰に潜み、番兵が来たら雷紋剣と金剛力珠で倒す。ただそれだけだ。番兵に変装したことで奇襲は滞りなく行われ、一度も危うい時はなかった。

 どうやら番兵は同じ番兵同士の顔もろくに周知していないらしく、服さえ番兵ならフォードたちはたとえ鉢合わせしても気づかれなかった。


「おい交代の時間遅いぜぇ、早く部屋で寝――ぐえっ」


 赤ら顔で長身の番兵が、気さくに話しかけてきたので気絶させた。

 雷紋剣で痺れさせ、金剛力珠による腹パンチの連携はじつに効果的だ。


「レミリアさん、番兵殴るの慣れてきました?」

「うふふ。なんだか楽しくなってきましたわ。こう、お腹に一撃入れると、すっと気持ち良いのです」


 晴れやかな笑顔で怖いことを言う美少女。

 淑やかなレミリアがどんどん逞しくなっていくのは複雑だが、状況としては喜ばしい。

 このまま変装と雷紋剣と金剛力珠があれば脱走も夢ではない。


 いや、できる。明確に出口への光景が想像できる。

 理不尽な投獄から一転、自由な身へと返り咲けるのだ。

 その喜びを胸に、フォードとレミリアは三層を越え二層にまで到達する。

 軽犯罪者が収監される階層である。

 ここまで来るとさすがに集中も切れかけてくるが、もう後少しで出口、という安堵感が気力を奮い立たせる。


「フォードさん、やりましたわ、もう二層ですわ」

「まだです。レミリアさん。油断は禁物です。番兵です――隠れて」


 厄介なことに番兵が通路にたむろして八人で談笑していた。

 大人三人が手を広げれば端から端についてしまう狭い通路では、隠れて進むこともできない。

 かといって雷紋剣や金剛力珠を駆使しても、突破は厳しいだろう。


「……迂回して別の通路から行きます」

「もう少しですのに、悔しいですわね」


 とはいえ焦って強行突破しても分の悪い賭け。階段は別の通路からも行ける。問題はないだろう。フォードたちは来た通路を少し戻り、回り道して先を目指した。


「フォードさん、確か少し戻った所に通気口がありましたわ」

「え?」

「そちらから一層を目指しませんか? その方が安全ですわ」


 確かに道すがら、それらしきものはあった。しかし見たところ通気口は狭く、人一人入れるかは微妙だが。


「使えますかね? それに必ずしも一層に繋がるとは限りませんが」

「分の悪い賭けに出るより試してみませんこと? 上手くいけば儲けもの、駄目なら別の手を考えれば良いですわ」

「……判りました。戻りましょう」


 こうして議論している時間も惜しい。フォードはレミリアと警戒を続けつつ、少し道を戻る。


「ありました、あれですね」


 鷲の石像の上、大人が入れるぎりぎりの大きさの通気口があった。

 細身のフォードやレミリアなら中から先へ進めるだろう。

 フォードたちは周囲を確認して、鷲の石像をよじ登った。そして通気口の内部へと侵入を試みるが――。


「あう……わたくし、お尻がつかえて中に入れません」


 レミリアが泣きそうな顔で呟いた。


「え、どうしても無理ですか?」

「あうう、力を込めれば進めそうですけれど、かなりきついですわ」


 どうやら、彼女のお尻はなかなかに大きいらしい。発育が良いのも考えもの。フォードは逡巡したが、決心する。


「仕方ありません。僕が押してみましょう」

「え? 押す? どこを……あ、フォードさ、」


 フォードは身を乗り出し、レミリアの尻を強く押し込んだ。


「きゃあああぁぁ――っ……」


 悲鳴を上げかけたところで、慌てて彼女は黙り込んだ。

 大声でバレて番兵が来たら元も子もない。機転の利く娘である。

 しかし彼女の尻の感触は凄かった。とにかく柔らかい。番兵服越しなのだが女性特有の弾力がフォードの手に余すことなく伝わり、触ればむにゅんむにょんと心地良い手触りがする。まるで極上の餅のごとし。押せば押すほどレミリアから「……んっ」「……んっ」と恥ずかしさを押し殺す声が伝わってくる。


 きっとレミリアは今顔を真っ赤にしているだろう。見てみたいがしかし、フォードも通気口に入らねばならないので、多少無理にでも力を込め、彼女を押し込んだ。

 狭いところで美少女のお尻を押し放題――

 ではなく、狭く暗い通気口を無心のまま、フォードはレミリアの尻を仕方なく押す。

 三十分くらいだろうか。体感では数十時間に匹敵する行軍の末、ようやく出られた。


「だ、第一層……到達……しましたわ」


 疲れた声でレミリアが言う。

 いくつか通気口には分かれ道があり、階下へ続きそうな道を通ったのだった。

 無事到達したのだが、レミリアの頬はまるでリンゴのように真っ赤だ。


「レミリアさん、あの……」

「もうお嫁に行けませんわ」


 恥ずかしそうに言うレミリアに、フォードは慌てて言った。


「いや、あの。すみません。柔らかくて凄かった――ではなく。ごほんっ、事故のようなものです。犬に噛まれたと思ってもらうしか、ないかと」


 しどろもどろとはこのことだろう。フォードの方も顔が赤い。


「犬というより、狼に変貌しないか心配ですわ」

「え、いや……それは、ないです。絶対に」

「でも……フォードさんになら、わたくし……」

「え?」


 流し目をするレミリアにどぎまぎしつつ、フォードは咳をして、無理やり落ち着かせる。いけない、いけない。最後の正念場、議論は後にしなければ。


「先へ進みましょう。ついてきてください」


 いよいよ第一層、出入り口のある階層である。

 これまでとは違って牢屋ではなく、管理室や武具置き場など、部屋が並んでいる。

 明かりも採光窓によってたっぷり確保され、薄闇に乗じて先へ進むのは無理そうだ。


 番兵も、精鋭なのだろう。文言の入った短槍や剣を携えている。

 佇まいも強者のそれだ。フォードたちは石像の陰に潜み、しばし考えた。


「……今から番兵を一人倒します。その後、大声で叫びますから、二人で物陰に隠れましょう。他の番兵が一斉に来た隙を狙って、出入り口まで一気に走ります」

「で、できますかしら……?」

「やるしかありません。隠れる場所も薄闇もこの階にはないです」


 陽動の後、強行突破。

 雷紋剣と金剛力珠の力を信じるしかない。ここまで来たらやるしかないのだ。

 フォードはゆっくりと息を吸った。レミリアも同じ仕草をした。二人して手を重ね合わせ、頷き合った後、互いに抱擁を交わす。


「ありがとうございます、レミリアさん」


 フォードは先に感謝の念を伝えた。


「僕だけでは脱獄なんて考えもしませんでした。絶望し、ただ腐っていたかもしれません」

「わたくしだって同じですわ。フォードさんがいたからこそ行動に移せたのです。あなたはわたくしの騎士ナイトですわ」

「はは……光景な言葉です。――さあ、行きましょう、自由を掴むために」

「はいっ!」


 決意を固めた後、まずフォードが物陰から飛び出す。


「なんだ、おい、どこから出て……ぐっ」


 近くに見回りにきた番兵を雷紋剣で麻痺させる。首筋に柄を当てて気絶。

 そして、フォードはたっぷり息を吸い込み、大声を張り上げた。


「おいっ! 大変だ! 侵入者だ! 一人倒されたぞっ!」


 階層中に響き渡る、大声量で叫ぶ。


「なんだ、どうした!」

「侵入者だと!?」

「ひっ捕らえろ! 逃がすな!」


 たちまち多数の番兵がやってくるが、そのときにはフォードはレミリアと出入り口に走っている。

 何人も番兵とすれ違った。その度にフォードは「侵入者は向こうへ行った! 挟み撃ちだ!」と叫んでいく。

 番兵服を着たまま堂々としていれば、疑う者は皆無だった。

 幾人もの番兵に虚言を弄し、いよいよ出口が見えてくる。


 無骨な門。そこに佇む門番四人。

 それを突破すれば脱獄完了である。

 門へと続く中庭へ出た。落ち着いていけば番兵は突破できる。

 何しろこちらは番兵に変装している。雷紋剣がある。金剛力珠もある。いける。自由はもうすぐそこだ。

 理不尽な牢獄生活は終わり、やっと、探索者としての夢のある生活に舞い戻ることができる。


 ――そう思っていたからこそ。

 レミリアがいきなり殴りつけてきた時、フォードは対処できなかった。


「え?」


 門へ向かって走っていた脚がもつれる。

 視界がぐらりと傾き、地面にどっと倒れる。

 勢いが強すぎて右腕をこすり合わせる感触。


 金剛力珠の力によって殴られた衝撃により、内臓が潰れた。

 口からおびただしい血が吐かれる。

 意識が飛びかける。苦しい。

 地面に無様に倒れ伏したフォードを見下ろし、レミリアは高く笑った。


「あっはっはっは! ざまあないね、フォードさん!」


 フォードは、理解できなかった。

 脳裏に溢れる、「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」という言葉。

 レミリアに、いきなり胴を殴られたこと。

 彼女によって死にかけていること。

 地面に広がる、血の海。

 全て理解の埒外だ。


「いつ気づかれるかヒヤヒヤしていたけれど、意外と間抜けなんだね、フォードさん」

「な、にを……」


 言葉を続けようとして、口の奥から血が出る。


「脱獄しかけたところごめんねぇ。でもあたし、最後まで逃げさせはしないんだわ」


 意味が判らない。見下ろすレミリアはお淑やかの欠片もなく、あるのは悪魔じみた笑みのみ。悪霊が取り憑いたと言えば、そのままフォードは信じるだろう。

 それほど、レミリアは表情から声音まで、豹変していた。


「戯れは終わりですか、レミリアさん」


 門番の一人が、レミリアの方へ近寄ってきた。

 屈強そうな禿頭の大男。なぜか彼の口調は、丁寧なものだった。


「うん。今回のお遊びは終わり。すっごく楽しかった。あはは、またやりたいねぇ」

「我々一同、今回のレミリアさんは誰を堕とすのか興味津々でした。お疲れ様です」

「あはは。協力感謝するよ。はい、これお礼ね」


 レミリアは髪の中に隠していた金貨を門番に渡した。

 深く礼をして、門番が問いかける。


「この少年はどうしますか? こちらで処理しますか?」

「うん。もう十分楽しんだからいいや。そっちの好きにして。あたしは次の牢獄に行くから」

「了解です」


 フォードは理解の欠片も得られない。目の前で交わされる会話に、その意味に、まるで意味を見いだせなかった。


「な……にを……レミリア、さん」


 気力を絞って語りかけると、少女が、道端の塵でも見るような目つきで見下ろす。


「まだ気づかないの? 裏切られたんだよ、あんたは」

「な……どういう、ことです……」

「あたしはね、新米の探索者でもなければ冤罪に遭った哀れな少女でもない。あなたを弄んだ者。それだけさ。フフ」


 艶然と微笑む少女の仕草。


「投獄されたことも嘘ならば、協力して脱走を手助けしたのも演技。照れも赤面も演技。何から何まで嘘。あんたと交わした言葉も、何もかもが偽りなのさ」


 衝撃に打たれるフォードに、少女は毒を吐くように、艶やかに笑う。


「出会いから相談の時まで、自分を隠すのは苦労したよ。なにせあんたは必死だったからね。笑いをこらえるのは大変だったさ。滑稽だったなぁ、あんたの奮闘は!」


 倒れるフォードの耳元に口を寄せ、甘くささやく。


「まあ、あんたの逞しさや言葉は、あたしの胸にきゅんきゅん来てたよ。出会い方が違えば抱かせていたかもね」


 蠱惑的に息を吹きかけ、レミリアは身を翻す。

 そして、衝撃で吹き飛んでいた短剣と、雷紋剣を手に取った。


「ああ、行き掛けの駄賃にこれもらっておくね。いい武器だよねぇ、これ」

「っ! ふざけないでください! ――返せっ!」


 妹から託された、形見の雷紋剣。

 奪った短剣と、レミリアの髪で繋いだ六メートルの線。

 大切な、妹とレミリアの絆――だったもの。


「電撃技と投擲ができる武器って便利よねぇ。大切に使わせてもらうわ」


 言って、彼女は雷紋剣をフォードの右手の甲に突き刺した。

 肉が抉れ狂おしい程の激痛がフォードを貫く。


「あ、ぐうああああああああああああああああっ!」

「使い心地もいい。ありがとね、フォードさん。色々くれて」


 そして、もう用はないとばかりに、レミリアは行ってしまう。

 門の外へ。本来なら出られないはずの外へ。


 フォードは、出血多量と雷紋剣の麻痺スタンの効果で動けない。

 門番が、ことさら嘲るように笑って、かがみ込む。


「クク。なんだ兄ちゃん、知らなかったのか? あの女、脱獄の手引きばかりして裏切りを繰り返す、詐欺師だぜ?」

「……な、んですって……」

「《偽淑女レミリア》っていやー、俺たちの間じゃ有名なんだがね。今度はどんな奴が獲物なのか、見ものだったな」


 男は言う。にたにたと、悪意ある笑みを浮かべ。


「あの女は自分の快楽のために各地の牢獄を転々としてる。そこで目をつけた囚人に脱獄の話を持ちかけ、スリルと快感を楽しむのさ。そして俺たちは、それに協力し、見返りに金貨を得る。楽しい娯楽だったぜ。あんたとレミリアのお嬢が牢獄を駆け回る姿はな。ま、下級の番兵には気の毒だったが……あんたも運が無かったな、兄ちゃん」


 嘘だ、そんな、馬鹿な、という声がフォードの頭で木霊する。

 しかし思い返せばあの脱走劇、事の始まりは、レミリアからの誘いではなかったか。


 ――脱走しませんか?

 そのためにフォードへかける言葉。態度。声音。全て計算して操っていたのだ。


 ――凄いですわ、フォードさんっ

 彼女と交わした談笑も、繋いだ手の温かさも、恥ずかしがる姿も、何もかもが偽り。


 ――わたくし、あなたとなら……

 嘘、嘘、嘘。偽りの羅列。全ては彼女の手のひらの中。

 レミリアは美しい少女ではなく、醜い心の詐欺師だった。

 門番が、悔やむフォードに《治療》の魔術をかけた。

 しかし、それは救済ではない。


「さて兄ちゃん。哀しみのところ悪いが来てもらおう。くく、詐欺に遭おうが何だろうが、脱獄は脱獄だ。罪は償わなくちゃならねえ。番兵の多数を倒したろ? お前さんの罪状はどうなるかなぁ、楽しみだなぁ、くくくくくっ」


 そうしてフォードは再度、投獄の憂き目に遭った。

 罪状は追加され極刑――つまり死刑と宣告された。


 しかし、彼は知らない。

 牢獄には、彼を見つめる視線があったことを。


 ――《悪霊王》

 彼女との出会いをもって、フォードの苦難は終わり、全てを取り戻す覇道が始まる。

 

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